「極めて珍しい犯罪です」
英国イングランド、ハートフォードシャー州警察のフレイザー・ワイリー警部は、当時そう語っていた。
事件が起こったのは、2009年6月のある晩のこと。米国人のエドウィン・リスト(20歳)が英国自然史博物館に侵入し、300体近い鳥の標本をスーツケースに詰め込み、姿を消した。この博物館は、世界有数の希少鳥類の標本コレクションを所蔵しているが、リストはそのなかでも、極楽鳥(フウチョウ)やケツァール(カザリキヌバネドリ)といった最も希少で最も色鮮やかな鳥ばかりを盗み出したのである。
フルートの才能に恵まれたリストは、王立音楽アカデミーで学ぶためロンドンに滞在していた。趣味は、サケ釣り用のフライ(毛針)を手作りすること。その腕は、マニアの間で高く評価されていた。ところが、単なる趣味だったはずが、知れば知るほどこの世界の魅力に引き込まれ、リストは次第にマニア同士の腕の競い合いに巻き込まれていく。使用される羽が珍しければ珍しいほど、美しければ美しいほど高く評価され、高い値で買い手がつく。
「ありえない珍事件」とは、米ニューメキシコ州でフライフィッシングをしていた時にこの話を聞いたカーク・ジョンソン氏の感想だ。「実に変わった話ですが、同時に興味をそそられました。貪欲なフライ作りの欲求を満たすために、博物館に忍び込み、死んだ鳥を運び出すフルート学生と聞いて、一体どういうことなのか、誰でも知りたくなるでしょう」
ジョンソン氏は、それから数年かけてこの事件を調査し、「The Feather Thief(羽泥棒)」という本を出版した。
リストは後に逮捕され、裁判を受けたが、大した罰は受けなかった。ジョンソン氏によれば、現在はドイツに住み、名前を変えてフルート奏者として活動しているという。(参考記事:「27年一度も人と接触せず、ある森の「隠者」の真相」)
ケツァールをはじめとする絶滅危惧種の羽は、今もオンラインで違法に売買されている。「フライマニアが複数の博物館から鳥の標本を盗み出したという事件は、ほかにもあります。ですが、犯人の正体は明かされず、法の裁きも受けていません」と、ジョンソン氏は語る。
リストはなぜ犯行に及んだのか、書籍「The Feather Thief(羽泥棒)」からその道程を抜粋する。