【我がふるさとは世界】☆スコットランド☆
祈り━━それは、あきらめない勇気だ。
自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は変えられる!必ず!”。
確信を命の底に刻み込む作業だ。
祈り━━それは恐怖の破壊なのだ。
悲哀の追放なのだ。
希望の点火なのだ。
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。
自らを信じよ!
卑下するなかれ!
卑下は仏法への違背だ。
胸中の仏界への冒涜だからだ。
祈り━━それは我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包まれていた自分が、宇宙を包み返し、
全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマなのだ。
人間は人間━━その人間の可能性の扉を次から次へと開いていく《鍵(かぎ)》が祈りなのである。
アケミ・ポーチャスさんは神戸で入信した。
74年、船員のリチャード・ポーチャスさんと結婚して渡英。
亡きコーストン理事長から「イングランドは私がいるから、あなたはスコットランドの広宣流布をお願いします」と言われた。
「さあ、やろう!」。心ははやったが、言葉も十分に通じない。同志も数えるほどだった。
地を這うような活動を10年。
84年、転機が来た。イギリスの夏季講習会にスコットランドから一人も壮年部員が参加しなかったのだ。
ショックだった。
今まで何をしてきたのか……。
彼女は決心した。
「祈ろう。祈りから始めよう。徹底して祈るしかない」
84年8月24日、毎週1回の唱題会を開始した。
8時間の枠のうち都合のよい時間だけ参加すればいいということにした。
大事なのは時間の長さではないからだ。
翌年には10人の壮年が集うまでになったが、持続の苦労は並たいていではなかった。
参加者が1人去り、2人去っていった時期は、つらかった。
「でも私は宣言したのです。『一人になっても続ける!』と」
祈り━━それは、あきらめない勇気だ。自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は変えられる!必ず!”。確信を命の底に刻み込む作業だ。
祈り━━それは恐怖の破壊なのだ。悲哀の追放なのだ。希望の点火なのだ。
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。
自らを信じよ!
卑下するなかれ!
卑下は仏法への違背だ。
胸中の仏界への冒涜だからだ。
祈り━━それは我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包まれていた自分が、宇宙を包み返し、全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマなのだ。
人間は人間━━その人間の可能性の扉を次から次へと開いていく鍵が祈りなのである。
唱題会の会場は、グラスゴーのアケミさん夫妻の自宅である。
毎回2時間かけて通う夫妻がいた。
「今日は、やめようか」と思った日もあった。
そのたびに、アケミさんの声を思い出した。
「どんなことがあっても、私はやる!」
行くと、アケミさんは、いつも一番前に座っていた。
全土に点在するメンバーを、アケミさん夫妻は時には泊まりがけで激励して回った。
年ごとに参加者は増えていった。去った友も戻ってきた。
そして94年の6月10日。なんと500回を迎えた!
私がスコットランドを初訪問したのは、その3日後であった。
着いた翌日の記念撮影。雨上がりの植物園の庭に、青空よりも晴れやかな顔と顔が並んでいた。
生涯、不遇だった詩人バーンズは、しかし「100年後には、ぼくはもっと尊敬されているよ」と確信していた。
私も確信している。わが平和の同志を見よ!
100年後には「この方々こそ先駆者だった」と喝采が贈られるのだ。
━━その時だった。はるか天の一角から、鳩の群れが近づいてきた。
友の頭上に来るや、平和のシンボルたちは、大きく八の字を描いて飛んでいるではないか。
喜んで目と目をかわす友の一人一人に、祈って勝ち越えてきた人生のドラマがあった。
一人また一人に合掌する思いで、私は最敬礼をした。
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