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千と千尋の神隠しを見て論理的考察の感想聞かせてください

jap********さん

2011/11/120:49:30

千と千尋の神隠しを見て論理的考察の感想聞かせてください

考察という感じでお願いします

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nlt********さん

2011/11/200:28:33

千尋の行ってしまった「トンネルのむこう」の世界はなんなのか?

私の考える結論からいうと、「無意識」の世界だと思います。噛み砕いていうと、普段意識しないものが出てくる世界。
ゼニーバのセリフに「一度あったことは忘れないものさ、思い出せないだけで。」というものがあります。ここで「思い出せない」ことと「忘れる」ことはイコールではないということです。では何が違うのか、「思い出せない」という状態は脳に明瞭な記憶(意識)は残っていないが、感覚的に覚えている(「無意識」の領域に記憶されている)ということではないのでしょうか?(この話は宮崎駿インタビュー(千と千尋のロマンアルバムに掲載)での、宮崎駿自身の実体験(確か最近訪れた浄水場が小学校の社会科見学で訪れたものとそっくりで、当時の「無意識」領域の記憶がよみがえったとかだった気がします。)が参考になります。)
その他の例としては参考書の暗記の例があります。暗記をして、テストをしてもすぐ忘れてしまいます。しかし、もう一度同じ内容を覚え直すとき、一般に、初めて覚えるときよりずっと楽に、早く、正確に覚えられます。それはやったことが無意識の領域に残っているからだという説があります。
つまり「忘れる」は記憶からなくなること、「思い出せない」は記憶が「無意識」領域に行く(記憶自体は残る)ことを表していると思います。

さて、今度はDVDの裏面のストーリー紹介をみてみましょう。千尋に「眠っていた生きる力が呼びさまされていく」という内容が最後に書かれています。宮崎駿が書いた、「この映画のねらい」(ロマンアルバムに掲載)http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0223940/img/230-233.pdf
にも合致します。「生きる力」はもともと内在するもので、それが呼びさまされていくと言っているのです。内在するのにヒョロヒョロでぶしゃむくれで、それが感じられないのは、表面、つまり意識部に出ないからなのではないでしょうか。しかもあの世界では十分に発揮されたことも大きなポイントだと思います。これを別の視点からみてみましょう。宮崎駿はこの映画を「成長物語ではない」と断言しています。つまり、千尋が成長してあの生き生きとした表情を得、自立して生活できるようになったわけではないのです。その証拠にトンネルの中での千尋の動きは行きと帰りで全く同じ動画を意図的に用いています(絵コンテに指示アリ)。だとしたら、生き生きとした表情や活力は、ひ弱そうにみえる10歳くらいの現代っ子のなかに内在するという主張も十分あり得そうです。
ハクをはじめとする神々についても、「意識」と「無意識」の説明ができるような気がします。
冒頭、お父さんが道を間違えるところで、大樹に石の祠が打ち捨てられています。これは大樹の神がもはや信仰されていないことを表すと思います。これは大樹の神が意識のレベルを出て、「無意識」になってしまったことを表しているのではないでしょうか。そして、ハクを含めて「忘れられた(無意識に追いやられた)」神々があの世界に集うのではないでしょうか。あの世界で神々が実体をもつことも一つのポイントのように思われます。
最後に千尋のその後について、「千尋はあの世界の出来事を覚えているか」という質問に対し宮崎駿は「あったことすべてを覚えている人なんていますか?いないでしょう。だけどあの出来事は夢の中の出来事というふうにしたくなかった。だから最後の最後に銭婆の髪留めが光るのです。」という趣旨の回答をしていました。これは質問内容の否定だと解釈すべきだと思います。肯定の言い回しではないし、言いたくないまたは観客に任せる場合はこれほど明確な反語を用いた回答はしないはずです。つまり、千尋は「思い出せなくなって」いるのでしょう。したがって新居に行っても新しい学校に入っても、ぶちゃむくれのままでしょう。しかしそんな少女でもあの世界での活躍をするだけの活力「生きる力」が内在する。これが大きな主張の流れだと私は解釈します。

私の意見にわかりにくい点や反論したい点もあると思いますが、気になったら遠慮せずに回答リクエストください。ついでに質問者さんの解釈も聞いてみたいですね。

質問した人からのコメント

2011/11/8 09:34:31

降参 ありがとうございます

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vh7********さん

編集あり2011/11/322:49:31

①カオナシについて

彼は現代人を象徴しています。
こうやって質問者さまにたいして電子空間で文字を書いている何者か解らない僕。

素性を偽り水商売の店で女性を指名し、恐ろしい行動に移る客。

初めは謙虚なふりをして、いざ自分にきっかけが回ってくると人の才能を食い人を押し退けながら傲慢に出世してしまう会社員、演奏家、芸能人。


そして、ニートの側面も持ってた彼にあった仕事(ものづくり)に出会わせてくれない社会に対し、宮崎駿さんは確実に批判している。

その社会代表が恐らく
湯屋が中国、韓国調様式たる由縁です。


②ゼニーバとユバーバが何故
「同じ声優、同じ容姿」
かというと、同一人物の人生の「二通りの可能性」を表しているから。

一方は富、権力を追求するとどうしても人を支配するために言葉がきつなってしまう「物質至上主義者」になるということを。

一方は静かな自然のなかで、心に見え聴こえるものを形にしながら人と語り合うと言うことを追求すると「感性至上主義者」になるということを。

僕は、千と千尋を考察することは宮崎アニメで一難向いていると思う。


「個人の中で展開を求めてる作品」ですね。

「ポケットに入れたい作品」ではない。
ポニョなんかは入れたい作品。だけど、ポニョがもし現代音楽作曲家(久石さんは19世紀的だから異なる)に音楽つけられてたら、どんなに大人も感動さしてくれる映画になったんだろうな。


PS
↓NLTMMSさんの回答は素晴らしいです。

fac********さん

2011/11/122:01:19

ラストシーンから、(車に落ち葉やホコリが積もってました。)
① 両親が疑問を感じて無い様子なのが不自然。
② 元の世界では、相当の日時が経過しているのに、失踪騒ぎに成って無い様子(車は元の場所に、)普通、一家が引っ越し先に到着しなければ、捜索→車のレッカー→警察官の駐在。
ね、おかしくありませんか?

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