熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト)
高額紙幣が廃止されるのではないかという噂がある。高額紙幣とは、1万円札のことだ。そうなると、財布の中身は5千円札と千円札、小銭ということになるのか。いや、キャッシュカードやPASMOのような電子マネーを主に使うことになるだろう。
しかし、それは便利で良い、などと考えるのは少し能天気だろう。なぜなら高額紙幣廃止には、もっと「どす黒い意図」が隠されている、との見方があるからである。
日本の政府債務残高は1000兆円を超える。2017年の名目国内総生産(GDP)が546兆円だから、借金は収入の2倍近い。それを政府が本気で返済しようというのならば債務管理に問題はないが、安倍政権は過去2回も消費税増税を延期した。何か奇策を使って債務をなくそうと考えているという見方が根強い。
その最終手段として、1946年2月に行われた預金封鎖・新円切り替えが再びあるのではないかという思惑がある。だが、当時はインフレに苦しみ、預金封鎖で国民の購買活動を停止させたいという狙いがあった。預金をカットするのとは違った意味を持っていたのである。それでも、そうした強権発動が再現されるのではないかという恐怖心が国民の間にある。
1946年に預金封鎖に遭った高齢者から話を聞いたことがある。しかも1人ではなく数人だ。筆者が「現憲法下では、財産権は保障されている」とか、「政府はそのような国民の信頼を裏切ることはしない」と説明しても全く納得しない。彼らは最後まで政府を信じないと言って譲らなかった。そして、いつの日か預金封鎖があるかもと警戒していた。
また、政府が「タンス預金」に目をつけたのではないか、という見方もある。現在、日本にあるタンス預金は約45兆円。紙幣流通高は、2017年末で106・7兆円あり、家計を中心に家庭の金庫やタンスにしまい込まれている現金は約4割に達する。
対処するため政府は金融緊急措置令などを発令し、
預金封鎖と新円の発行に踏み切った
タンス預金がここまで積み上がった背景には、低インフレ・低金利がある。そのほか、相続税強化やマイナンバー導入を警戒して、匿名性の高い1万円札を持とう、という理由もあるだろう。金や外貨も資産保存の手段となるが、価値は変動する。名前の書いていない1万円札は、価値が一定であるという考え方である。
おそらく日本の政府債務を強制的に削減しようとするときは、預金封鎖・新円切り替えではなく、財産税が課されるだろう。この財産税は、誰がどれだけの資産を所有するかを特定しないといけないが、1万円札で財産を持っている人は、資産の特定ができない部分が生まれる。
つまり、タンス預金が資産を隠し持つツールにもなるのだ。だから、「いっそのこと1万円札を廃止してしまおう」という意図が政府にはあるのではないかと疑われている。
預金封鎖や財産税は毛頭あり得ないはずだが、財政再建は危なっかしい。こうした感覚は、筆者を含めて多くの人が共有するものだろう。