音楽の未来、未来の音楽
柴那典(以下、柴) 今回の心のベストテンは、音楽の未来の話をしたいと思うんです。音楽はこれからどうなるか。
大谷ノブ彦(以下、大谷) お、なになに?
柴 まず前提として、まだまだ知らない人がいると思うんですが、今、音楽市場って世界的にめちゃめちゃ拡大してるんですよね。
大谷 SpotifyとかApple Musicとかのストリーミング配信が儲かるようになってきたってことですか。
柴 そうそう、ストリーミングの継続課金ビジネスのおかげで世界全体のレコード産業が伸びてて、特にアメリカとかイギリスでは前年比10%以上の急激な伸びになってる。
大谷 10%!
柴 つまり、ライヴも儲かるようになってるけど、音源もストリーミングで収益を上げるようになったと。
大谷 いいことですよね。
柴 はい。じゃあ、その先に何があるんだ?っていう話です。ここから先はちょっと妄想めいた話も入ってくるんですけど。
大谷 おお、僕、妄想めいた話、大好きよ(笑)。
柴 音楽の未来について、いい話と悪い話と両方あるんです。まず、いろんなアーティストがストリーミングで収益を上げるようになってくると、CDとかダウンロードで売れた数よりも、聴かれた再生回数がそのまま収入に直結するわけですよね。
大谷 はいはい。ということは、いい曲を作って何回も聴かれたらそのぶん儲かるわけだ。
柴 そう。それがいい話。ますます音楽の質が問われるようになる。
大谷 ヘビーローテーションしたくなる、ずっと聴きたくなるような音楽を作ろうと。
柴 ええ。その一方で悪い話として、とりあえず人目に付いて話題を作って再生回数稼いじゃえばいいやっていう発想も当然出てくる。
指名手配犯がYouTubeにラップを投稿してメジャーデビュー
大谷 となると、わざと売名行為をして炎上するみたいな?
柴 これは既にもう起こっている問題で、これからの音楽のダークサイドだと思っていて。たとえばTAY-Kというアメリカの10代のラッパーがいるんですけど、彼は去年、強盗殺人をして逮捕されて、仮釈放中に逃亡したんですよ。で、逃亡中に指名手配写真の隣でラップをしてYouTubeにアップした。
大谷 あー、見た見た! それがめちゃくちゃバズってた。
柴 それが「THE RACE」っていう曲なんですけど、つまり警察から逃げてるのをレースにたとえてるんですよね。
大谷 このTAY-Kって、この後どうなったんですか?
柴 YouTubeに公開した翌日に即効で居場所がバレて警察に逮捕されたんですけど、これがSNSでめちゃくちゃバズったことから、メジャーデビューにつながって。曲もヒットしたんで、獄中にいながら敏腕弁護士がついて裁判してる最中です。
大谷 すごい話だなあ。
柴 もちろんヒップホップの歴史をたどれば、アウトローな体験を語るというのは決して過去にない話じゃないんですよ。50セントだってドラッグディーラーだったわけだし。
でも、誰もがYouTubeに自分のやってることをリアルタイムで投稿できるという仕組みは50セントの時代にはなかった。
大谷 いろいろ経た上でデビューしてましたよね。
柴 でも今は、すべての人がツールを持っていて、再生回数という一つの数字だけが直接お金に結びつくようになってしまっている。というと、また一周回って「いい音楽って何だ?」って話になってくる。
TAY-Kのラップがほんとに素晴らしくてバズったのか、彼には才能みたいなものがあったのか?っていう。ここがめちゃくちゃ難しいというか、判断がしづらいところで。
大谷 確かに。両方の可能性があるわ。
柴 ええ。必ずしも再生回数が多いからって「いい曲」かはわからないってことです。
炎上商法が成り立つシステムの問題
大谷 僕、10代のときにかわぐちかいじの『テロルの箱舟』っていうマンガを読んで「あ、テロリストっていう手があるな」って思ったことがあったんですよ。要は自分が死ぬ前に何か一つデカいことをしでかしたいっていう思春期の自意識の中で、「テロあるな」ってあの頃ちょっと思った。もちろん9・11とかの全然前ですけど。
柴 まさに今の時代にもそういう10代はいると思うんですよ。TAY-Kだって、テロではないけど、そういう「どうせ捕まるなら」という気持ちがあったと思う。
だからこれって、どちらかと言うと音楽の問題というよりYouTubeとかシステムの問題というところがあって。
大谷 たしかにねー。炎上商法が成り立つシステムに問題ありと。
柴 去年の年末にアメリカ人のYouTuberのローガン・ポールという人が青木ヶ原樹海の自殺者をからかった投稿をして全世界的に炎上した事件があったじゃないですか。
大谷 あったあった。
柴 彼を責めるのは簡単なんです。でも起こったことの本質ってそうじゃなくて、彼がそれまで似たような悪ふざけとかいたずらをたびたび投稿することで再生回数を稼いでYouTube上でスターになったということにあるんですよ。そうやって年収を14億円も稼いでいたという。
大谷 そうなんだ! 14億ってすごすぎるわ。そりゃたくさん再生されるんだったら、手段は問わないってなっちゃうよね。
勃興する新しい悪意?
柴 さらにうがった話をすると、たとえば今のアメリカって、映画『ブラックパンサー』にしても、ビヨンセとかケンドリック・ラマーにしても、黒人とか女性とかマイノリティ側の表現にすごく力があるじゃないですか。
大谷 アカデミー賞をとった『シェイプ・オブ・ウォーター』もそうですもんね。
柴 そういうものがヒットするようになってのことはとても素晴らしいと思うんだけれど、でも、そうなると、今いちばん鬱屈した感情を抱いてる層は誰なのか、って考えちゃう。それは白人男性の側なんじゃないかって。
大谷 今までちやほやされていた側ってことだ。
柴 これって、日本でも同じことが起こってると思うんです。「ポリコレ棒」※みたいな言い方が出てきてるのがその気分の象徴なんですけど、ポリティカル・コレクトネスに対して反発するようなムードが出てきている。
※ポリコレ棒:「ポリティカル・コレクトネス」に反した人を強く非難する際に用いられる「ポリティカル・コレクトネス」の論理。「まるでポリコレは人をたたくための棒だ」という捉え方から派生したネットスラング。
大谷 グラミー賞のときにも話ましたけど、時代は急激に変わってますからね。その反動もあるかもしれない。
柴 今までマジョリティ側にいて無自覚に差別とかハラスメントを繰り返してきた人が、そのことを指摘されたことでなにか自分の自由を奪われたような気分になっているんじゃないかと思っていて。これ、僕はちゃんと警鐘として鳴らしておきたいんですよね。この反動から新しい悪意が立ち上がってくる予感がする。
大谷 それが世界を侵食していくという? うわー、怖い!
柴 だから、この先はポリティカル・コレクトネスのあり方も少しづつ変わっていくと思います。ふりかざすものじゃなくなっていく、というか。誰かを追い詰めたり、やり込めたりすることの危険性に気付き始めている人は多いと思いますね。
テレビの未来と広告の未来と…
柴 で、ここからは、さらに飛躍した話になるんですが、全然別の角度から未来の話をしようと思うんです。これは音楽の未来というより、テレビの未来の話といったほうがいいかもしれない。
大谷 え、テレビの未来? なになに?
柴 最先端のテクノロジーを追ってる人に聞いたんですけれど、今って、感情をトラッキングする技術がどんどん開発されてるらしいんですよ。たとえばヘッドホンとかVRゴーグルに電極がついてて脳波をモニタリングしたり、テレビの前に顔認識カメラがついてて笑顔を検出したりするらしい。
大谷 はいはい。そういうのあるらしいですね。
柴 で、今テレビを作ってる人たちって、視聴率っていう一つの数字しか気にしてないじゃないですか? これって、結局さっき話した再生回数と一緒で、単なる数字でしかない。
大谷 そうですね。テレビの広告はそれを基準にするしかないですから。
柴 だけど、たとえば今ある視聴率の調査機と同じくらいの統計学的に有意なサンプル数で、人が音楽を聴いたり番組を見たりしてるときの感情の動きを検出できたら、これ、めちゃくちゃ重要なデータになると思うんです。
大谷 なるほど、たしかに!
柴 広告を出す側にとっては、そのメディアを見てるときに「なるほど」とか「おもしろい」とかプラスの感情が検出されるんだったら効果が高いわけだし、「ダサい」とか「なんかイヤだ」みたいなマイナスの感情が検出されるんだったら効果が低いということになる。感情を測れるテクノロジーが浸透したら、広告とメディアの関係性がガラッと変わる気がする。
大谷 たしかに! いい音楽の定義も変わりそう。そうなると、きっとウソをついたらダメな時代がやってきますよね。インフルエンサーだって、頼まれた仕事をお金だけでやってることがバレちゃったら信用を失うし。いいものはいい、不味いものは不味いって、ちゃんと言ったほうが信頼度が上がるという。
音楽の未来と倫理
柴 ほんと、その通りなんですよね。話をはしょっちゃいますけど、ブロックチェーンの技術が世の中に行き渡ったら、もっとそういうことになっていくと思います。「あいつの言ってることは信用できる」っていう評価がどんどん可視化できるようになっていく。
大谷 それが脳波とかでわかっちゃたら、絶対ウソつけないんですもんね。
柴 で、音楽の話をこれに結びつけると、音楽ってヘッドホンで聴くわけですよ。ということは、そこに脳波が計測できるような電極つけちゃえば、どのポイントで気持ちいのか、どういう音を鳴らしたらぐっとくるのか、リバースエンジニアリングできる。僕、今、マッドサイエンティストのつもりで話していますけど(笑)。
大谷 がはははは(笑)。すげえ時代だな。
僕 そういうヤバい時代がやってくるんじゃないかって勝手に思っていて。
大谷 ただ、音楽って、自分の闇とシンクロするものもあるじゃないですか。楽しさばっかりの時代になったら、それすら排除されてしまうんじゃないかなっていう危険性もあるのかなって。
柴 ああ、たしかにそれはイヤですね。
大谷 人の感情っていろんなものがあるじゃないですか。たとえば、お笑いだって顔は笑ってないけど心の中でめっちゃおもしろいなって思ってる人もいるから。そこも排除されるってなっちゃうと、ちょっとイヤだなって思っちゃいますね。
柴 そうですね。だから、音楽だけじゃなくて、きっとメディアと広告の未来にとって大事なのは指標を一つにしない、ということで。
大谷 そういうことですね。
柴 ウェブメディアで起こっていることも同じです。結局PVという一つの指標しかないもんだから、何をしてもとにかくバズって目について儲かればいいやっていう人がどうしても出てきてしまう。
それよりも、読み終わったときに感情が動いたり、内容にきちんと信頼性があったり、新しい視点を得られるものがあるものの方が評価できるべきで。
大谷 多種多様な感情に対応できるものであるってことですね。
柴 そうですそうです。僕も最近、「ここから先の音楽業界はどうなりますか?」みたいな質問をよくされることがあって。統計の数字を見たら、儲かることは間違いないんです。世界全体の市場はこの先どんどん大きくなっていく。日本は周回遅れの状況ですけど、それは市場が回復する伸びしろがあるということでもある。
でも、そうやって景気がよくなっていくときほど、倫理観とか美学みたいなものが大事になっていく気がするんですよね。
大谷 本当の意味での多様性って、物事をいろいろな角度で見てみるってことですね。何か事件が起きたら犯人を探して、吊るし上げて終わりみたいになるけど、そのことの構造とかにも目を行き届かせたり、みんなで話し合ったりすることが大事なんじゃないかなと思いますね。あっち側、こっち側とかより、僕は行ったり来たりする緩やかでなめらかなものになりたいです。まぁ、好きなもの多すぎなだけなんですけど(笑)。
構成:柴那典