【マニラ・慰安婦像撤去】消えない日本軍の加害の実態と、記憶すべき被害者との約束
記者から、「これで許すのか」と問われたヘンソンさんは、次のように答えた。
「名乗り出てから、何度も『許すのか』と聞かれました。そして『許した』と答えてきました。なぜなら、そうしないと、神様が私を許さないと思うからです」
歴代首相が被害者とかわした約束はどこへ
その後のヘンソンさんは、デモに参加したり、法廷や集会に足を運ぶことはなくなり、静かな生活を送った。受け取った償い金で家を修繕し、病院に通い、孫にお小遣いを渡すこともできたらしい。家では、総理からの手紙を額に入れて飾っていたという話もある。そして、会見からちょうど1年後の96年8月、69歳で亡くなった。棺の中の顔は、安らかだったという。
ヘンソンさんが受け取ったのと同じ手紙を、その後、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎と3代の内閣総理大臣が、各国で「償い」を受け入れた被害者に送っている。「過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」という言葉は、4代にわたる日本の総理が被害者とかわした約束である。
しかし、フィリピン政府に対する日本政府の対応を見ていると、「道義的な責任」も「過去の歴史を直視」する姿勢はどうなったのだろうと思う。また、ネット上での人びとの反応を見ていると、政府が歴史を「正しく後世に伝える」という約束も反故にされていることがよくわかる。
しかも、過去にあった戦争の犠牲となった自国の人びとを記憶し追悼することを、その被害をもたらした他国がとやかく言える筋合いではない。
日本政府が、ソウルの在韓日本大使館の前に設置されている、慰安婦を象徴する少女像について移転を要求してきたのは、外交関係に関するウィーン条約で規定する「公館の威厳の侵害」に関わるからだ。釜山の日本総領事館前に少女像が置かれた時に、大使らを一時帰国させる対抗措置をとったのも同様だ。
この釜山の少女像の横に、韓国の市民団体が日本の統治時代に動員された「徴用工」を象徴する像を設置しようとする動きに対して、日本政府が韓国政府に対応を求めた根拠も、ウィーン条約である。少女像を黙認した韓国政府も、今回は外相が「像は代替地に設置することが望ましい」とする文書を送り、警官隊が阻止するなどの対応に出た。
一方、マニラの像は日本大使館の前に置かれていたわけではない。フィリピンの人たちが事実と異なる宣伝をし、日本を貶めているわけでもない。過去の犠牲者を、フィリピンがどのように記憶していくかは、まさにフィリピンの人たちの自由だ。
戦争末期、日本では各地の都市が米軍機による空襲の被害を受け、一般市民が犠牲になった。犠牲者を悼み、被害を未来にわたって記憶するためにさまざまな碑や資料館がつくられ、慰霊式をはじめとするイベントが今も行われる。
トランプ米大統領から、こうした碑や資料館を破壊しろ、被害の記憶を伝える行事も行ってはならないという強い要請を受けたら、日本政府はそれを受け入れ、実行するのだろうか。日本が、フィリピンに対して行っているのは、それと同じ行為である。
安倍首相をはじめとする閣僚の面々には、4代の総理大臣が元慰安婦に送った手紙を読み返し、被害者とかわした約束を思い出してほしい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)
●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。
江川紹子ジャーナル www.egawashoko.com、twitter:amneris84、Facebook:shokoeg
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