マタニティー服が「制服」ではない理由
海上保安庁は、今年度から妊娠中の女性職員が着用するためのマタニティー服を導入した。一見すると職員が普段着用している制服とよく似たデザインだが、正式な制服ではない。制服っぽいマタニティー服ができた裏には、新たな取り組みならではの苦労があった。【米田堅持】
◇特殊被服として実現
2016年4月、海保の「女性活躍・ワークライフバランス推進本部」(本部長・花角英世次長)の事務局長になった人事課人事企画調整官(当時)の蓮見由絵さん(45)は、新たな制服としてマタニティー服を作ろうとした。けがや妊娠などの場合を除き原則、制服の着用義務がある地方の海上保安部で私服で勤務していると外来者から職員だと認識されず、業務に支障が生じることがあったからで、上層部の反応も前向きだった。
しかし、海保の制服は、海上保安官の身分を示すため規定が厳しく定められ、追加や変更の手続きは厳格さが求められる。また制服が導入されたら、着用が義務化されるだけでなく、着用の仕方に細かいルールを定められ、妊婦自身の体調や事情に合わせて柔軟に運用するのが難しくなる。このためマタニティー服は、「特殊被服」という作業時に制服の上に着用する作業外衣と同じ扱いとすることで、ようやく実現することになった。
マタニティー服が導入されるまでは、私服で勤務をしたり、一回り大きな男物の制服を借りたりするケースがあったという。導入に関する女性職員対象のアンケートで、圧倒的に賛同が多かったものの職員の93%が男性という職場環境もあり「女性優遇という批判が出るのではないか」という懸念の声もあったという。
妊娠6カ月でマタニティー服を着用している宮古島海上保安部管理課の濱川由佳子さんは「制服に近いデザインなので他の職員と見た目の差が少なく違和感がない」と話す。また、妊娠7カ月の小樽海上保安部管理課の村上美咲さんは「私服の場合は、どんな服を着ていくべきか悩むことになったと思う。マタニティー服が着用できることで(気が)楽になった」と歓迎した。
蓮見さんが、マタニティー服導入にこだわったのは「組織が一緒に妊娠を喜べる」ことと「職場に戻ってきてほしい」という思いを形にしたかったからだという。
◇女性のロールモデルを
「女性の少ない海保の中で、幹部候補生となる海上保安大学校出身の女性はさらに少ない。先輩や周囲が辞めてしまうと、ロールモデルが見当たらず、結婚や出産後も海保に残って良いのかわからなかった」
マタニティー服を報道陣に発表した際に着用していた人事課企画係の鳴海真代さんは、巡視船の乗組員だった新人海上保安官当時の心境を吐露する。そんな悩みを抱えていた時に、出産を経験し海保大出身の先輩でもある蓮見さんと出会い、悩みを打ち明けることができた。現在は2人とも2児の母親として、仕事と育児を両立している。
17年4月からは海保の庁内イントラネットに、女性職員限定で匿名でも悩みや相談をできる場を設け意見交換を行えるようにし、海保内の女性に関する事例集を作って共有できるようにした。現在は女性職員の4分の1ほどが登録しているという。
現在は交通部航行安全企画官を務める蓮見さんは「男性は定年まで働く人がほとんどだが、海保大出身の女性はまだ定年まで勤め上げた人はない。だからこそ自分がロールモデルとして、定年まで働き続ける必要がある」と意気込む。一方で「もし保安部長になったら、急な子連れ出勤にも対応できる環境にしたい」と今後の目標を笑顔で語った。
(毎日新聞)