Plasma stealth of SR-71, plasma stealth physics plasma active stealth
ロシアがPAK-FA T-50、Su-57戦闘機に搭載するプラズマステルス技術を開発中であるという噂話を耳にすることがある。プラズマによって、航空機のステルス性を獲得するとはどういうことだろうか。実際に適応された事例としてSR-71の話やプラズマ物理の話を交えつつ、解説を行う。
T-50 PAK-FAのインレット部に搭載されたとされる、プラズマステルスの記事
1.プラズマステルスの歴史
1-1.GEのプラズマステルス特許
US Patent US3127608A
1-2.A-12 ブラックバード インレットのプラズマステルス化
SR-71のインレットコーン(筆者撮影, ©Orbit Seals)
1960年代、CIAは、SR-71の前身であるA-12 ブラックバード開発の際に、インレットコーン部のRCSを小さくするため、資金を提供した。KAMPSTER計画と呼ばれたこのプロジェクトは、放電する電子ビーム発生器を用いる事で、インレット部にプラズマを形成させて、RCS値を低減する計画であった。
ウエスチングハウス設計の装置であり、ロッキード スカンクワークスがその開発を補佐した。ソ連の早期警戒レーダー:P-14 Tall King、レーダー周波数175MHzを想定して開発され、この周波数でのRCS値低減を目指した。
試験では、150kVの高圧電源を使用して、70MHz~170MHzに対して低減効果があった。1964年と1965年に、合計3回の飛行試験まで実施したが、装備化はなされなかった。
プラズマ発生時にX線が発生し、パイロットを防護する手段が不十分と判断されたからである。また、プラズマ生成のためには、大きな電力源と高電圧回路が必要であるが、航空機に搭載可能な電力は限られる。十分な能力を持ったKAMPSTERユニットは非常に重いものになり、航空機の性能を阻害した。無論、パイロット防護にも重量がかさむ。
1-3.人工衛星スプートニクによるプラズマステルスの実証
1957年、ソ連は人類初の人工衛星:スプートニクを打ち上げた。スプートニクは、金属球体の人工衛星であり、近点高度:215 km、遠点高度:939kmの楕円軌道に投入された。
金属球体のレーダー反射断面積(RCS)は単純形状であり、半径aの球体のRCS理論値は以下で示される。
しかし、ソ連が軌道を回るスプートニクのRCSを計測したところ、理論的に予想されるものと異なっていた。この原因は、宇宙空間に存在するプラズマ=電離層が影響していた。
電離層は、宇宙空間(100km以上)にまで存在し、スプートニクが航行する高度は、F1層 (150km - 220km)、F2層 (220 - 800km)と呼ばれ、電離層存在範囲だったのである。これにより、スプートニクにレーダー波を当てた場合、RCSが理論値異なっていた。また実際の衛星以外のエコー(プラズマからのもの)も確認された。これらは、プラズマがレーダー波に影響を与える実際の実例、実証となった。
2.プラズマステルスの物理学
プラズマステルス、プラズマアクティブステルスとは、文字通り、プラズマを使用してステルス性を得る事である。これは、プラズマと電磁波の相互作用に基づくものである。
プラズマとは、高エネルギー状態のため、イオンと電子がバラバラに分かれて電離している状態のことを指す。系としては、中性なガスとして振る舞う。
プラズマが関わる実際の物理現象例として、電離層が電波を反射する性質を持っている事や、大気圏再突入した宇宙船外部が高温になる事で、プラズマ臨界密度に達するがために、電波のカットオフ現象が発生して、通信が出来なくなる事は、一般的にもよく知られている。
映画:Apollo13の最終シーン
大気圏再突入により、宇宙船周囲が電子密度の高い高温プラズマに包まれるため
3分間、電波による地上との通信が出来ない。電波はカットオフされる。
航空機の機体に形成させるようなプラズマは、冷たいプラズマと想定される。
電子の熱運動が無視できる場合のプラズマ振動周波数ω_pe[rad/s]は次の式で与えられる。
ne:電子密度, e:電子の電荷, me:電子の質量, ε0:真空の誘電率
電子密度ne以外は、物理定数である。このため、以下の様に式変形できる。SI単位系からcgm単位系に変換し、1cm^3あたりの電子密度neは、ω_pe[Hz]とすると、以下となる。
- プラズマ振動周波数より低い電波がプラズマに入射されると、金属の様に単純に反射する。
- プラズマ振動周波数と同じ場合は、電波はプラズマに吸収される、言い換えると熱エネルギーに変換され、プラズマが加熱される。あるいは、周波数の異なる電波に変換される。
- プラズマ振動周波数よりも高い場合は、プラズマを透過して、すり抜ける。
つまり、プラズマはその電子密度状態を変える事で、電波を選択的に透過、反射出来る性質を持っている。これが、プラズマを上手く制御する事が出来れば、ステルス性を得れるというアイデアに結びつく訳である。
また、反射を抑制するメカニズムもある。電波がプラズマを透過して、金属に反射し、そのエネルギーがほぼ等しく、逆位相を形成する場合、お互いに打ち消す事が可能である。
単純に考えてもプラズマ側に電波を吸収させることが出来れば、航空機のRCS低下=ステルス性向上になる。完全に吸収させなくとも良いかもしれない。送信したレーダー波を受信する際、こちらから打ったレーダー波と認識出来なければ、それだけでもミッションは達成できる。
レーダー反射波の周波数をシフトさせて、ドップラーフィルタリングを妨害し、反射波をノイズとして認識させれば、探知は困難に出来る。
現在の航空機におけるステルス技術は、レーダー吸収体を張り付ける、航空機の形状を電波が同じ方向に跳ね返ってこない形状にする等で達成している。これに対して、プラズマステルスが仮に実現できた場合、「アクティブ」ステルスのため、そのステルス条件を広範囲に自由に調整・変更が出来る点が挙げられる。想定されるレーダーに対して、条件を変化させる事が可能となる。
一方で、欠点も無いわけではない。プラズマを発する事で、赤外線追尾のセンサーに対して脆弱性が高まる。しかし、赤外線追尾の探知範囲は、電波の捜索可能範囲と比べると非常に狭い範囲であり、実現出来ればやはり有用である。
また、最初に紹介したA-12の様に、空気をプラズマ化させるということは、高電圧で放電現象を発生させる事と同義であり、大きな電源ソースが必要となる。通常、絶縁物である「空気」をプラズマ化するには、絶縁破壊を起こすだけの大きなエネルギーを入力する必要がある。これが、SR-71のインレット場合では電子ビームであった。空気をプラズマ化するための大きな電源ソースと、付随した装置が必要だ。この様な装備は、航空機の重量化を招く点では不利である。
ところで、空気が高速で流れる場、高速で移動する航空機に対して、プラズマを形成することの難易度はどの程度だろうか。確かに難しい技術ではあるが、航空機の機体表面にプラズマを生成するということは決して不可能な話ではない。
実際、空気抵抗を低減させるためにプラズマ利用を検討した数多くの研究論文が存在する。プラズマパネルにより、翼表面の空気流を制御したり、境界層制御のために使用が研究されている例もある。ボーイングでは、ウエポンベイに、プラズマ使用を試みる特許を取得している。
必ずしも航空機全体をプラズマで全て覆う必要がある訳ではない。アンテナの出っ張り、ジェットエンジンのファンブレード、インレット部、ジェットエンジン出口部等、レーダー反射が強い部分に対して局所的にでも、その効果を適用できるならば、それだけでも大幅にRCSを低減出来る。
3.SR-71におけるプラズマステルスの装備化
1章にて、A-12 ブラックバードのインレットにおけるプラズマステルス化は装備化が断念されたと書いた。しかしながら、別の機体箇所と別の手法で、SR-71には、プラズマステルスが装備化されていたとされている。
A-12に続く、SR-71は、当初後方のRCS値が大きくステルス性に問題があった。後方からレーダ波を当てた場合、ジェットエンジン排気口内部に入射した波が中のエンジン部に当たって大きな反射を返すというものである。
SR-71のJ58ジェットエンジン排気口(筆者撮影, ©Orbit Seals)
スカンクワークスは、対策として遮蔽物や金属格子等を試したがどれも上手く行かなかった。この問題に対して、当初は妥協する事が考えられたが、当時のアイゼンハワー大統領の要求で妥協が許されない事が指示される。また、契約相手であるCIAは、解決策が見いだせない限り、契約を破棄するとロッキードへ通告した。
解決に導いたのは、スカンクワークスのエンジニア:シェール・ロヴィック(1960-)であった。彼のアイデアは、排気ガスを電離させ、レーダに探知されなくなる事を狙う物であった。一種のプラズマ化であり、つまり、プラズマステルス化である。
原理は、自由電子の供給源としてセシウムを用い、燃料にセシウム化合物を加える事で、排気ガスをイオン化させる事を提案したのである。この手法は、本質を理解しているかどうかは分からないが、CIAからは熱烈な支持が得られた。
「A-50」として知られる、セシウム化合物を燃料のJP-7に混ぜて試験した結果、RCS低下につながった。このため、彼の理論が正しい事が証明され、ロッキードは契約破棄を免れた。ロヴィックは巨額のクリスマス・ボーナスを手にした。ただし、その詳細はステルス性の重要情報であり、現在も機密扱いとなっている。
4.J58ジェットエンジンにおけるセシウムプラズマステルスの原理
セシウム化合物を燃料に加える事で、この様な効果を生み出すメカニズムとはどの様な物であろうか。燃焼中に発生する火炎はプラズマの一種であり、このため火炎が導電体で電気を通す事は有名である。電子ビームや放電現象ではなく、「火炎」というプラズマ状態に対して、燃料成分を変えて化学的にアプローチしたのが、SR-71で実用化されたプラズマステルスである。SR-71における課題は、ジェットエンジン後方からの電波反射であり、それを抑えるには、排気口内部への電波反射を遮断することがその解決策となる。このため、排気ガスを「蓋」として機能させるため、スカンクワークスは、排気ガスをイオン化、即ち電離・プラズマ状態にさせたかった様である。
排気ガスを電離・プラズマ状態にすると、導電体として振る舞う。内部の電子密度が高くなるため、ガスは導電体となる。プラズマの状態、あるいは入射する電磁波の周波数条件等により、外部から照射された電磁波を反射、吸収する事が可能となる。
それぞれの原子には、イオン化傾向があり、アルカリ金属は最もイオン化しやすい。イオン化エネルギーが小さく、陽イオンになりやすいからであり、希ガスの様な不活性元素に対して、電子が1つ多いので、+1価イオンになった方が安定する事が理由である。そのアルカリ金属類の中に置いて、単体のセシウムは全ての元素の中で最もイオン化傾向が高い。実際、空気中にセシウムを晒すと直ぐに参加し、水や氷とも反応するため、単体の輸送は乾燥した鉱物油に入れて行う。
単体での扱いは面倒なため、セシウム化合物にして使用したと推測される。セシウム自体の融点は28.44℃であり、沸点は671℃である。セシウム化合物に関しても、ここから大きく異なりはないと考えるならば、アフターバーナー使用時の排気温度は約2000℃程度であるため、十分に気体になりきれる物性条件と言える。
セシウム単体の炎色反応は青紫色であるが、アフターバーナーを噴かせた排気にそれが反映されるかは、燃料内の存在密度が不明であり、密度が低ければ確認は困難であろう。
ただ、上記のJ58ジェットエンジン夜間燃焼試験の画像は、青紫色であり合致している様に見える。また、セシウム化合物の一つである塩化セシウムの炎色反応は、以下のサイトで確認可能なので、比べて見ると火炎の色が似通っている様に見える。
炎色反応 塩化セシウム(CsCl)
http://www.gadgety.net/shin/trivia/ptable/mol/055-Cs.html
排気ガスでレーダ波を反射、吸収させる条件設定は、JP-7燃料内部に投入するセシウム化合物の濃度で調整したと考えられる。想定されるレーダー波に対して、必要なプラズマ密度を求め、先ほど2項で説明した、プラズマの電子密度neを調整して行けばよい。
その電子密度を得られる様にセシウム化合物の密度を上げれば良い。プラズマ振動周波数をレーダー周波数と同じにすれば、プラズマに吸収される。より高くしておけば、アフターバーナーで形成された、十分な厚みを持った火炎=プラズマで反射する。これにより、レーダー波は、J58ジェットエンジン排気口内部にまで入り込むことはなく、火炎の部分でレーダー波が反射されるか、条件によっては吸収されるかのいずれかとなり、レーダー受信機に対して、大きな反射波を返さない。
セシウム分子の電離エネルギー
A-12, SR-71, F-117のステルス技術開発に携わった
ロッキード スカンクワークス社員;Edward Lovickの伝記
ここ5年読んだ中で一番面白かった書籍。第二次大戦終結後~1970年代迄。原爆、SR-71、ステルス戦闘機、原子力ロケットエンジン、MIGのリバースエンジニアリング等、機密が解除された情報公開文書とインタビューを基に世間が全く知らない歴史が特盛り。宇宙、原子力、ミリタリー、全てのクラスタに最高の1冊である。SR-71の排気系に関するステルス化についても、ここに記載されている。
References
[1] US Patent US3127608A, https://patents.google.com/patent/US3127608
[2] Radar Man: A Personal History of Stealth, Edward Lovick
[3] J58 Last Run, http://www.enginehistory.org/GasTurbines/P&W/J58/J58.shtml
[4] IEEE Transactions on Antennas and Propagation, 1963
[5] Plasma actuator system and method for use with a weapons bay on a high speed mobile platform, US Patent US8016246B2,
https://patents.google.com/patent/US8016246
[6] レーダーに映らないステルスアンテナ, 日経サイエンス 2008年4月号
[7] エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実, アニー・ジェイコブセン (著), 田口俊樹 (訳), 太田出版, 2012
[8] プラズマ物理入門. FrancisF. Chen (著), 内田 岱二郎 (訳), 丸善, 1977
[9] Russian Federation’s 5th Generation Fighter: PAK-FA (T-50) Program
http://www.worldinwar.eu/wp-content/uploads/2016/09/NEWSLETTERS-and-MEMBERS-POSTINGS-Russian-Federations-5th-Generation-Fighter.pdf
[10] レーダ反射波の定量的評価法, 防衛大学校 電気電子工学科
http://www.nmij.jp/~nmijclub/denjikai/bak/secret/181920/20-1.pdf
[11] 55 Cs セシウム Caesium
http://www.gadgety.net/shin/trivia/ptable/mol/055-Cs.html
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