この文章を書いている今日5月3日は憲法記念日だ。新聞社の原稿もいろんな締め切りの約束事というものがありまして(笑)、この原稿が掲載されるのはおそらく憲法記念日が過ぎた頃だろう。でもさすがに憲法記念日の日ばかりは、新聞もテレビも憲法をめぐるニュースや特集を比較的多く報じていた。このところの政権側の“改憲”への前のめり姿勢も強く反映しているのだろう。それらを概観してみて、多くのマスメディアが、この期に及んでも、“改憲”“護憲”の両論併記的な「バランス感覚」という名のある種の「傍観者の場所」へ逃げ込んでいるのではないか、という印象を強くもった。僕自身は、そうした姿勢は、現実に対して全く無力な責任放棄のレベルに達しているのではないか、と思えてならない。もちろんバランスを配慮するのはメディアとして当然だろうという声もあることはあるが。
さて、憲法をめぐる諸状況を考える時、沖縄の地から憲法を語るということは、本土とは違うある特別な重みを持つ。こういう言い方が適切なのかどうかは分からないが、より切迫した緊張感とリアリティーをもって、憲法が語られる必然性があるように思うのだ。
日本国憲法施行71年というが、沖縄の場合、それは事実ではない。沖縄は憲法が施行されてから46年しかたっていない。1972年の本土復帰に先立つ27年間は、米軍占領統治下の「無憲法状態」にあった。だから本土復帰の実現によって、沖縄が日本国憲法の庇護(ひご)下に入ったことを当時の県民は素直に喜んだ。これでいつの日かは憲法の平和主義によって、在沖米軍基地は撤去されることになるだろう、本土並みに、と。亡くなられた元沖縄県知事の大田昌秀さんは、お会いしたたびに「本土復帰で、ああこれで沖縄も憲法に守られることになったという熱い思いがあったんですよ」と話されていた。だがこの思いは無残に裏切られた。沖縄は、今の日本の都道府県の中で最も憲法が蹂躙(じゅうりん)され、ないがしろにされている反憲法的な状況に置かれ続けている。翁長雄志沖縄県知事も、記者会見等で再三述べている。「地位協定が憲法の上にあるんじゃないかと」。沖縄県民はそれを肌感覚で知っている。つまり、日本国憲法の上に日米安保条約と日米地位協定があるということを。
いくつかの光景を思い出してみよう。1995年9月、米兵による少女暴行事件が起きた際、米軍当局は当初、米兵3人の身柄を沖縄県警に引き渡そうとはしなかった。米兵らはどんな凶悪事件を起こそうと、日米地位協定に守られていたのだ。2004年8月、米軍海兵隊のヘリコプターが沖縄国際大学の構内に墜落炎上した際、米軍は事故現場一帯を「封鎖」して、銃で武装した兵士が、沖縄県警、沖縄の消防、行政職員、報道機関の記者やカメラマン、さらにはあきれたことに沖縄国際大学の教職員、学長に対してさえ構内への立ち入りを禁じた。何の権限で? 日米地位協定によってだ。これほど憲法に反した振る舞いがあるだろうか。警察や消防の、国民の基本権を守るための職務行為を妨げる。行政職員の正当な業務遂行を妨げる。メディアの取材活動を妨げることで国民の知る権利を侵害している。ましてや大学の最高管理責任者である学長の職務まで妨げる。これを反憲法的と言わずしてどう言えばいいのか。沖縄ではこうした反憲法的な行為が米軍によって本土復帰後も繰り返されてきたのである。もっとはっきりと問おう。沖縄では復帰から46年たった今も、言葉の正確な意味で、日本国憲法が施行されていないのではないか。
在沖米軍の兵士・家族らは、沖縄県の高速道路を走っても高速料金が実質的に免除されている。在沖米軍基地内のバーで働くバーテンダーたちの給料、ナイトクラブ支配人の給料、ゴルフコースの維持管理従業員の給料、ボウリング場の従業員の給料などは、日本国民の税金でまかなわれている。在沖米軍基地内の将校用住宅の庭の芝生用スプリンクラー料金は、日本国民の税金から支払われている。思いやり予算。こんなことで驚いてはいけない。過去、在沖米兵たちが起こした数々の刑事犯罪の犠牲者・家族に対する弔慰金、慰謝料、見舞金なども、日米地位協定に基づく「特別勘定」「基金」などから支出されてきた疑いがある。まるで「植民地」ではないか。何が憲法の庇護だ。法の下の平等を宣言している日本国憲法の精神に著しく反していないのか。沖縄の人々は、それを訴え出る権利がある。日本国憲法を改正とか言う前に、日本国憲法を沖縄県にきちんと施行してほしいと。日米地位協定さえ改定できない日本の政権与党が、今こそ改憲の時だとは。笑止である。
おしまいに。畏友・白井聡さんの新著『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)は、なぜ以上のような事態が出現したのかを考えるための根源的思考がなされた労作である。他人の著作ながら熱烈にお薦めしておきたいのだ。沖縄のことを考えるためにも。(テレビ報道記者・キャスター)
高文研
売り上げランキング: 24,236
あわせて読みたい
タイムス×クロス 金平茂紀の新・ワジワジー通信のバックナンバー
- 名護の若者たちを批判しているのではない 運動の現場に、魅力的な歌を【金平茂紀の新・ワジワジー通信(34)】2018年4月3日 17:30
- どこへゆくオキナワンボーイ 歌が聞こえなかった名護市長選【金平茂紀の新・ワジワジー通信(33)】2018年3月5日 11:20
- 小学校上空飛行めぐる欺瞞 飛んだのに「飛んでない」とんでもない【金平茂紀の新・ワジワジー通信(32)】2018年1月26日 16:00
- ヘリ窓落下 見えた不平等構造 18年に新たな「抗い」の予感【金平茂紀の新・ワジワジー通信(31)】2017年12月26日 16:01
- 米大統領訪日と沖縄切り捨て 首脳会談前 問答無用の護岸工事 【金平茂紀の新・ワジワジー通信(30)】2017年11月16日 16:33
- 壊されたものは何か? 行き場ない若者 浮き彫りに【金平茂紀の新・ワジワジー通信(29)】2017年11月16日 12:55
- 沖縄めぐる多事争論を 混迷の今だからこそ必要 【金平茂紀の新・ワジワジー通信(28)】2017年8月30日 20:01
- 沖縄勢の甲子園初切符は首里 猛練習が実った、1958年の歓喜 2018年5月8日 19:00 球児たちの1世紀 夏の甲子園100回
- 地位協定そのままに改憲? 憲法及ばぬ沖縄への根源的問い 【金平茂紀の新・ワジワジー通信(35)】 2018年5月8日 17:06 タイムス×クロス 金平茂紀の新・ワジワジー通信
- 沖縄・基地白書(22)「訓練を県外移転しても、それ以上に外来機が…」 負担集約か、高まる不安 2018年5月8日 06:34 沖縄・基地白書
- 沖縄になかった専用球場、選手のプレー…全てが驚き 夏の扉開いた1958年選抜視察 2018年5月7日 18:25 球児たちの1世紀 夏の甲子園100回
- 沖縄・基地白書(21)駐機場再使用、裏切られた町民の「悲願」 運用を優先させる米軍 2018年5月7日 07:45 沖縄・基地白書
- 木村草太の憲法の新手(79)憲法への自衛隊明記 自民党案表現は争点隠し 2018年5月6日 14:06 タイムス×クロス 木村草太の憲法の新手
9秒でわかる!サクッとニュース
- 沖縄女子短期大学で雇い止めか 「無期転換」直前の3月末に契約止められる 2018年4月27日 07:30
- 沖縄観光客ついに1000万人目前 2017年度957万人、5年連続で過去最高 2018年4月26日 05:00
- 辺野古警備で人数水増し 内部告発、防衛局は発覚後も契約 2018年4月25日 06:03
- はしか予防、台湾は奏功 沖縄旅行の男性から感染 12人止まり 2018年4月24日 08:04
- 「絶対に落とせない戦い」自公維で勝つ 秋の沖縄知事選へ候補者選び加速 2018年4月23日 05:00
- 世界最小級の海水淡水化装置、ワイズ社に3990万円出資 沖縄ものづくりファンド 2018年4月19日 12:13
アクセスランキング
注目トピックス
- 神奈川新聞購読者向けプラン 沖縄タイムス+プラス「神奈川新聞購読者向けプラン」を開始しました。
- お祝い金がもらえる求人情報サイト「ジョブカロリ」 「ジョブカロリ」は、成果報酬型人財マッチングサービスです。
- マンガ家大城さとしが行く!沖縄のじょ~と~企業探訪 おばあタイムスでおなじみのマンガ家・大城さとしさんが長編マンガで沖縄の企業を紹介するシリーズ企画です。
- クラウドファンディング「Link-U」 あなたの夢や想いを実現するために、あなたと一緒に挑戦します。
- サクサク!電子版がアプリに! 沖縄の新聞社で初の「電子新聞アプリ」をリリースしました。
- 今日もがっつり!運転手メシ 沖縄タイムスの運転手がつづるグルメブログ。「安い」「おいしい」「腹いっぱい」の食堂や総菜屋さんを紹介します。
- しまくとぅば新聞ポッドキャスト 毎日曜に掲載の「うちなぁタイムス」で取り上げたしまくとぅばの音声データを紹介