「ディテール」と「ベーシック」
『バイキング』(フジテレビ系)で、立場的にズバリ言い切ることが難しい話題(たとえばTOKIO山口達也ワイセツ報道)について、「横澤はどう思う?」とふられた時の横澤夏子の困り顔って、とにかく力強い。困りっぷりが力強い。無難なコメントにさほど中身はなく、結果的に困り顔が最たる主張となる。私、今、すごく困っています、という主張。それは、“こんな話題でも俯瞰できるオレ”という自我が発露して、なぜか俯瞰と自我がブツかって主張が小さくまとまる薬丸裕英のコメントより、よほど強いメッセージとして機能している。
「女性の生態」をシニカルに描写するネタでブレイクした柳原可奈子や横澤夏子は、たくさんの芸能人が集まる番組では、そのシニカルをあまり使わない。むしろ、そのスタジオにおけるベーシックな振る舞いとは何か、を見せるポジションにおさまっていく。笑うべき時に笑い、悲しむべき時に悲しみ、怒るべき時に怒る。多くの芸能人が集う場所で目立つためには、みんなが笑っている時に怒ったり、みんなが怒っている時に悲しんだりするほうがいい。そうすれば、「なんでオマエはそんな態度なん?」と話題の中心になることができる。でも、柳原や横澤は、「今、見せるべきベーシック」の規範を示す。「ディテール」を売りに出てきたのに、「ベーシック」を担っているのだ。
炎上した「#午後ティー女子」
キリンビバレッジがTwitterに投稿した「#午後ティー女子」が炎上し、削除・謝罪に追い込まれた。「モデル気取り自尊心高め女子」「ロリもどき自己愛沼女子」「仕切りたがり空回り女子」「ともだち依存系女子」と区分けし、それぞれに対して茶化すコメントが添えられたイラストは、顧客を悪く描いてどうするのだ、などと、その姿勢を問題視する声が噴出した。茶化したのではなく自虐を楽しんでもらう姿勢だったのだろうが、企業広告が「自虐」を取り扱うのは簡単ではない。なぜって、その「自」が見えないからだ。
会社としては、「佐藤が発案した企画を、鈴木課長と調整しつつ、田中部長がGOした企画だ」と、誰かの「自」を成就させたくらいの認識だったのだろうが、それを見た私たちは、大きな企業が「自虐」を超鈍感に扱っていると判断した。細かい分析を大きな企業が扱う危うさを感知しなかったのである。「細かい(=横澤夏子)」が「大きい(=番組の空気)」に迎合していくのと、「大きい(=キリンビバレッジ)」が「細かい(=女性の生態)」を扱うのとは矢印が真逆である。
インスタにあげる「てんとうむしの写真」
横澤が、雑誌『with』で連載している「横澤夏子の“オンナ生態分析” 『女子の国』で生き延びる!」を毎号読んでいる。女子についての細かいカテゴリを設けて、それについて考察するという、得意の趣向。テキストよりも、記事の隅っこに添えられる、こういう女子はこういうインスタをあげるとの推察が毎回興味深い。「みんなの太陽になりたい女」のインスタは「公園で出会ったてんとうむしの写真」で、「『幸運を運んでくれてありがとう!』と、自分のピュアな感性をアピールする投稿が多め」との分析。「転職をゴリ押しする女」のインスタは「前職の仲間との飲み会風景」で、「あくまで円満退社であって、会社から逃げるために転職したわけではないことを匂わせる」との分析。
生態を例示し、いかにもやりそうなことを見立て、そこに分析を加える、という3重構造。一方の「午後ティー」を見直せば、「仕切りたがり空回り女子」では「違うの!足の筋肉が気になるから隠したいだけ~(笑)」とのコメントに「女子っぽい格好するのにも言い訳が必要」という分析が入っていた。要素が3つあるが、深掘りしたりひっくり返したりしない。つまり、3重構造ではなく、雑な並列なのである。
武田鉄矢的な規範
武田鉄矢という、「自分はいつだって規範になりうる」と信じて止まない話者がいるが、山口達也の事案を受けて、「(TOKIOに)すこし濁ったイメージがあるともうちょっとよかったのかもしれないですけど」「あまりにもみんな、清潔なものを求めすぎている」と苦言を呈していた。自分は視野が広い、と信じ込んでいるのだろう。横澤が「みんなの太陽になりたい女」のインスタは「公園で出会ったてんとうむしの写真」だとするような細かい分析のほうが、世の中の見晴らしが良くなり、息が吸いやすくなると思う。横澤のネタが一本釣りならば、鉄也の規範は地引き網。世の中はまだ、「細かいところが気になる」よりも「オレ、全部見えてるから」を優先する。生態系を守ることより、「細かいことは気にすんな」を優先する。昨今のセクハラやワイセツ事案に対する、力の強い話者の発言を見ればそのことが分かる。それって暴力なのに、放任される。
だからこそ横澤のような「細かいところが気になる」人が、「オレ、全部見えてるから」的な企画にからめとられるのを見たくはない。横澤は、昨年末の衆議院選挙の際、地元・新潟県で流される選挙啓発CMに出演した。そのタイトルは「選挙に行く女。」。横澤が言う、「選挙? 行きますよぉ~。だって、私たちの未来を決める、大事な一票じゃないですかぁ~」。驚くべきことに、以上である。何のひねりもない。ちっとも面白くない。こうやって「全部見えてる」系の大きな組織は、細かな創作を粗雑に扱う。「女子の生態」ネタって、分かりやすいけれど、とても複雑に練り上げられていることくらい気づけないものだろうか。
武田鉄矢的な規範がまだ機能してしまう社会において、横澤のような人には、「私たちの未来を決める、大事な一票じゃないですかぁ~」という粗雑な扱いから逃げて欲しい。しかし、こうやって、人にアドバイスしちゃってるオマエは誰なんだ、鉄也とどう違うんだと問われると、一瞬口ごもる。名前の漢字が3文字も一緒だが、武田鉄矢にはなりたくない。「細かいところが気になる」を大切にし続けて欲しいんです、との思いを外から伝えるのって難しい。
(イラスト:ハセガワシオリ)
『日本の気配』(晶文社)刊行記念
トークイベント&サイン会
日時:5月17日(木)18:45開場 19:00開始
出演:青木理、武田砂鉄
会場:ブックファースト新宿店地下2階Fゾーンイベントスペース
定員:先着50名様
入場料:500円
お問合せ:ブックファースト新宿店03-5339-7611
http://www.book1st.net/event_fair/event/page1.htm...
※トーク終了後にサイン会を行います。サインご希望の方は『日本の気配』をご持参いただくか、当日会場にてお買い求めください。
「最適予測からはみ出すには・最適解を探すことをやめるには」
若林恵 × 武田砂鉄 トークイベント
日時:5月29日 (火) 18:30開場 19:00開始
定員:110名
会場:青山ブックセンター本店 大教室
料金:1350円(税込)
お問合せ:青山ブックセンター 本店 03-5485-5511
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