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ロシアの流儀

[Part1]そこに「民主主義」はあるのか(ロシアの流儀)


プーチンは7日、4回目の大統領就任式に臨む。2000年の初当選から18年を経て、その権威はかつての皇帝並みに高まった。そんなプーチンの帝国に、ロシア憲法が掲げる「民主主義」は息づいているのか。モスクワ郊外で答えを捜した。


土産物店に並ぶプーチンのTシャツ=モスクワ市内 photo : Komaki Akiyoshi


「ホットライン」で全てが動き出した


にわかにロシアをにぎわせている問題がある。ごみ問題だ。モスクワ州知事のアンドレイ・ボロビヨフ(48)が昨年11月に訪日し、都内の最新式ごみ処理場を見学。年末にはプーチン大統領がごみの分別収集を企業や市民に促す法律に署名した。


広大な土地を持つロシアでは、これまで「ごみの分別」という考え自体がほぼなかった。焼却もせず、野積みされるのが当たり前。悪臭や環境汚染などの問題は、昨日今日に始まったことではない。


それが、なぜ突然動き出したのか。きっかけが、昨年6月に放送されたテレビ番組「プーチン・ホットライン」だった。大統領のプーチンが生出演し、国民からの質問に直接答える毎年恒例の名物番組。中継で結ばれたモスクワ近郊の住民が「住宅や幼稚園から200メートルのところに、州最大のごみ集積所がある。毎日のように発火して息もできない」と訴えると、プーチンは真剣な表情で「あなたの話は、よく分かる。モスクワだけでなく、各地で深刻な問題だ」と語り、その場で対処を約束してみせた。そして、その月のうちに集積所の閉鎖を命じたのだった。

プーチンは毎年恒例の生番組に出演し、住民の訴えに耳を傾ける photo : Komaki Akiyoshi

モスクワ市中心部から郊外電車に揺られること30分あまり。現場を訪れると住宅地に隣接する雪に覆われたごみの山からタマネギが腐ったようなにおいが漂う。それでも、ここでごみ問題に取り組んできたウラジーミル・ウゾロフ(30)は「状況は劇的に変わった」と話す。ごみの山は相変わらずでも、新たに運び込まれることはなくなったからだ。


「順番自体がサインになる」


「大統領に直接質問しようと考えたのは私たち活動家だ。それは、問題を黙殺してきた地方の行政当局が最も恐れていたことだ」。ウゾロフは胸を張った。約600万人が視聴したとされる4時間にわたる番組で、中継映像での「直訴」としては教員の薄給問題に次いで2番目に取り上げられた。「この順番自体が、行政当局に送られるサインとなるんだ」


これが引き金となり、ロシア各地でごみ問題が表面化。メディアも大きく取り上げるようになった。「ロシアでは、大統領がこぶしで机をたたかないと、何も始まらない。行政に相談しても『あとで、あとで』と言われるばかり。大統領に声が届くとすぐ『あとで』が終わる」


日本などでは、社会運動に取り組む人々は権力に批判的な立場を取ることが多い。権力者こそ問題を生み出し、放置してきた責任者だと考えるからだ。ロシアでは違うのだろうか? こんな質問をぶつけると、ウゾロフに「権力って、具体的にどの権力?」と返された。「ごみ問題には担当の部局がある。業務にブレーキをかけているのは地方レベルだ」。議会に訴えたり、自ら環境政党を作って活動する手もあるのでは? そう聞くと「議会や政党のことは誰も信用しない」という。


だが、そもそも地方行政や議会から権限を奪ったのが大統領ではないのか。悪役を仕立てて、庶民に味方する「劇場政治」では、本当に権力に都合の悪い問題は解決しないのではないか。


それでも、ウゾロフは大統領を支持している。ソ連崩壊後、ロシア経済がどん底だった1990年代に少年時代を過ごした。「母が半年も給料をもらえなかったことをよく覚えている。今は、毎月給与をもらえる。以前は誰もが携帯電話を持ち、インターネットを使うようになるとは想像もできなかった」


帝政ロシアでは、自由を奪われ地主の所有物とされていた農奴たちは、それでも皇帝を敬愛していた。生活が苦しいのは取り巻きの役人や地主に阻まれて皇帝の意向が自分たちに届かないからだと信じていたという。そんな歴史を、ふと思い出した。


(駒木明義)


(文中敬称略)


「『プーチンは優秀な広報マン』 アレクサンドル・ドゥーギン(思想家)に聞く」に続く。



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