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「妙さん、九份を案内してください」「一青さんと九份に行きたい」
こんな言葉を掛けられるたびに、私は暗い気持ちになる。なぜなら、人を案内できるほど、私は今の九份に愛着を感じていないからだ。
九份の街は、台湾の新北市瑞芳区の山間部にあり、中心都市の台北駅から車で1時間弱の場所にある。台湾旅行のパンフレットには、大抵、メインストリートに連なる赤ちょうちんと急な石段の九份の街並みの写真が掲載されている。スタジオジブリのアニメ「千と千尋の神隠し」のモデルになった場所だと信じられており(実際は違うらしいが)、日本人の間で九份の知名度は、台湾を象徴する観光地と形容していいほど、不動の地位を築いている。
ところが、私は、現在の九份がどうしても好きになれない。
友人や日本の親戚を連れ、九份に行くたびに、がっかりさせられる。
「没有(ない)」「趕快(早くして)」「不知道(知らない)」「不行(ダメ)」
聞こえてくるのは商店街の店員の殺気立った声ばかり。人情味のかけらもない。宣伝しなくても、次から次へとお客さんが観光バスで運ばれてくるからだろう。九份の老街は、殺伐とした空気に包まれている。
観光客だって厳しい目を持っている。どこにでもあるような土産物。他の都市でも味わえる食べ物。うるさい店員の客引き合戦。九份に実際行った人は、落胆し、「一度行けばいい」と感じる人も少なくないのではないだろうか。
いつかしっぺ返しを食うような気がしてならない。
エッセイスト・女優・歯科医。父親は台湾出身、母は日本人。幼少期を台湾で過ごし11歳から日本で生活。著書に『私の箱子(シャンズ)』(2012年、共に講談社)、『ママ、ごはんまだ?』(2013年)、『私の台南』(2014年、新潮社)など。最新作は『「環島」ぐるっと台湾一周の旅』(2017年、東洋経済新報社)。オフィシャルウェブサイト
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