ブサイクヒロインの新しい形!? ──『ブスに花束を』の巻

2018/05/07 12:00
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『ブスに花束を』は、ブサイクヒロインが登場する少女マンガの中でも、少し変わっているというか、不思議な感触のある作品だ。容姿に自信のない女子が出てきて、スクールヒエラルキーは当然のように最下層なのだけれど、気になる男子と出会って人生が変わる……みたいなお約束はすべて踏襲しているのに、なぜだか「これまで読んだことのない感じ」がする。おそらくそれは、喪女なのに「覇気」があるというヒロインのキャラ設定によるものと思われる。

作楽ロク『ブスに花束を。』(以下同)

ヒロインの「田端花」は、高校に入学したばかりの女子。ひとり娘の彼女は、両親の愛を存分に受けて育っている。「友達は出来たか?/彼氏なんてまだ早いぞ!」……朝からテンション高めの父は、娘の成長が嬉しくて仕方ないようだ。そんな父親をどうにかいなして、学校へと向かう花。しかし、父親の期待とは裏腹に、彼女は入学以降ずっと「ぼっち」を通している。たとえ地味なヒロインでも、『圏外プリンセス』のように、地味な子同士集まって友情を育んだりはするので、そうした作品と比べると、花の学園生活はのっけからけっこうハードだ。

ずんぐりむっくりの体型に、野暮ったいボブカット、メガネ、そばかす、困り眉。少女マンガのブサイク女子要素を完璧に備えた花だが、父親に似てテンションだけはやたらと高い(ぼっちなのに)。たとえば、美化委員として教室の花を替えるときは「ブスの花いじり似合わないとか笑われそう」とか言いながらも、最終的には「花に触ってる時の『いい女感』って本当に癖になる!!」と悦に入り、その花を髪に挿しているところをクラスの男子「上野くん」に見られたら「ちょっ…調子に乗ってすみませんでしたァ…!!」と叫んで走り去る。ちなみに、このときの花は、頭の花の一件をほかのクラスメイトにバラされてはならじと、上野くんに口止め料まで払おうとしている。とにかくテンションの乱高下がすごい。

この一件がきっかけとなって、花と上野くんは話をするようになる。ブサイク女子の自覚をしっかりと持つことで、逆に下から目線のコミュニケーションが成立してしまう、というのが花の強みだ。これができないブサイクヒロインの場合、コミュニケーション成立までに大変な時間と努力を要するし、ほとんどの場合「外部からの働きかけ」に頼らざるを得ないところがある。その点、花は会話をするときに「どうしても質疑応答みたいになってしまいます」と言いつつも、質疑応答スタイルならばどうにかコミュニケーションできている時点で、だいぶ強い。言葉遣いが異様に丁寧で、おじぎもキッチリしすぎているが、それでもコミュニケーションはコミュニケーション。ブサイク女子に体育会系後輩キャラが搭載されている、と言えばいいのか、自身の美醜に関しては卑屈だが他者とのコミュニケーションに関しては妙に元気なところが、これまで本連載で紹介してきたブサイクヒロインたちとは、ちょっと違う。

そんな花は、クラスの美少女「鶯谷」から目をつけられてしまう。なぜ激モテの鶯谷が、地味な花に目をつけるのか。それは上野くんと花の仲が気になるからだ。そして「あの二人の謎の距離の近さはなんなの…?」と思った鶯谷は、こんな仮説を立てる。

男子どころか人間が苦れそうに見えていたけどあれはフェイク!?
私と同じ「天然頼りなげ女子」を演じていたというの!?
おのれ田端…/策士…!!

勘違いも甚だしいというか、お見積もりが高すぎる。ただ、このお見積もりは、こういう女子は暗くてウジウジしていて男子とのコミュニケーションなんか成立するはずない、という先入観を裏切られたからこそのお見積もりであり、鶯谷にとって、得体の知れないブサイク女子だということを意味している。ただ者ではないと思われるブサイクヒロイン、最高にカッコいい。

鶯谷は「もっと敵のことを知らなくちゃ!!」と、花に接近する。そして、花のことを知れば知るほど「私 女として何一つ負けてなくない!?」と思うのだった。激モテ女子としての人生を賭けて、花のリサーチに没頭する鶯谷。そんなことになっているとは知らず、あくまでマイペースに過ごす花。ブサイクヒロインが性格の良さで美少女を駆逐するパターン自体は珍しくないが、こんなにも本人が無自覚のまま、美少女側だけが混乱しているのを見ると、楽しくなってくる。美少女としてチヤホヤされる人生もいいだろうが、その美少女をヤキモキさせるブサイク女子こそが真の勝者に見えて仕方ない。

『ブスに花束を』は現在も連載中のため、最終的に花と上野くんがどうなるかは、まだなんとも言えないところだが、彼が世界を見るときの「解像度の低さ」が、ふたりの仲を左右するポイントになるであろうことは間違いない。

上野くんは、ひまわりレベルでメジャーな花じゃないと、何がなんだかわからないし、差出人不明の手紙に「放課後 校舎裏に来て下さい」と書いてあるのを見て「…これって/やっぱあれかな/漫画でよく見る決闘ってやつかな!」と思うような男子なのである(少年マンガ育ち)。いやいや、封筒めちゃくちゃファンシーな柄だったよね? ちゃんと見て? 決闘なわけないじゃない? と思うけれど、上野くんにはそれがわからない。

優しいし、イケメンだけど、認識が雑。ゆえに、上野くんから見た花が1ミリもブサイクじゃない可能性も捨てきれない……そうなのだ、少女マンガのブサイク女子はつねに「世間から見た自分」を客観視し、調子に乗らないよう気をつけるものだが、好きになった男子が世間と同じ解像度で自分を見ているとは限らないのだ。妙に折り目正しいブサイクヒロインと、解像度低めの王子様。ふたりの行方がどうなるか、気になって仕方ない。

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トミヤマユキコ

1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。