Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ ─幻想殺しと魔法少女 作:Illya720
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序章 『涙は星の如く散りゆく』 Starting_from_the_End
その少年は星々に願う。死にゆく『運命』にある自分が、まだ生きていたい。ここで死にたくないと必死に地を這い、無様にみっともなく涙を流しながら、星に願った。オカルトチックで、子供っぽくて、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑われてしまいそうな方法だった。
───少年にとって、それしか縋るものが無かったのだ。
頼れる人は居ない。自分が何なのか、何のために存在しているのかを常に自分自身に問い続け、懊悩し、ずっとただ独りで戦ってきた。
──────結果は、散々たるものだった。
その少年は絶望感に苛まれながら自身が背負う『
そして5月の冬木市。誰にも知られず、ひっそりと星空だけがその少年の孤独な戦いを見守る。少年は自身の『運命』に抗い続けた。負けてたまるかと自分を鼓舞し、震わせ、打ち勝てると信じて挫けそうになりながらも戦い続けた。
───その戦いは身を斬り裂くような『葛藤』で
───その戦いは気高く生きる孤独な狼の『慟哭』で
───その戦いは深淵の闇の如き『絶望』で
───その戦いは万華鏡のように輝く『希望』で
───その戦いは死の淵で揺蕩う儚い『幻想』だった
非情にも、奇跡なんて起きてはくれなかった。静かなる闘争に、少年は最後まで抗えなかった。終焉を迎えた闘争の果てに少年が抱いたのは何も出来なかった自分への『絶望』と。それでも諦めきれなくて抱き続けた妄執にも似た『希望』と。叶いはしないと悟っても信じていたいという『幻想』だった。
────あーあ、『不幸』だなあ····
死の直前に、空気を震わせた少年の嘆きと羨望。少年は無限にも等しい感情の奔流を一筋の頬を伝う涙に託し、そっと目を閉じる。頬を伝っていく涙が、ベッドのシーツに落ちた
これが、この世に生を受けてから今まで疫病神と罵られ、罵詈雑言をぶつけられ、苦悩とたった独りで戦い続けた少年の最期。その最期はやはり孤独な最期であり、看取るものも涙を流してくれる人も居ない。なんて、なんて虚しい最期なんだろう。だから。『星々は、不幸で人としての人生を歩めなかった少年へと、あるチャンスを与える』事にした。少年の右手が青白い光を放つ。それが、それが少年が人生の中で唯一願いを叶えた奇跡の成就であった。しかしこれではまだ足りない。
─────後の願いは、とある少年に託された。
─────────────────────────
その日は朝からいつにも増して不幸でした、と不幸なツンツン頭の少年、上条当麻は後に語る。携帯のアラームが電池切れのせいで使えず慌てて登校。しかしどこからか転がってきた空き缶を踏んでバランスを崩し転倒。その後も何やかんやで学校は遅刻。もちろん弁当を作れる暇なんて無かったので昼休みに学食へ駆け込んでみたら財布を忘れた事に気付き、午後への授業のやる気なんてもちろん失くした上条がひたすらに惰眠を貪っていたら小萌先生に泣かれ、こういう時だけ団結するクラスメイト達にボコボコにされ····という散々な1日だった。
「ちくしょう·····不幸だ····」
「全く貴様はもう少し落ち着いて生きてみたらどうなんだ?」
「俺だってそうしたいけどそれは世界が許してくれねえんだよお!!!」
場所は学園都市のどこにでもあるファストフード店。上条はここで軽めのおやつを食べる事にした。ちなみに先程の声の主はオティヌス。かつて上条と死闘を繰り広げ、そして共に死線を潜り抜けてきた15センチの魔神。気が付かないうちに上条のポケットに侵入して学校まで着いてきていたオティヌスだったが、今は話しやすいよう上条のフードに入っていた。傍から見れば1人で喋っているように見えるだろうが、学生で溢れかえる店内ではそこまで目立たない。オティヌスは呆れたようにため息をついて、
「だとしてももう少し気を付けたりとか出来ないもんなのか?
携帯の充電なんぞ寝る前に確認すればいいだろう?」
「いや、そうだと思って充電してたんだよ。洗面器にはコンセント付いてるし、大音量でアラームセットすればいいかなって。けど何故かプラグが刺さってなかったんだ······」
「ふん。どうせあの獣の仕業だろう」
あの獣というのは上条の寮で飼っている子猫、スフィンクスの事である。どうやらオティヌスはスフィンクスからおもちゃ&非常食として見なされてるらしい。何とも物騒な話ではあるのだが、流石に食べられるなんていう事はないだろうし、上条やもう1人の居候であるインデックスから見たらただ仲良くじゃれてるようにしか見えないのでそのままにしている。オティヌス曰く「貴様らのサイズに換算すると虎とかに襲われてるようなもんだ」らしいが、そこら辺は温厚な猫と凶暴で強そうな虎。同列には見れないだろう。
しばらくして、上条はファストフード店から出た。そろそろ買い物に行って帰宅しないと暴食シスターが暴れ出す可能性がある。外に出てみると、容赦ない寒さが肌を刺す。一応学ランの下にパーカーを着ているが、それでも12月の寒さというのは防げなかった。上条は自身の胴をかき抱いて、
「そろそろコートとか買った方がいいかもな·····しかし問題は金がな····」
「貧乏人」
「うるせえ居候」
軽口を叩きあいながら歩いていくと、行きつけのスーパーへと辿り着いた。今の残金を確認しようと財布を取り出す上条だったが、そこで異変に気付いた。
「なん······だこれ?」
右手が、とある力が宿っている上条の右手が青白い光を放ち始めたのだ。それと同時に、まるで熱した鉄を押し付けられているような凄まじい痛みと熱が上条の右手を襲う。
「ぐっ···があああ!」
「人間····!?」
人目も忘れて上条は痛みを堪えきれずに叫ぶ。周りの人達が驚いたような顔をしてこちらに視線を向けるものの、それを気にしている余裕なんて無かった。オティヌスの声が、酷く遠くから聞こえてくるように感じた。気付けば上条は人気のない路地裏で立っていた。自分でも分からぬうちにここまで移動してきたのだろう。人事のように、撹拌された思考の中でそう状況判断する。
「人───おい──ぶか!?」
誰かの───恐らくオティヌスが叫ぶ声がやけに不明瞭に聞こえる。呼吸が荒い。右手は熱い。四肢には力が入らず、立ち上がろうとしても無理だった。やがて、何も聞こえなくなる。風呂のお湯に、頭まで浸かっているような感覚。やがて、視界すらも黒く塗りつぶされていく。まるで溶かした黒の絵の具が紙に浸透していくかのように。
上条はそれをぼんやりと見ている事しか出来ない。もはや思考と呼べる思考は出来ず、自分が今立っているのか座っているのか寝ているのか、それすらも分からなくなった。そして、視界が完全にブラックアウトする。最後に見た光景は、一際眩く青白い光を放った自身の右手だった。
─────────────────────────
「──────間─────人間!!!」
「う·······あ·······?」
自身を呼ぶ声で、上条はうっすらと呻きと共にその瞼を開けた。声のする方を見れば、そこには上条が目覚めた事によるものなのか、安堵の表情を浮かべるオティヌスが。僅かに重い体を起こす上条。上条が寝ていた───寝かされていたのは、誰かの部屋のベッドだった。
「オティヌス·····俺は何でこんなとこに·····」
「覚えていないか?」
拘泥している脳を無理矢理に動かし、自身に起きた出来事を反芻する上条。
「そうか、俺──」
スーパーに入る直前、確か右手が青白く光り、それと同時に凄まじい痛みと熱が襲った。そして気が付かぬうちに路地裏に移動してて、その後ゆっくり、じわじわとティッシュが水に濡れていくように五感が受け取る情報がシャットダウンしていった。そこで上条の記憶は途切れている。
「オティヌス。ここ、どこか分かるか?」
「さあな。私も貴様が目を覚ます数分前に目覚めたばかりなんだ。ただ、見ての通りどこかの部屋だという事は分かるな」
上条はオティヌスの言葉に頷く。
「取り敢えず介抱してくれたっぽいし家の人にお礼言っとこうぜ」
「私はフードに隠れていよう」
そう言ってオティヌスは上条の着ているパーカーへ、もぞもぞと入っていった。フードに僅かな重みがのしかかる。上条は近くの椅子の背にかかっていた学ランを再び羽織り、木製のドアを開ける。
何となく予想はしていたが、やはり学生寮ではなく一軒家の民家らしい。ドアを開けると、いくつかの部屋と階段がある事が分かった。ややあって階段を降りていく。階段を降りる音で気が付いたのか、1人の女性がパタパタと階段の方に近付いてきた。ゴムで纏められた髪の色は銀。目の色が赤という外国人らしき女の人。エプロンを纏っているその人からは、なんというか家庭的なオーラが漂ってきている。
「良かったです。お気付きになられましたか」
「あ、はい。おかげさまで······」
使い慣れない敬語を使って、上条は軽く礼を言う。
「いえいえ。それよりも驚きましたよ。貴方が庭で倒れていたのを発見した時は」
「へ?庭に倒れていた?」
あの後、あんな状態でこの家の庭まで来たというのか。しかしあんな立っているのか座っているのか寝ているのか、自分が今どんな体制かわからないような状態で動けるとは思えない。いや、逆にそんな状態だから自分が知らない間に歩いていたという可能性もあるが、それにしたってフラフラとしたまま歩いていれば誰か通行人が止めてくれるだろう。
「はい。今日の朝に洗濯物を干そうとしたら貴方が倒れていて·····昨日急に帰ってきた奥様の進言で奥で休ませる事になったんです。」
部屋はまだ余ってましたし。と笑いながら言う女性。会話に出てきた奥様というのは誰の事なんだろう。と上条は思った。誰かの事を呼ぶにしては不思議な呼び方だ。すると、
「あら?目を覚ましたのね!」
階段から降りてきたのはこれまたロングの銀髪と赤い目という特徴的な外見の女性。これは2人に共通する点だが、整った顔立ちはどこか西洋の人形を彷彿とさせる美しい女性だった。
「初めまして。私はアイリスフィール·フォン·アインツベルン
気軽にアイリって呼んでくれていいわよ?」
「あー、上条当麻っす。よろしくアイリさん」
どうにも適当な敬語だった。基本上条は敬語を使えとか言われてもですますをあまり使わない。先程は無理したが、やはり咄嗟の事だとそんなふうにはいかない。特にアイリスフィールは気にした様子もなく、相変わらず向日葵のような笑顔を浮かべている。
「荷物の整理終わりましたか?奥様」
「奥様って····まさかアイリさんの事なのか!?」
奥様って普通母親のポジションとか姑のポジションに使われる言葉だろう。しかし、そんな年には全然見えなかった。上条の母親、上条詩菜も御坂美琴の母、御坂美鈴も大概だが、アイリはその上をいくぐらい若々しく、18歳とか言われても特に疑いもせずに呑み込んでしまいそうだ。
そこで再び上条の頭の中で疑問が生じる。アイリが奥様という事は、髪をゴムで纏めたこの女性は一体どんなポジションなのだろうかと。最初は髪と目の色同じだし普通に兄弟かとも思ったが、それなら奥様なんて呼び方はしないだろう。上条の疑問をトレースするかのように、アイリがそれに答えた。
「ふふっその子はセラ。私達の家のお手伝いさんって感じかな」
「セラです。よろしくお願いします当麻さん」
衝撃的な事実を聞かされた。普通の人の家にお手伝いさんなんていう人種は居ない。確かにそれっぽい節はあった。見ての通り家は上条が休む部屋が余っているぐらい大きいし、調度品も上条の家の安物とは違ってかなりいい物だ。
「すごいな·····家にお手伝いさんがいるなんて」
「びっくりしちゃった?」
アイリが驚いた表情を見せる上条へと、からかうような笑みを浮かべて問う。そうは言っても上条の部屋の現状の方が珍しく、異質だろう。家には『完全記憶能力』をもち、10万3000冊の魔導書を脳内に記憶する魔導書図書館、インデックスや今上条のフードに隠れている、かつて世界をぶっ壊した15センチの『魔神』オティヌスが居候しているのだから。男子高校生の1人暮し部屋の現状としてはいささかファンタジーすぎるような気がしなくもない。
「それはもう·······」
「リズ!お客様が来ている時ぐらいしゃんとしなさい!」
セラの叱るような声。声のした方を見ると、先程は気が付かなかった1人の女性がいた。これまた当然と言わんばかりの銀髪に赤い目。しかし、こちらのリズと呼ばれていた女性は少し髪の毛を弄っているようで、肩ぐらいまで伸ばしている髪の毛が、緩やかにカールしていた。リズはこちらを見ると挨拶のジェスチャーなのだろうか、手をヒラヒラとさせてきた。アイリとセラよりも、特に胸元の露出の多い部屋着を着ているので、なかなか視線に困る。
「······はあ。それより、先程宅配便が来てましたけどあれなんなんです?」
「む······届いた?」
「こちらに置いてあります」
リズはのそりと億劫そうに立ち上がると、キッチンの方へと目を擦りながら歩いていった。
「さて、当麻くんに聞きたい事があるから、少し付き合って貰ってもいい?」
「もちろん。自分も聞きたい事があるし」
当然、ここは『学園都市』の何学区なのかという疑問だ。アイリは上条をリビングに置かれている机を囲むように設置されている椅子へと座らせ、上条に向かい合うように自身も座る。
「それで、話というのはね?君の住んでる所まで送ってあげたいんだけど、住所みたいなのが分かれば助かるなって」
「ああ、なるほど。でも家まではいいっすよ。近隣まで送ってもらえれば後は普通に帰れるし」
「ん。了解!で、その近隣っていうのは?」
「第7学区です」
アイリが、上条の言葉を聞いて不思議そうな顔をした。それについて怪訝に思っていると、
「うーん。その第7学区っていのはここ冬木市からどれぐらいの距離で行けるか分かる?」
「············」
アイリのその問いかけで、何となく上条は悟ってしまった。ここ『学園都市』では無い。東京の西部に位置し、東京の実に3分の一を占める学園都市。学園都市のそうでない外部の街や国とは2、30年も科学力に差があると言われている科学の町。そして同時に、『科学で超能力を生み出す』という一見矛盾したように聞こえる能力開発を行う、住み慣れた学園都市では無い。学園都市とは基本学区で区切られており、市という区切りはない。しかし、アイリははっきりと冬木市だと言った。
しかし、もしそうだとしても何かがおかしい。というかおかしな点だらけだ。あんな自分が自分じゃないような状態で学園都市を横断し、学園都市をぐるりと囲む壁の検問すら突破してここまで行き着いたというのか?有り得ない。そんな事は絶対に有り得ない。しかし、それ以外に説明がつかない。一体何が起きているのか、情報が与えられたにも関わらず逆に疑問が深まった。
「おい、人間。少しいいか?」
「オティ·····ヌス?」
フードから、アイリに見えない位置で上条に声をかけるオティヌス。いつもなら慌てて見つからないように隠す場面だが、この場においてオティヌスの存在は頼もしかった。
「いいか?これはあくまで仮説だ。恐らく······」
オティヌスは厳しい声音で、衝撃的な事実を突きつける。
「ここは恐らく·······『私達の住む世界ではない』」
時が、止まったようなような感覚が襲った。何を言っている?ここが上条達の住む世界じゃない?そんな突拍子もない事を言われたってにわかには信じられなかった。
「何かがおかしいと思っていた。この世界は私達の世界と何かが違う。新しい靴に買い変えたような違和感がずっと存在していた。そして、決定づけたのは」
やめろ。その先を、言うのは·······
「冬木市なんて地名、私達の日本には『存在しない」
ずしりと上条の体が重くなる。ここが別の世界。そんな事上条には信じられなかった。だってそんな事有り得ない。何のトリガーもなく、ただ単に異世界に飛ばされるなんてのはそこらのネット小説とかだけの話でしかない。そんな事が起きていいはずがない。
─────本当は心の中で、オティヌスの話が正しいのだと、これが真実で容赦のない現実なのだと分かっていた。
けど、認めたくはなかった。これが寝て起きたら夢でしたなんていうオチなら笑い話だが、そんな簡単に済むことではない事ぐらい分かっている。分かっていても、その現実を噛み砕き、飲み込みたくは無かった。しかし、しかしそれでも現実という名の鋭いナイフの切っ先が、心に影を落としていく。しばらくして、自分が震えている事に気が付いた。収まらない。止めようと思っても止められない。
今、自分はどんな顔をしているのだろう。あまりにも現実味のない事態に笑っているのか?それとも落胆しているのか?いや、表情という概念すら無くなってしまったかもしれない。気持ちが悪い。気持ちが悪かった。今すぐ吐きたいぐらいの嘔吐感が、上条を襲う。よく、異世界に行きたいなんていう輩がいる。上条だって1度はそう思った事がある。しかし、
────現実は、こんなにも残酷だった。
会いたい。今すぐ会いたい人達がいる。今すぐにでも帰って、今まで親しくしてきた仲間達と会いたい。でも、それはもう叶わない。叶う事は、ない。
「────本当は教えるべきではなかったのかもな。けど、お前は受け入れるしかない。この現実を、この現状を。そうしないと、きっとお前は『あそこ』に、お前が決死の覚悟と努力で守ってきた『世界』に戻れない」
「分かってる。けど!」
目の前にアイリが居るであろう事も忘れ、僅かに声を張り上げる上条。しかしその時だった。ふわり、と漂う甘く懐かしい匂い。暖かい毛布に包まれるような、そんな安心感。アイリだった。アイリが、まるで自身の子を慈しむように、上条の事を胸に抱いていた。上条は息を呑んだ。何故、アイリがこんな事をしているのかと。
「────アナタが何に懊悩し、どんな困難な事にぶつかっているのかは分からないけど」
優しく、包み込むような慈愛に満ちた声。その声が上条の心に僅かな光を灯し、
「あなたはきっと1人ではないわ。本当の意味で1人の人間なんてこの世には居ない。信頼出来る誰かがいるはず。愛する誰かがいるはず。もし今いなくても、探しに行けばいいじゃない。諦めずに、投げ出さずに、ね?」
その光は闇を祓う聖火のように上条の心の闇を祓い、影を霧散させていく。絶望に打ちひしがれる少年に、確かな希望を灯した。それはまだ、闇で覆われた一本道をランタン一つで進んでいくような、無謀で危険な道だ。しかし、それでも進む事ができる。進まずに後悔の念と共に沈むよりも、進んで失敗する方がいいに決まっている。それに、
────諦めて歩みを止めるなんて、上条当麻らしくない
「········ありがとう、アイリさん。もう大丈夫だ」
ゆっくりと、上条の首に回されていた腕が解かれる。僅かに目尻に溜まっていた涙を払い、上条はアイリと向き合う。
「俺は、この世界の住人じゃない」
「········」
アイリは、僅かに驚いたような表情を見せるものの、黙って上条の独白を聞いていた。
「俺もさっき知ったばっかで、原因は分からないけど恐らくそれは間違いない。帰る方法は皆目検討もつかないし、何もかもが八方塞がりだ」
どんな選択肢を選んだとしてもそれがハッピーエンドなのかバッドエンドなのか分からない。どれが正解なのかどれが間違っているのかも不明。急げばいいのかまだ余裕があるのか歩けばいいのか走ればいいのか戦えばいいのか平和に過ごせばいいのかも不明。けど、
「けど、俺は走り続ける事に決めたよ。アンタの言う通り、そして俺は俺らしく、愚直に前に進み続けるよ」
それが上条当麻だった。それが上条当麻の生き方。精神の齢が数十億年という年月経っていても折れず、燦然と輝きを放つ信念だった。ならば、ここが異世界だろうがなんだろうが関係はない。上条当麻はここにいる。ここに存在し、ここに立っている。ならば成すことは決まっている。絶対に元の世界へ帰って皆に怒られながらも馬鹿みたいにはしゃいで最後は笑顔で笑って過ごす。もう迷わない。迷ってなんかいられない。
「ふふっ、いい顔になったじゃない。ようこそ、我が家に歓迎するわ上条当麻くん。今日からしばらく、あなたは家の子になりなさい。今は住むところもないだろうし、ね?」
上条はアイリの申し出に僅かに驚くが、有難くそれを呑んだ。
セラはかなり驚いていたが、特に言及は無かった。リズは、なにかのアニメを見ているようで、そちらの方に興味がいっている。そして、ピンポーンというインターフォンのものだと思われる電子音が響く。
「はーい」
応答したのはセラ。玄関らしき所に向かっているようだ。そして、ドアの開閉する音。
「ただーいまー!」
「ただいまー」
「おかえりなさいイリヤさん。シロウも一緒ですか」
「おかえりーシロウ、イリヤ!」
アイリもそれに続く。どうやら、ここの家の人が2人帰ってきたらしい。1人は小学生ぐらいの女の子の声。もう1人は上条と同じぐらいの年の声に思える。
「さて、二人共。この子は今日から我が家に住む事になった上条当麻くんよ!!!」
「「·········は?」」
何言ってんのコイツ、みたいな顔でアイリの事を見る二人。
「あー、上条当麻だ。なんやかんやあってここに住む事になったんでよろしくな」
「なんやかんやって何!?え、ちょ·····全然展開が読めないよう!!!」
狼狽した様子の女の子は、街中で可愛いかどうか100人に調査したら恐らくその全員が可愛いと答えるぐらいには可憐で、顔立ちが整っている少女。その可憐な容姿を彩るかのような、美しい銀色の髪とルビーを彷彿とさせるくるりとした赤い瞳。アイリに似て、美しく、しかし儚げな印象を見るものに抱かせる。そんな少女だった。
「さ、流石アイリさん·····」
そう言って苦笑するのは赤みがかった髪色をした、上条と同じぐらいの年齢の少年だった。学校のものなのだろうか、ベージュを基調とした制服を着ている。しかし、アイリの息子っぽい感じなのにアイリをさん付けで呼んでいるのはどうして何だろうと思っていると、
「紹介するわね当麻。右の赤髪の男の子が衛宮士郎。そして左の女の子がイリヤスフィール·フォン·アインツベルン。二人共私の自慢の子供達よ」
「あー、急な形になっちまったけど、よろしく頼む」
「あ、ああ。よろしく」
「······全く、ママったら」
どうやらイリヤスフィールがアイリの実の子供で、士郎が養子という事らしい。アイリはよく子供を拾ってくるような人種なのだろうか。
「まあ、取り敢えず皆仲良くするようにね!」
アイリがそう締めくくる中、上条はある懸念を感じていた。それは、オティヌスどうしようである。いや、別にオティヌスを紹介してちっちゃくなった『魔神』ですこの子も仲良くしてあげてね☆で事が済むならそれでいい。しかしいくら何でも15センチの小人を紹介して、「あ、そーなんだーよろしく〜」とはなるまい。
その他にも、色々バレてはまずい事があるのだが───まあ、それは後々考えていこう。と思い、共に暮らす事になったこの家族が集う、リビングへと入っていった。
そして、きっと
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「この家の庭から魔力の流れを感じる」
賑やかな夕食後、そこそこに士郎とイリヤと交流を深めた上条。その後、士郎は自室へと戻り、上条はリズに引き止められてリズとイリヤと共に魔法少女マジカル☆ブシドームサシという魔法少女系アニメを鑑賞。1クール丸々見た後、イリヤは入浴へ。上条は与えられた自室に置かれていたデスクトップ型のパソコンでこの世界について調べていた。そんな上条に向かってオティヌスはそう呟いた。投じられたオティヌスの不穏な呟きが、日常から非日常へと上条のスイッチを切り替える。
「········『魔術師』か?」
「魔術師”も”いる。しかし、気になるのはもう1つの方だな。魔術師にしては出鱈目な魔力量······」
何にせよ、『魔術師』なんていう輩をここで見過ごせはしない。上条はゆっくりと立ち上がって両拳を握り締める。
「庭ってことは····この部屋のベランダから見下ろせるんじゃないか?」
「恐らくな。行くぞ人間。世話になる身である以上、せめてこういうのから火の粉を払うのが私達の役目だ」
「当然だろ」
共にニヤリと獰猛な笑みを交わすツンツン頭と『魔神』。カーテンとそれを仕切る窓を開け放ち、階下の様子を見る。そこに居たのは────魔法少女っぽいコスプレ衣装を身に纏うイリヤだった。
「「···········」」
何とも言えぬ表情になるツンツン頭と『魔神』。何というか、真面目な委員長がネットでゴテゴテのBL小説を書いてる事を知った時のようななんとも言えない悲しみに包まれる上条。しかし、イリヤの正面僅か5、6メートルほどの場所に誰かが立っているのを発見する。そしてそいつは、イリヤに向かって自身の伸ばした指を突きつける。────まるで、拳銃のジェスチャーのように
「っ!」
バッ!!と上条はベランダの手すりに足を乗せ、躊躇わず夜の闇に身を踊らせる。フードがはためきいてオティヌスが危うく落ちそうになってるのを尻目に、上条は芝生が敷かれた庭へ、イリヤと襲撃者の間を割るようにして着地する。着地の際、衝撃を和らげるために膝を曲げてクッションにしたおかげで僅かに痺れが残る程度で済んだ。イリヤと襲撃者は、急に上空から降ってきた闖入者に狼狽し、硬直する。
しかし、襲撃者の方の硬直は流石と言うべきか、短かった。すぐさま拳銃のジェスチャーを構え直し、その指先から闇のように黒く、鮮血のように赤い光の弾丸が放たれる。それを、上条は『右手』で触れ、『打ち消した』。
これが上条当麻の右手に宿る力、『
「なっ!?」
驚愕する魔術師と思われる少女。再び、今度は何発かの黒い弾丸が放たれるが、結果は変わらない。横一列に襲いかかるそれを、『右手』を裏拳気味に薙ぎ払う事で余す事無く喰らい尽くす。
「何で····!?アンタ一般人でしょ!?どうやったら生身で私の『ガンド』を打ち消せるのよ!!」
「うるせえ魔術師!てめえ魔術師でも無い人間、それもこんな幼い女の子に何撃とうとしてんだ!」
上条の怒号に、その魔術師───日本人だと思われる、ツインテールの女は、ビクゥッと身を縮こませる。
「いや····それはそうだけど!ていうかその子があの馬鹿ステッキ持ってる限りその子は私の『ガンド』なんかじゃ傷1つつかないっての!!」
「あん?ステッキ?」
疑問符を浮かべる上条に、オティヌスが
「おい人間。先程感じた出鱈目な魔力······イリヤとかいう小娘から感じるぞ?」
オティヌスの言葉を聞き、上条は後方で何がどうなって何が起きているのか分からず混乱するイリヤの方に視線を向けた。魔法少女をイメージソースにしたらしく、その衣装はやたらとフリフリでやたらとキラキラしている。正直見ているこちらが恥ずかしくなってしまうような装いだ。そして、その手には確かに日曜日の朝に放送する子供向け魔法少女アニメのおもちゃのようなステッキが握られていた。しかもあろう事か······
《イリヤさーん!第2の敵ですよ!さあさ先程あの年増ツインテールにやったみたいにこのやろーと思いながら私を振ってくださーい!!!》
「違うからね!?あの当麻さんは敵じゃないからね!!ていうか当麻さんも当麻さんでどうしてここに!?今人生で1番見られたくない姿なんですけどおおおお!!!」
喋った。硬そうな材質で出来たものだと思っていたステッキがうねうね動き、人工音声っぽい声で喋り出した。
「······何がどうなって?」
「それを含めて説明しようと思ってたんだけどね。どうせ私に
マスター権限返す気はないんでしょ?ルビー!」
《勿論です元マスター!私が心に決めたマスターはロリっ子のイリヤさんだけですから!》
そのステッキ(?)の反応にツインテールの魔術師は「あっそ」と短く返しただけだった。
「·······なあ、これって何が起きてんだ?オティヌス」
「私が知った事か」
もう頭に疑問符を浮かべる事しか出来ない上条をスルーして、ツインテールの魔術師はイリヤに向かってこう言った。
「いい?今から大事な事を言うから良く聞きなさい」
ツインテールの魔術師はそう前置きして、イリヤに宣告する。
「命じるわ────貴方、これから私の
「·········ほえ?」
そう、これが上条当麻の
星々の誓いの元に魔法少女と『
序章 『輝く涙は星のように』 Starting_from_the_End
─────────to be continued──────
いきなり上条さんアインツベルン家に住む事になったっていう。ご都合主義全開ですね汗