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【社説】

週のはじめに考える ロシアの不都合な真実

 五月に通算四期目の任期に入るプーチン大統領の下で復権を果たしたロシア。ところが意外に足元はおぼつかない。大国にはアキレス腱(けん)がありました。

 プーチン氏は三月に行った年次教書演説で、積極的な子育て支援策のおかげで人口問題の否定的な傾向に歯止めがかかったと成果を強調しました。

 一方で「残念ながら出生率は相変わらず低い水準だ。一九九〇年代がもたらす損失は避けられないことを思い知らされる」と述べました。

◆再び低下する出生率

 ロシアはソ連末期の八九年、一人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率が二・〇を超えて、人口を維持できる水準に迫っていました。

 ところが、九〇年代の混乱期に入ると出生率は急落。ソ連崩壊後の九二年には死亡数が出生数を上回る人口の自然減が始まりました。金融危機後の九九年、出生率は一・一六まで落ち込みました。

 それが翌二〇〇〇年から上昇に転じ、政府が〇七年に始めた子育て支援策も後押しする形で一三年には一・七〇を突破しました。自然減が続いた人口も増加に転じました。

 だが、喜んだのもつかの間でした。もともと数の少ない九〇年代生まれの人が子どもを産む年齢を迎えたからです。プーチン氏の演説はこのことを指摘しています。

 ロシア統計局のデータでは、昨年の出生数は前年より二十万人以上減りました。予想もしなかった落ち込みです。出生率も一・七〇を割り込んだようです。

 ロシアの人口問題に詳しい一橋大学経済研究所の雲和広(くもかずひろ)教授は、クリミア併合に伴う欧米の経済制裁による経済環境の悪化が大きく影響しているとみています。

 収入から税金や社会保険料などを差し引いたいわゆる手取り収入を示す可処分所得は、一四年から四年連続で減り、落ち込みは10%を超えます。

 人口動態は出産行動に伴って二十~三十年の周期で繰り返します。出生率の上昇は当分は望めません。

 プーチン氏は労働力人口も昨年はほぼ百万人減少した、と明らかにしました。千葉市の人口に匹敵する働き手が一年間で失われた計算です。プーチン氏は減少傾向はしばらくは続くとして「経済成長に厳しい足かせとなる」と危機感を示しました。

 国連の推計では全人口も五〇年には一億三千二百万人となり、今より一千万人以上減ります。

◆頭脳流出も止まらず

 人口減社会でも国力を増やすにはどうすればいいのか。プーチン氏は「技術革新の波に乗れた者は先に進めるが、できない者は沈むだけだ。技術の停滞は国の安全保障と経済力の低下を招き、その結果として主権すら喪失する」と訴えました。

 人工知能(AI)などを原動力とする第四次産業革命が、国際社会の勢力図を塗り替えることになるのではないか、と各国が身構えています。

 プーチン氏も昨秋、学生に向かって「AIを制する者が世界を制する」と激励しました。

 ただし、技術革新を進める上でロシアは頭の痛い問題を抱えています。

 公共政策分野の有名大学・ロシア国民経済行政学アカデミーの聞き取り調査では、ウクライナ危機で欧米との関係が悪化して以来、海外に移り住むロシア人は年間十万人に達しています。これは公式統計の七倍近い数です。移住者のうち四割は高学歴者で、移住の理由は収入減など生活状況の悪化と政治への失望です。

 メドベージェフ首相は昨年、投資家との会議で「ロシアは石油、天然ガスと知能を輸出している。石油・ガスはカネになるが、知能は看過できない損失だ」と嘆きました。頭脳流出を食い止めるには「新しい世代がロシアで自分の潜在能力を発揮できる環境をつくらないといけない」とメドベージェフ氏も分かってはいますが、たやすいことではありません。

 英国で起きたロシアの元スパイ暗殺未遂事件は、欧米とロシアの外交官追放合戦に発展し、対ロ経済制裁の解除は遠のきました。本来なら欧米と敵対している場合ではありません。

◆閉塞感を打破するには

 実権を握って十八年になるプーチン氏の下で、ロシアは九〇年代の混迷期を抜け出し、安定を手に入れました。半面、政治・経済構造は硬直化し、社会には閉塞感が漂います。長期政権のあかがたまっています。優秀な人材が国を見限るのも無理はありません。

 停滞を生み出した体制をプーチン氏自身が変えていかないと、ロシアは行き詰まるでしょう。

 

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