ソフトバンクグループ傘下の米Sprintが、独Deutsche Telekom傘下の米T-Mobile USと事業統合する。両社の交渉は2014年以降、決裂を繰り返し、三度目の正直でようやく実現した。統合により、米国の通信市場でトップシェアを狙える一方、ソフトバンクグループの孫正義会長(兼社長)が「妥協した」という点もある。新会社の経営権だ。
昨年11月、交渉が2度目の破談を迎え、孫会長は「単独とはいかないまでも、対等なパートナーとして合併に臨んだが、折り合いが付かなかった」と説明していた。しかし3度目は、執着した経営権の対等を妥協する。統合後の新会社は、持ち株比率がDeutsche Telekomが41.7%、ソフトバンクは27.4%。Deutsche Telekomの連結対象になる。
「恥ずかしいが、分かった上で飲み込む。一時の恥は、長期的な勝利につながれば恥ずべきことにはならない」。ソフトバンクグループが5月9日に開いた決算説明会に登壇した、孫会長の表情は明るい。妥協の背景には、同社が掲げる「群戦略」がある。
米国の通信市場ではT-Mobileは第3位、Sprintは4位のポジション。新会社は、1位のVerizon Communications、2位のAT&Tに迫る規模感になる。事業統合により、サービス価格の見直し、5Gネットワークの構築を急ぐなどして「大競争をしかけていく」と孫会長は話す。「米国で1位になる可能性が見えてくる」(孫会長)
経営権の対等を妥協しても“ナンバーワンの企業”を手に入れたい理由がある。孫会長が、300年間成長する企業、組織モデルとして思い描く「群戦略」のためだ。
ソフトバンクグループは17年、「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(いわゆる“10兆円ファンド”)を設立し、英半導体企業ARM Holdingsをはじめ各分野のトップランナーに相次いで出資、手中に収めてきた。ナンバーワンの企業を集めやすいように、各社のブランドは統一せず、持ち株比率は20~30%に抑える戦略を意図的に展開する。
財閥経営などでは、グループ内企業が全て“世界一の企業”ということは難しい。ファミリーカンパニーとの連携を優先するあまり、業界1位の企業と手を組めないという事態は、グループ全体の競争力低下を招く。そうではなく、孫会長は「持ち株比率20~30%のスイートスポットを狙い、ナンバーワンの企業ばかりを集めれば、互いに喜んでシナジーが生まれる」と自信を見せる。
「米国が重要な市場という考えは、(前回の交渉決裂から)変わっていない」と孫会長。その証拠に「Sprintの株式は、1株も売却していない」という。「経営権のコントロール、対等という条件にこだわらず、名よりも実を取った」(孫会長)
T-MobileとSprintの統合で、孫会長は「虚勢を張らなくとも、1位を狙いに行ける」と強調する。期待の1つは、5Gネットワーク競争を勝ち抜く体力作りだ。IoT機器が加速度的に普及する中、5Gは通信速度の向上、レイテンシ(遅延)の短縮などが魅力で、自動運転車、モバイルVRなど、さまざまな分野で浸透する可能性がある。そうした中、「T-MobileとSprintの周波数帯を組み合わせると、競争をリードするにふさわしい規模になる」と孫会長は話す。
孫会長によれば、2社の統合によるシナジー効果は、ネットワーク、セールスサービス&マーケティング、バックオフィスなどのコストを足し合わせると約4.7兆円弱。長期ではフリーキャッシュフローは1.7~2.0兆円を見込む。「小さな会社であっても、ネットワークは全米に持たなければならない。それぞれが個別に持たなければいけないのに対し、新会社は経営効率がよくなる」(孫社長)
「いままではSprintがいくら虚勢を張っても、AT&Tを追い抜くのは戦略的にも構造的にも難しかったが、統合により価格競争を仕掛け、マーケットシェアで1位を狙う」と孫社長は豪語する。ケーブルテレビ大手の米Comcastなど、ワイヤレス通信分野へ参入する競合が増える中、5Gなどサービスの高付加価値化と低価格化を推し進める。「(統合による)規模の経済、ネットワークのキャパシティーが、競争を仕掛ける経営的源泉になる」
経営権よりも群戦略に関心が移った孫会長は「得られるポジションが大きければ、小さな妥協があってもいい。この1~2カ月で大人になった」と笑顔を見せた。
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