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【社説】

司法取引導入 冤罪生まない運用を

 日本版の司法取引が六月一日から導入される。組織犯罪や経済事件での黒幕をあぶり出すのに有効と期待される一方、無関係の人を事件に巻き込む危険性もある。冤罪(えんざい)を生まぬ運用は必然である。

 逮捕された容疑者や被告が、共犯者らの犯罪解明のため、警察官や検察官に対し、供述や証拠提出などの協力をすれば、見返りが得られる。(1)起訴の見送り(2)起訴の取り消し(3)より軽い罪での起訴(4)より軽い求刑-などである。

 二〇一六年五月に成立した刑事司法改革関連法に盛り込まれた。対象となるのは、贈収賄や詐欺、薬物銃器犯罪などの犯罪だが、政令によって税法や独占禁止法、著作権法など約五十の経済関係の法律違反も対象に加えられた。

 もっとも殺人や性犯罪は含まれない。殺人者と取引して減軽することはありえないためと解される。また、米国のように自分の犯罪を認めて見返りを得る仕組みもない。だから、法曹界では「日本版司法取引」と呼ばれる。

 ポイントは取引成立に弁護人の同意が必要なことだ。検察官と容疑者が合意するには弁護人の同意が必要で、この三者が署名した書面で合意内容を明らかにする。また、虚偽の供述などには懲役五年以下の罰則が科せられる。

 確かに組織的な犯罪、経済犯罪などでは誰が黒幕でどのような指示に基づいて犯罪が行われたか解明するのは困難である。司法取引によって共犯者らの犯行が明らかにされれば、捜査当局には大きな武器になりうる。

 これまで黒幕にたどり着けなかった事件でも、その正体を暴くことができるかもしれない。企業の末端社員の犯罪に終わらせず、経営トップの関与まであぶり出せれば、事件の全容解明に役立つ。

 そんな期待感や利点があることは十分理解する。しかし、一人の供述によって、無実の人を共犯者に仕立て上げる恐れがあることも、ぬぐえぬ事実だ。あるいは容疑者が不起訴になりたいあまり、事件の構図をゆがめて話すこともある。虚偽供述が罰せられるとしても、心配は消えない。

 冤罪への危惧。それが司法取引にはつきまとう。新制度がスタートするとはいえ、当局には従来以上の丁寧な裏付け捜査、十分な証拠収集などが求められる。

 もし司法取引で運用を誤り、新たな冤罪を生めば、再び検察の信頼は失墜してしまう。そんな覚悟がいる。

 

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