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第519話 道化の終幕
―――中央海域
アズグラッドの焔槍より放たれた炎と氷の息吹に対して、トリスタンはタイラントリグレスを集結させ抗う。その一方で鳴り響いたダハクの声は、トリスタンが騎乗する大怪鳥の真下より聞こえてくるものだった。高度を下げに下げ、海面に接しそうなところでダハクは滞空していた。
「よう、トリスタン! ケルヴィンの兄貴の名言を借りるとよ、戦闘中に足下を留守にしちゃ負けるらしいぜ!」
「ダハク、ですと? 私に気付かれる事なく、いつの間に―――」
言葉を言い掛けて、トリスタンはそのからくりに勘付く。またしてもシュトラの魔法、諜者の霧による潜伏。序盤で奇襲させたロイヤルガードは囮であり、本命であるダハクは都合の良い位置に待機して、タイミングを見計らっていたのだ。
「―――ふはっ! そんな名言、聞いた事がありませんねぇ!」
「うるせぇよ! 良い具合に分断できたんじゃねぇか、アズグラッド! そのまま気張ってろよ!」
「言われなくともなぁ!」
アズグラッドの攻撃は鏡の盾に直撃し、あらぬ方向へと反射され続けている。だがそれはカウンターとなる方向ではなく、鏡の盾も全霊で攻撃を受け止めているのが槍から伝わる感触で理解する事ができた。サラフィアによる体勢の維持、青魔法による補強を受けて、アズグラッドは後先構わず、全力の攻撃を放ち続ける。少なくともこの攻撃が続く限り、全ての欠片が合体した鏡の盾に余裕は生まれないからだ。
そのような状態のタイラントリグレスとトリスタンが分断された今こそが、力を蓄えながら隠れていたダハクの好機。最大息吹によるエネルギーの消失、自身が得意とする大地のない海の上と、様々な制限を課せられたこの状況だった為に準備に時間を要してしまったが、それもシュトラ達の努力により解決された。
「わりぃがここからは、こっちの独壇場だ! 芽生えろ、俺の植物達ぃ!」
ダハクの背にあたる『黒土滋養鱗』から飛び出すは、常識では測れない光景だった。ガウンの神樹にも匹敵するであろう太さを持つ植物が、種から一気に生長し、天を穿つが如く上空へと伸びていく。やがて生長著しい先端部分に亀裂が走り、ぱっくりと2つに裂け始めた。
「こいつは『災厄の種』を俺好みに配合した、特別中の特別品種! 土竜王の意地、食らいやがれ!」
災厄の種――― ガウンの獣王祭、そのブロック決勝でダハクがゴルディアーナを相手する際に用いた、最大級に危険な植物だ。その証拠に剥き出しとなった裂け目から、おびただしい数の鋭利な刃が顔を出していた。そう、半分に割れたのは上顎と下顎を形成する為だったのだ。その巨大に過ぎる大口は真上にいるトリスタンと大怪鳥を目標に、もう直ぐそこにまで迫っていた。口端からは正体不明の毒霧と、大量の唾液を垂れ流しにしている。
トリスタンは一瞬両目を細め、大怪鳥ディマイズギリモットに念話を送る。指示を受け、大怪鳥は大きく羽ばたいて更に浮かび上がろうとした。
「黙って居座る必要もありませんな。確かに恐ろしき形状、恐ろしいほどに速い。ですが、速さではこのギリィも負けていませんよ?」
「そうよね、私もそう予想していたわ」
「―――っ!?」
飛翔しようとしていたトリスタンの上方、そこより耳に流れてきたのはシュトラの声だった。予想もしていなかった声の方向に従って上を見れば、2機のガードの肩を借りて騎乗するシュトラの姿が。否、ガードの上に乗った巨大な熊型ヌイグルミ、その頭にしがみ付いたシュトラの姿があった。
今もタイラントリグレスに圧倒的熱量と冷気を浴びせるアズグラッド、その背にいると思われていたシュトラが、なぜここに? トリスタンは考えを巡らせようとするも、直ちにそれを取り止めた。そうするよりも速くに答えに行き着いたし、何よりも既にシュトラが動いていたのだ。
アズグラッドの派手な攻撃は、タイラントリグレスを一ヵ所に集結させて、動けないようにする為のもので、これだけでも十分に効果を及ぼす策だ。だが実際のところは、この一手でさえをもが囮であり、シュトラ自身に諜者の霧を施す事で、ダハクと同じく2つ目の本命として機能させる為のものだった。
「また同じ手をっ―――」
「―――その同じ手に何度も引っ掛かるなんて、間抜けとしか言いようがないわね! トリスタン・ファーゼ!」
ぴょん。そんなファンシーが聞こえてきそうな、コミカルなジャンプ。ガードの肩から果敢に飛び降りた熊のヌイグルミ、特にシュトラのお気に入りの人形であるゲオルギウスが、つぶらな瞳を光らせながらトリスタンへと迫り、頭部とのギャップの激しい凶悪な爪を取り付けた右腕を振り上げる。
「が、ぶあっ……!」
それはケルヴィンへのリスペクトか。もう1人の兄と同じようにトリスタンの頬をぶん殴り、3本の太く深き爪痕を下半身にま描き切る。その勢いのまま爪を大怪鳥へと突き刺し、止めとばかりに両足のキックで敵方をまとめて真下へと突き落とした。ぴょん。またまた鳴るファンシーな足音。ゲオルギウスはトリスタン達を足場にした反動を利用して、ガードの下へと帰還。重量級の人形とはとても思えない、刹那の出来事であった。
「いえーい!」
大人シュトラならば絶対に(人前では)しないヌイグルミとのハイタッチも、今ならば存分にやってのける。今のシュトラは正に絶好調、怖いものなしの無敵モードだ。
「ようこそトリスタン! 俺流に歓迎してやるぜ!」
重傷を負い、猛烈な勢いで落下するトリスタンを迎えるは、土竜王ダハクが丹念に育て上げた特上植物。バカリと開放された口は限界まで開かれており、これはもう口が裂け初めているのでは? と思ってしまうほどである。口内の奥に広がるは底の見えぬ深淵。トリスタンがその光景を意識した時、彼は既に漆黒の中へと取り込まれていた。バクリと口を閉ざしてしまえば、もうどこにも光は差しはしない。
(……っ。これは、なかなかの深手。ですが、召喚士を相手に閉じ込めるなど……!?)
トリスタンは自身の召喚術を行使しようとした。昔ガウンにてケルヴィンから逃れた方法か、はたまたタイラントリグレスを再召喚しようとしたのかは不明だ。しかしながら、そのどちらの手法だったとしてもトリスタンの目論見は大きく外れ、失敗という結果に結びついてしまう。
「残念ね、トリスタン。その状況でやろうとしてる事、大体の見当はついてるわ。こっちにはアンジェお姉ちゃんや、ベルちゃんだっているんだよ? 前にしてやられた戦法は勉強するし、逆に利用だってする。 ……あ、もしかしてその時、トリスタンはまだ蘇っていなかったとか、かな? よく分からないけど、そうだったのなら仕方ないね!」
天使のような笑みがこぼれる。
「ぐっ、この怪物自体が結界!?」
災厄の種にはダハクの品種改良の他に、とある結界が施されていた。それはかつて、ケルヴィンがアンジェと戦った際に使われた、召喚術を断絶する特殊結界。その際の敵だった2人は今やケルヴィンの仲間であり、その道の専門家であるコレットがいれば再現は十分に可能だった。
「バッドニュースを更に聞かせてやるぜ? そいつが体内に飼う猛毒は、むかーしジルドラの野郎に埋め込んだもんの、超強化版だ。あいつを逃がした時、そりゃあ悔しかったぜ? その毒には積もりに積もった積年の恨みをたっぷりと込めてやったからよ、ま、存分に楽しんでくれや」
「……! ぐお、おっ……!」
トリスタンに挽回の一手は残されていない。完全なる詰み、道化が演じた舞台の終焉であった。
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