「心配しているよ」は自己満足

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しん‐ぱい【心配】
[名・形動](スル)
1 物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、そのさま。気がかり。「親に―をかける」「将来を―する」「―な天気」
2 気にかけてめんどうをみること。世話をすること。「近くに住む娘が食事の―をしてくれる」
goo辞書
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俺は心配性だ。
ヨメが一人で外に出るというと事故に合わないか
変な奴に変なことされないかとか心配でならない。
だからと言って24時間付き添っているわけにはいけない。
だから注意を促したりして、気をつけるようにして折り合いをつけている。
心配仕合の低め合い
「心配している」と誰かに言う。
俺も心配性だからそれが嘘だとは思わない。
じゃあ、言われた側はどんな気持ちだろうか。
「ありがとう」と思うことはあるかもしれない。
嬉しい気持ちになることも人もあると思う。
でも、俺にとってはそのことばを受けても何も変わらない。
むしろ心配させてしまっているんだとこちらが気を使ってしまう。
こうなると低めあいである。何も生まれない。
心配していると声をかけることはエゴイズムである
俺は考える。
「心配していると声をかけることはエゴイズムである」
悪意は決してないと思うし必ずしも悪いことでは無い。
だけれども社会不安障害の今の俺にとっては負担でしかない。
とても繊細すぎて、他人にはいくら言葉で説明しても理解できない世界がある。
プラスとマイナスを繰り替えしながら少しずつ少しずつ前進している。
その狭い世界の中で良くなってきたら
今度は世間との接触を少しずつ怯えながら持っていく。
復活は砂上の楼閣
俺には社会不安障害の俺についてのことしかわからない。
以下は精神疾患を患っている人達にとってはみんな同じ気はする。
同じ病名でもそれらにはすべて事情が異なり、症状も詳細な部分においては
全員異なるといってもいいだろう。
説明しても伝わりにくいし、100%伝わることなど絶対ない。
だとするならば、せめて当事者が「こうしてほしい」と望むことには
答えてほしいというのが俺の願いである。
復活と言うのは砂上の楼閣のようなものである。
それを少しずつ外壁を作ったり土台を強化したりして強くして行く必要がある。
明確に「はい。今日からオッケーです。」なんてありえない。
時には一生付き合っていかなくてはならないのだ。
一度よく考えて行動してください
俺にとって「心配している」という思いは
砂上の楼閣を木っ端微塵にする破壊力があるのである。
それは単純に殴られるだけではなく、相手の気持ちも考えてしまうからだ。
いわば「社会不安障害の自分」と「心配している」という思いの
板ばさみになり、耐えきれなくなり心が木っ端微塵に砕け散ることなのである。
症状は人それぞれ。
心配するのは勝手だが、自己満足になっていないか今一度考えて言うべきである。
自分の気持ちを相手に押し付けているだけではないのか?
伝えることで相手はどんな気持ちになるだろうか?
とりわけ心が弱っている人に対してはよく考えるべきである。
考えるのが面倒だと感じるならばいたずらに近づくべきではない。

by at-sougolink
しん‐ぱい【心配】
[名・形動](スル)
1 物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、そのさま。気がかり。「親に―をかける」「将来を―する」「―な天気」
2 気にかけてめんどうをみること。世話をすること。「近くに住む娘が食事の―をしてくれる」
goo辞書
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俺は心配性だ。
ヨメが一人で外に出るというと事故に合わないか
変な奴に変なことされないかとか心配でならない。
だからと言って24時間付き添っているわけにはいけない。
だから注意を促したりして、気をつけるようにして折り合いをつけている。
心配仕合の低め合い
「心配している」と誰かに言う。
俺も心配性だからそれが嘘だとは思わない。
じゃあ、言われた側はどんな気持ちだろうか。
「ありがとう」と思うことはあるかもしれない。
嬉しい気持ちになることも人もあると思う。
でも、俺にとってはそのことばを受けても何も変わらない。
むしろ心配させてしまっているんだとこちらが気を使ってしまう。
こうなると低めあいである。何も生まれない。
心配していると声をかけることはエゴイズムである
俺は考える。
「心配していると声をかけることはエゴイズムである」
悪意は決してないと思うし必ずしも悪いことでは無い。
だけれども社会不安障害の今の俺にとっては負担でしかない。
とても繊細すぎて、他人にはいくら言葉で説明しても理解できない世界がある。
プラスとマイナスを繰り替えしながら少しずつ少しずつ前進している。
その狭い世界の中で良くなってきたら
今度は世間との接触を少しずつ怯えながら持っていく。
復活は砂上の楼閣
俺には社会不安障害の俺についてのことしかわからない。
以下は精神疾患を患っている人達にとってはみんな同じ気はする。
同じ病名でもそれらにはすべて事情が異なり、症状も詳細な部分においては
全員異なるといってもいいだろう。
説明しても伝わりにくいし、100%伝わることなど絶対ない。
だとするならば、せめて当事者が「こうしてほしい」と望むことには
答えてほしいというのが俺の願いである。
復活と言うのは砂上の楼閣のようなものである。
それを少しずつ外壁を作ったり土台を強化したりして強くして行く必要がある。
明確に「はい。今日からオッケーです。」なんてありえない。
時には一生付き合っていかなくてはならないのだ。
一度よく考えて行動してください
俺にとって「心配している」という思いは
砂上の楼閣を木っ端微塵にする破壊力があるのである。
それは単純に殴られるだけではなく、相手の気持ちも考えてしまうからだ。
いわば「社会不安障害の自分」と「心配している」という思いの
板ばさみになり、耐えきれなくなり心が木っ端微塵に砕け散ることなのである。
症状は人それぞれ。
心配するのは勝手だが、自己満足になっていないか今一度考えて言うべきである。
自分の気持ちを相手に押し付けているだけではないのか?
伝えることで相手はどんな気持ちになるだろうか?
とりわけ心が弱っている人に対してはよく考えるべきである。
考えるのが面倒だと感じるならばいたずらに近づくべきではない。
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コメントの投稿
同じ気持ちです。
私も心配性です。
記事を読んでいて本当に共感できるところが多かったです。
たとえば、以前はダンナサンの仕事中に発作起きたりすると、いちいち連絡してました。でも相手はどうすることも出来ない。なので、やめました。
心配だからっていうことは、相手に物凄く負担が掛かります。少なくとも、つらくて七転八倒してる相手に使うべき言葉ではないと思います。
記事を読んでいて本当に共感できるところが多かったです。
たとえば、以前はダンナサンの仕事中に発作起きたりすると、いちいち連絡してました。でも相手はどうすることも出来ない。なので、やめました。
心配だからっていうことは、相手に物凄く負担が掛かります。少なくとも、つらくて七転八倒してる相手に使うべき言葉ではないと思います。
Re: 同じ気持ちです。
>みーのすけさん
はじめまして(嘘)
難しいんですよね。心配ってのは我慢しなくちゃいけない。
思ってても押し付けちゃいけない。
だけど発作とかそういうのは「見守る」必要がありますよね。
やはり本当に相手の事を考えたら安易に「心配してるよ」とは言えません。
うちのヨメも言わなかった。
「別に心配なんかしてないよ。」って言ってくれましたからすごい楽でしたよ。
はじめまして(嘘)
難しいんですよね。心配ってのは我慢しなくちゃいけない。
思ってても押し付けちゃいけない。
だけど発作とかそういうのは「見守る」必要がありますよね。
やはり本当に相手の事を考えたら安易に「心配してるよ」とは言えません。
うちのヨメも言わなかった。
「別に心配なんかしてないよ。」って言ってくれましたからすごい楽でしたよ。