分野も規模も異なるソニーとスノーピークだが
ものづくりにおいて、いくつかの共通項が存在する。
それは、「道具」をデザインするにあたり、
ユーザーの行動を観察すること。
ブランドの「らしさ」を堅持するために、
常に自らを再定義し、刷新すること。
お互いの「Way」から学びを得るべく
新潟県三条市において、対話がおこなわれた。
3月中旬。ソニー クリエイティブセンターに所属する3人のメンバーが、上越新幹線・燕三条駅に降り立った。道中、南越後の霊峰・八海山とその麓には息を呑む白い世界が広がっていたものの、山麓を越えた三条市は、徐々に色濃くなり始めた春の気配に包まれていた。
メンバーの名は、山田良憲、平野晋作、マシュー・フォレスト。カメラをデザインするチームに所属する彼らは、この1年、プロフェッショナル向けのシネマカメラの開発に携わっていたという。3人が三条市を訪れた目的は、国内屈指のアウトドアメーカー「スノーピーク」の本社の視察。出迎えたのは、スノーピーク取締役執行役員企画開発本部長の山井梨沙である。平野とフォレストが、各々のカバンから何かを取りだし、テーブルに置く。対話の準備が整ったようだ。
「サーヴィスデザイン」がもたらすもの
山井これは何ですか!?
平野「VENICE」という映画制作用のシネマカメラです。
山井すごい! かっこいい! ちなみにおいくらくらいなのでしょうか……。
フォレストレンズなしで500万円程度です。それでも、シネマカメラとしては安い方だと思いますよ。ちなみにこうしたシネマカメラは、個人が所有するものではなく、撮影があるときにレンタルして使うのが一般的です。
山井へぇ! 今回このカメラは、どんな命題の下に開発されたのでしょうか?
平野堅牢さと使い勝手のシンプルさ。その2点です。
山田今日の話にもつながるのですが、こういう商品って、使う人たちが非常に明快なんです。VENICEのユーザーは、これを使ってクリエイティヴィティを存分に発揮し、その上でお金を稼ぐ映像制作のプロたちで、要はぼくらがいくら想像して「こんなのがいいだろう」と考えても、ぼくら自身はユーザーになりきれないわけです。そこで、「サーヴィスデザイン」という概念のもと、「ユーザーセンタードデザイン」という手法を使って現場の方々にヒアリングし、さらには現場を観察しながら、商品開発をおこなっていきました。
スノーピークは、クリエイター自身がユーザーであることに加えて、頻繁にキャンプイヴェントをおこない、ユーザーの声を集めているじゃないですか。そういう点で、「ぼくらと同じ目線でものづくりをされているのかな」と思っているんです。
山井ありがとうございます。確かに、キャンプイヴェントはかなりおこなっていますね。多いときは、1回で400〜500人が参加する「Snow Peak Way」というキャンプイヴェントを、年に12回ほど開催しています。お店単位でお客さんとキャンプをするものもいれたら、年間30回以上は開催していると思います。
フォレスト商品を使っていただき、そのフィードバックを得るために開いているのでしょうか?
山井そうです。以前、わたしたちは小売りの業態をもっておらず、ほとんどが問屋さんを通した卸しの商売でした。98年以前、4期連続で売り上げを落としたことがあって、そのときに社長が「商品展開を自分たちで見せることができる場をつくって、お客さんに直接伝えていかなければダメだ」という判断をしたんです。そのなかで生まれたのがSnow Peak Wayだったのですが、いざお客さんと向きあってみると、「値段が高すぎる」とか「欲しいものが近隣の店舗で買えない」とか「こういうところが使いにくい」といった意見が噴出し、悔しくて眠れなかったと社長は言っていました。
いろいろな方の感覚を代表してプロダクトアウトするのが、おそらくデザイナーの仕事だと思うのですが、ユーザーからダイレクトにいただく情報には、気づかされることがとても多いですよね。「こんなものがあったらいいかも!」ってお客さんと盛り上がり、製品化に至ったというケースもままありますから。ですのでSnow Peak Wayは、わたしたちメーカー側にとっても非常に大切な役割を果たしていると言えます。
そういったことを、このVENICEの開発にあたっておこなった、ということなのでしょうか?
フォレストはい。先程も少し出ましたが、こうしたカメラは個人で所有したりひとりで使用したりするものではありません。プロジェクトスタイルのカメラと言って、一気に4、5人が「よってたかって」使うカメラなんです。フォーカスだけを担当する人、絞りだけを担当する人、みたいな感じです。ですのでぼくたちは、「誰が、どこで、どういうボタン操作をしているか」というところから、調査を始めました。そして徐々に、「あっ、この人がこういうときに苦労しているんだな」っていうことを知るんです。
耳にしたところによると、映画業界というのは、一度失敗すると「明日から来なくていい」みたいなシビアな業界でもあるそうなので、ぼくらの裏コンセプトとして、撮影に携わる人たちが絶対クビにならないような、使いやすいカメラをつくろうということになりました。
平野デザイナーだけではなく、メカ設計をはじめとするいろいろなエンジニアと一緒に、さまざまな仮説を立て、その仮説に基づいて、ペーパープロトタイピングと言うのですが、紙に全体のスケッチやUIのスケッチを描いて、それをユーザーに見せ、インタヴューをおこなったんです。
スノーピークさんもおそらく、ユーザーに新しいテントを渡し、「はい、じゃあ組み立ててみてください」といって、それを一歩引いて観察するようなことをしていると思うのですが、それと似た手法です。観察することで、口では「こういう風に使っている」と言っても、実際は違うといったことが見えてくる。そういう点を細かく分析して、最終のデザインに生かしました。
山井その仮説検証のプロセスって、何回くらい繰り返すんですか?
フォレストそうですね。時間と予算の許す限りやるんですけど(笑)、今回のVENICEの場合は、ロンドンとLAのスタジオに行き、そこで調査した後に、今度は紙ではなくパソコン上で動くアニメみたいなものをつくり、もう一度LAのユーザーのところへ持っていき、再度検証して、できあがったあとも平野がレンタルハウスにも出向いてユーザーインタビューをする……というプロセスを繰り返しおこないました。
平野さらに、ほぼできあがり、撮れる状態にまでなっているカメラを持っていって実際に撮影監督さんに触ってもらい、「ここをもう少しこうしてほしい」といった意見をもらいました。それは、そこに行かないと得られない情報だったと思います。
山田やっぱりヒアリングだけだと、本人も気付いていない部分がどうしても残るんです。なので、観察して、「あっ、実はあそこで不便を感じていそうだ」みたいなところを解決してあげるのが、ぼくらの大事な仕事だと思うんですよね。
平野たとえばRECのスタート/ストップボタンも、この機種からだいぶ変えましたが、それもフィードバックによる変更です。
山井スノーピークの場合は、自分がキャンプやアウトドアが好きで、自分の気持ちでものづくりできるのですが、カメラマンの操作する気持ちを読み解いて……というのはすごいことですね。
平野バジェット面から見ると、俳優を使える時間ってとてもシビアなんです。それもあって、とても簡単に作業ができないとダメなんです。
山田絶対に失敗できないですからね。たとえば超一流のハリウッド俳優を撮っていて、万が一撮れてなかったら、何千万円っていう損失になりますから。
山井それは確かに、「明日から来なくていい」って言われちゃうかもしれませんね。
フォレストあとは今回、「チームで映画を撮るための道具に特化する」という強いポリシーがあったことで、方向性を絞ることができました。「これは何にでも使える」という道具をつくるとなると、あちこちで妥協することになり、実は何にも使えないものになってしまいますからね。
山井なるほどなるほど。「この機能を付けるには、絶対このカタチにしかならない」みたいな機能性からくるデザインって、やっぱり説得力がありますよね。「これをやるためには、ここに付いていなければダメなんだ」というのは、工業デザインの醍醐味だと思います。このカメラに、圧倒的な存在感がある理由がよくわかりました。
「らしさ」をどうコントロールするか
山田スノーピークの場合は、どのようなプロセスで商品開発が行われているのでしょうか? 企画、設計、デザイン……は、誰が承認して、商品になっていくのでしょうか?
山井キャンプ用品の事業は、ちょうど30年前、社長がひとりで社内ヴェンチャーのようにして始めた事業なんです。社長みずからCADで線を引き、成型して、燕三条の工場に持っていき、金型を起こして……というところからスタートしたんです。
平野社長がエンジニア兼デザイナーで、ものづくりは職人さんのところに行ってやってもらう、というパターンだったんですね。
山井はい。そういうものづくりの背景があるので、いまだに、ギアの開発スタッフは5人程度という非常に小さなチームでやっています。
開発会議は、ギア、アパレル、カタログの各制作チームが集まってやるのですが、「街で生活していて、キャンプに行くまでにはどういう商品がなきゃいけないか、どういう商品が必要か」ということをみんなでシェアして、そこから、基本的にはデザイナーが、それこそ仮説を立ててデザインをして、コンセプトを決めて、設計をして、プロトタイプを出して、プロダクションで製品が上がるまで、ひとりで担当するんです。かなり、変わったやり方かなって思います。
デザイナーによっては、それこそ「マスプロをつけてもらえませんか?」といった意見も出てくるのですが、スノーピークのよさって、ひとりでやるからこその荒さや、開発者のクセみたいなものが商品に出ていることでもあると思っていますので。
山田ぼくも昔からのスノーピークユーザーなので、その言葉の意味を理解できていると思います。でも、個性が強い人たちが企画から量産の手前のところまでひとりでやるとなると、それぞれがバラバラになってしまうのではないかと思うのですが、その辺の「スノーピークらしさ」のコントロールというのは、どうされているのでしょうか?
山井そこは、本当に不思議なんです(笑)。個人の主体性に任されてはいますし、取り立てて「デザインはこういうイメージで」みたいな指示も出さず、ひとりひとりが自由にデザインしているのですが、なぜか、テントをつくってもチェアをつくっても、あとはカタログに落とし込んでも、「スノーピークらしさ」が絶対にあるんです。
フォレストすごい!
山井何でなんだろうって考えて、強いて思い当たるのが、スノーピークのミッションステートメントなんです。「自らもユーザーであるという立場で考え、自然志向のライフスタイルを提案し、実現するリーディングカンパニーをつくり上げよう」という内容の、もう少し長い文章なのですが、このミッションステートメントに100%賛同している人しか、うちの会社では働けないんです。あとは、心の底からアウトドアが好きであること。この2つが条件なので、ブランドを理解する素養がある人たちが自然と集まってきているのかもしれません。
山田やっぱり。ぼくらもよく、「ソニーらしさ」を問われることがあるんですが、言語で説明するのはなかなか難しい。「らしさ」って醸し出すものなので、言語化はそもそも無理なのかもしれないです。そうした「らしさ」が自然と出てくるところが、ソニーもスノーピークも似ているかなと思って、質問してみたんです。
山井「ソニーらしさ」って、確かにありますよね。カメラでもテレビでも。
山田その「ソニーらしさ」を、書き換え続けていけたらと思っています。われわれがやっていることは、いわば「未来をつくること」です。たとえば「未来のクリエイティヴ」だったりとか。それはスノーピークも同様ではないでしょうか。スノーピークらしさを再定義するなかで生まれた、いままでになかった「らしさ」の先に、「未来のキャンプ」「これからのキャンプ」のあり方があるのかなと。
山井その通りですね。先程もお話したミッションステートメントのなかに、「わたしたちは常に変化し、革新を起こし時代の流れを変えていきます」という一節があります。このミッションステートメントは、30年ほど前、社長が20代後半のころにつくったものなのですが、いまだに変わらずにここまで来るというのは、すごいことだなと思います。でも、本当に「お客さんの期待値の先に行ってやろう」と思っていて、常に10年先のことを考えて、定期的に「未来開発ミーティング」というものを開いています。
フォレスト具体的にはどういうことについてディスカッションするのでしょうか?
山井ギア、アパレル、カタログそれぞれのシニアマネージャーで行う会議なのですが、とにかく、「朝起きて、仕事に行って、夜寝る。そんな平日を送る人が、休日には何をするのか、したいのか。飛行機に乗ってどこかに行くのかもしれないし、飛行機じゃなかったらクルマなのか新幹線なのか……とか、とにかく生活様式全般のなかで、いまスノーピークにできているところはここで、これから必要になるのはここだよね」といったことを議論しています。
あとは、そこで出た意見をグローバルで考えようとか、季節に合わせて考えようといったことをやっていますね。「いまはこういう方向に向かっているけれど、ここのブランディングをもう一度やり直しませんか」といった意見も、その都度出てきます。
山田言われてみるとスノーピークは、普通の人にとっては別個だった「日常生活」と「キャンプ」を、ぎゅーっと溶かそうとしていますね。そういう大きな方向性も、未来開発ミーティングみたいなところで決まり、今後はまた別の展開が起こるわけですね。
平野想像なのですが、「どうやってキャンプしているのか」とか、「どうやって生活しているのか」以上に、「なぜキャンプをしたいのか」、「なぜこういう生活を送っているのか」、という問いの検証から、未来のデザインにつながるのかなと思うのですが……。
山井その通りです! 「誰がどういう動機で、なぜキャンプに魅力を感じるか」という、本当にそこからなんです。
逆に、このシネマカメラはプロフェッショナル用ですが、家電量販店で買えるようなカメラって、人類誰でも使う可能性があるじゃないですか。そうした商品をつくるときにも、「このカメラはこういう人に使ってもらいたい」と狙いを持って開発するのでしょうか?
山田そうですね、ターゲットは明確にしないと、「どういう機能が欲しい」とか、「どういう場所で使うのか」とか、「どういうアクセサリーがあったらいい」といった話に持っていきにくいですからね。なので、商品企画や事業部のメンバーと会議で話すことはありますが、未来開発ミーティングのように、もっともっと根本に立ち返り、すごくベーシックな議論をすることの重要性に改めて気づかされました。
山田ちなみにいま見えている10年後というのは?
山井いまフォーカスしているのは「旅」です。いままではフィールドに特化していたのですが、たとえばスノーピークがプロデュースした旅というものはあり得るのだろうか、という仮説を検証しています。クルマで行っていたところを飛行機で行って、現地でテントを借りて、キャンプ場以外のところで、アウトドアトリップが楽しめるようになったらどうかな……とか。いまは、そっちの方向性に進んでみようとなっています。
プロ向けの技術は、やがて敷衍していく
山井それにしても、日本のデザインスタジオで普段は作業をしていて、それをグローバル展開することって大変なのではないでしょうか?
平野ぼくらの課題は、地域というより個人だと思っています。究極、個人に向かって仕事をする。VENICEの話も同じですが、最終的にお客さんと向かい合い、「どこまでパーソナライゼーションしましょうか」ということになったとき、どこまでこちらから提案できるかだと思うんです。地域性だったり、文化人類学的なものだったり、その辺のソニーとお客さんの距離をどうエンゲージしていくかというは、なかなかマスプロダクションのなかではできないこともあるので、そこは考えるべき課題ですし、解決しなければいけないことだとは思っています。
山井お客さんが勝手にカスタマイズした事例を見たりすると、それはそれで嬉しいですよね。
山田それを自慢げにしている感じとか、いいですよね。
山井それができるからこそ愛着がちゃんと持てる商品になっている、というのは逆の発見だったりしますよね。
山田愛着っていいですよね。カメラは、デジタル機器のなかでは愛着が生まれやすい商品だと思います。VENICEは映画撮影用カメラですが、この業界の人たちはみなさん美意識が高い。「求めているのはただ便利で使いやすいだけの道具じゃないよ」と。美しくて機能的な製品を未来に向けてデザインすることが我々の使命だと思います。
平野お客さんの近くで、耳を傾け、所作を見て、対話を重ねることで、彼らとのコミュニケーションが生まれる。わたしたちソニーはそこから得たヒントをもう一度再定義し、新しい未来をつくることで期待値を超えていく。そうすることで、「どれでもいい」ではなく、「ソニーじゃないとダメだよね」という“もの”や“道具”を生み出していけるのかなと思います。
※今回紹介した「VENICE」は最終版の製品と一部異なる点がございます。