「議論再燃! 『ベーシック・インカム』」(時論公論)
2018年05月08日 (火)
竹田 忠 解説委員
時論公論。ベーシックインカムです。
究極の社会保障か、それとも壮大なバラまきか?
ベーシックインカムというのは、国が国民全員に生活に必要な最低限のお金を、無条件に配る、そういうアイデアです。
そんな夢のような話し、できるわけがない、長らく、そう思われてきました。
しかし、スイスでは、おととし、この政策を実施するかどうかをめぐって国民投票が行われました。
その結果は否決でしたが、その後、今度は、フィンランドで国レベルとしては、史上初の導入実験が行われていて、ベーシックインカムをめぐる議論が活発になっています。
そこで、なぜ今、ベーシックインカムなのか?
そもそも実現可能なのか?
そして、実は、今、議論の中心になっているのは本来のものとは内容が大きく違う、限定的な仕組みです。
これが、日本の、人生100年時代の社会保障の議論にも大きなヒントとなる可能性があります。
この3点について考えます。
< なぜ、今、BIか? >
まず、BI(ベーシックインカム)とは、どういうものか?
整理しておきます。
ベーシックは基本的。インカムは所得。
文字通り、生活するのに必要な基本所得を、国が国民全員に、無条件に、現金で配るというアイデアです。
「最低所得保障」とか、「国民配当」などと呼ばれることもあります。
古くは18世紀ごろからヨーロッパで議論されてきましたが、特に最近は、AI・人口知能の発達で、将来は仕事が減ってベーシックインカムによる支えが不可欠になる、という発想から関心が高まっています。
このアイデア、最大の特徴は、何といっても、「全員」に「無条件」で、というところにあります。生活できるお金がいつももらえるならもうブラック企業で我慢して働く必要はなくなります。また、いくら働いても、貧困から抜け出せない、ワーキングプアもなくなることでしょう。
しかし、全員に無条件、ということは、お金持ちにも、お金を配る、ということです。
なぜ、そんなことをする必要があるんでしょうか?
それは、この制度が、本来は全く異なる、左右両方の立場から一定の支持があることと関係があります。
というのも、社会保障の充実をもとめる人たちは、今の制度では、本当に困っている人たちが救えていないとして、大きな政府を求めます。
たとえば、生活保護を受けるには、厳しい審査や条件があります。その結果、生活保護の水準以下の暮らしをしていて、実際に保護を受けている人は、日本では2割程度しかいないといわれています。
ベーシックインカムなら、こういう選別をせず、みんなを助けることができます。
一方、新自由主義の人たちは政府の役割はできるだけ小さくすべきだ、という立場です。
お金を一律に配ることで社会保障の審査や手続きにかかる組織や人を簡素化すれば、行政コストを大幅にカットできると主張します。まず全員に、一律にお金を配る。そして、お金のある人からは、後からその分を税金で取り戻す。
それが一番効率的だ、というわけです。
< 実現可能か? >
では、このベーシックインカム、実現可能なんでしょうか?
これまで実現した例は、まだ世界のどこにもありません。
最大の問題は、なんといっても財源です。
ベーシックインカムを実現するには巨額のお金が必要です。そのためには、今ある社会保障を再編成して、そのお金をあてる必要があります。
たとえば、おととし、スイスで行われたベーシックインカムをめぐる国民投票では、賛成派は、社会保障を見直して、そのかわりに毎月2500フラン、およそ27万円を支給すべきだと提唱しました。
しかし、政府をはじめ反対派は、それでは財源が足りず、大幅な増税になる、などと反論し、結局、7割を超える人が反対して、否決されました。
また、もし財源が確保できたとしても、さらに大きな問題があります。
それが勤労意欲の問題です。
仕事をしなくても生きていけるのなら、働かない人が増えるのではないか?というモラルハザードへの疑問です。
これに対しては、「いや、そんなことはない。人はイヤな仕事から解放されて、本当にしたい仕事をするようになる。
ボランティアなども増えて、理想的な社会が来る」という反論もありますが、ここは、多くの人が不安をぬぐえないところです。
こう考えてきますと、やはりベーシックインカムの実現は現状では、非常に難しいということになります。
< 限定的BI とは? >
その一方で、実は、今、議論の中心になっているのは、ここまで見てきたような本来のアイデアとは大きく違う、いわば限定的なベーシックインカムというべきものです。
その象徴的な例が、フィンランドのケースです。
フィンランドでは、今現在、国レベルとしては史上初の導入実験を行っています。実験は今年暮れまでの2年間で、長期に失業している人2000人が対象です。最大の特徴は、その支給額です。
毎月560ユーロ、およそ7万円。さきほどのスイスの案と比べると、4分の1です。
都会で家賃を払っている人の場合、これは相当厳しい額です。
この理由について、フィンランドのユッカ・シウコサーリ駐日大使は、去年暮れ、日本記者クラブでの会見でこう話しています。
「最大の目的は働いてもらうこと。高い支給額だと、仕事をしなくなるおそれがあるが、今回のように抑えた額なら、それにプラスして働こうという気持ちになるのではないか。自営業や、パートで働いている人にも向いている。」そう話しています。
つまり、これを、完全なベーシックインカムと比較してみますと
▽全員、無条件、ではなく、対象者や条件をしぼっていて、
▽支給額も、基本所得、よりは低めで、
いわば賃金の補完という性格を持っているといえます。
フィンランド政府はこれをベーシックインカムと呼んでいますが、正確には、限定的、もしくは部分的なベーシックインカム、という位置づけになると思います。
当局は実験を予定通り今年一杯で終了し、延長や拡大はしない見通しです。
海外メディアの中にはこれを中途半端な実験だと批判する記事もありますが、実はこの限定的な仕組みだからこそ海外から注目される面があります。
< 給付付き税額控除の可能性 >
といいますのも、実はこの限定的なベーシックインカムと同じような仕組みをすでに各国が導入しているためです。
それが、「給付付き税額控除」という税の仕組みです。
どういうものかといいますと、たとえばベーシックインカムでは
単純に、年間10万円なら10万円を支給する、ということになります。
しかし、この制度では、10万円を渡すのではなく、まず税金からひく、という方法をとります。
たとえば15万円の所得税を納めている人の場合は、そこから10万円がそっくり引かれます
もう10万円は払わなくていいんです。残りの5万円だけを、納税すればいい。
さらにもし、この人の所得税が8万円ならば、全部ひかれて所得税はゼロ、ということになります。
一円も払わなくていい。
その上さらに、この引ききれずに残った2万円は、国から逆に手当として支給されます。こうすれば、10万円を配るのと同じ効果を、より効率的に実現できます。
欧米では、就労支援を目的にすでに導入されていて、日本でも、一時期、消費税増税の低所得対策として議論されましたが、結局、導入されていません。
人生100年といわれる時代、
年をとって給料が減ってもどうやって働き続けるのか、
正規非正規の賃金格差をどうやって埋めるのか?
そしてAI・人工知能の進展にどう備えるのか?
限定的なベーシックインカムで賃金を補完するという発想は日本でも大きなヒントになると思います。
(竹田 忠 解説委員)