今学期の授業も全て終わり、ようやく留学一年目が終了しました。今学期は教育経済学(基礎編)の授業があって、その最終課題として障害児教育の教育経済学を選んで分析しました。今回の投稿はそれの先行研究分析部分の一部をご紹介したいと思います。
このブログの読者の皆様は、自分の子供が障害児と同じ教室で学ぶことに抵抗がありますか?恐らく、少なくない人が本音では抵抗を抱くのではないでしょうか。このことについてのエビデンスはどうなっているのかを今回は紹介したいと思います。
そして、教育における市場メカニズムの活用が近年広まっていますが、障害児教育はこの流れによってどのような影響を受けるのでしょうか?そして、先進国とは文脈が異なる途上国ではどうでしょうか?
今回は、これらの点を考えていこうと思います。
①障害児のいる学校に自分の子供を通わせたくない裕福な保護者たち
教育における市場メカニズムは大きくA.選択、B.説明責任、C.インセンティブ、の3つに分けることが出来ます。では、A.の代表例である学校選択制の下で、保護者がどのような要因を考慮して学校を選択するのかの分析はかなり進んでいます。一般的な傾向として、a.学校の成績よりも、学校の生徒構成の方が考慮される(白人は黒人がいない学校を好みますし、黒人も白人がいない学校を探しがちです)、b.裕福な家庭ほど学校の成績を重視する、c.家からの距離は重要、といった所が挙げられます。では、学校の生徒に占める障害児の割合はどうでしょうか?この点を、イギリスを舞台に分析した論文がBurgess et al. (2015)です。
障害児の割合と家庭の裕福さは基本的に殆ど関係が無く、裕福だろうが貧しかろうが基本的にはほぼ同じ確率で障害児が生まれてきます。しかし、貧しい親はより良い医療設備へのアクセスが限られていて、これが原因で子供が障害児となるケースがあります。このため、実際には家庭の豊かさと障害児の割合の間には弱い相関があり、貧しい家庭ほど子供が障害児である確率が少し高くなっています。
しかし、こと学校選択となると、豊かな親ほど障害児の存在に敏感になります。所得の下位40%に位置する家庭の保護者は、自分の子供を通わせたい学校における障害児の割合はあまり気にしないようですが、所得の上位60%の家庭の保護者は学校の生徒に占める障害児の割合が高くなるほどその学校を敬遠します。特に、所得の上位40-60%に属する保護者と比較したときに、20%-40%に属する保護者は約3倍、トップ20%に属する保護者は約7倍も、学校における障害児割合に敏感に反応しています。一言でまとめると、豊かな保護者ほど自分の子供が障害児と共に学ぶことを避ける傾向があり、最も豊かな保護者は自分の子供が障害児とクラスメイトになることを顕著に避けます。
この論文はイギリスのデータですが、貧困層が自分の学区に入ってくるだけでも半狂乱状態になる豊かなアメリカ人なら、もっと顕著な傾向が出ると思います。
②できることなら障害児を受け入れたくない学校
以前の記事で理事の山田が、米国のチャータースクールを参考にした日本の公設民営学校について言及しましたが、米国ではオバマ政権が掲げたRace to the TopとNo Child Left Behind Waiverによってチャータースクールが急速に広まりました。このチャータースクールが障害児教育について与えている影響をまとめた論文がDudley-Marling and Baker (2012)です。
チャータースクールと障害児の入学については、一応法律で受け入れ差別をしてはいけないことが明記されていて、公立学校とチャータースクールの間で障害児の割合が同じであるはずなのですが、全米各地でこの法律が順守されていないのが現状です。例えば、ボストンのチャータースクールにおける障害児の割合は15%ですが、公立学校のそれは21%となっています。このようなチャータースクールにおける障害児の入学受け入れ拒否は全米各地で見られ、ボストンのほかにも、ニューオーリンズ・オークランド・シカゴ・ボルドーといった都市でこのような現象が確認されています。
しかし、障害児の割合の単純平均だけ見ると現実を見誤ります。なぜなら、チャータースクールの中には実質的に特別支援学校として機能しているところがあり、こういった学校がチャータースクール全体における障害児の割合を引き上げているからです。こういった学校の存在を考慮すると、一般的なチャータースクールにおける障害児の受け入れ拒否はもう少し深刻な問題である現状が浮かび上がります。
もう一つ問題なのが、チャータースクールが受け入れている障害児の障害の程度です。チャータースクールにいる障害児と、公立学校にいる障害児を比較すると、前者の方が障害の程度がより軽度であることが分かってきています。障害の軽い児童と重い児童を比較すると、やはり後者の方が教育するコストが高いため、チャータースクールはこのような児童の受け入れをより拒否する傾向がある、ということになります。
③環境が悪化しつつある公立学校に取り残される障害児たち
①と②をまとめると、教育制度に「選択」が与えられると、教育の需要側である保護者達も障害児を避けるし、教育の供給側である学校も障害児を避け、障害児たちが選択から取り残されていく可能性が高いことが分かります。このような現象をクリームスキミング(Cream Skimming)と呼びます。
この現象をもう少し丁寧に解説します。上の図1は選択制が与えられる前の、20世紀後半の伝統的な学校システムを表しています。1965年以降推進されたインクルーシブ教育によって、地元の学校の中には、その地域の富裕層の子供もいれば、貧困層の子供もいるし、障害児もいるという状況でした。
しかし、1983年に出版されたA Nation at Risk以降この流れが逆転しました。そしてこの逆転した流れは、チャータースクールが拡大した21世紀において決定的なものとなり、富裕層に属する保護者達は自分の子供達をチャータースクールや私立学校、ないしは貧困層が殆ど住めないような地価の高額な学区の学校に避難させ、伝統的な公立学校には貧困層の子供や障害児が取り残されることになりました。
勿論、富裕層の平均的に学力が高い子供が抜けたことで、伝統的な公立学校の教室内でのピア効果が低下し、教育環境が悪化したことが予想されます。さらに、米国の伝統的な公立学校は保護者からの寄付などに大いに頼っている所があったため、富裕層が抜けたことで寄付も減少し、学校の環境そのものも悪化したことが予想されます。これらのことから、教育制度に与えられた「選択」から取り残された障害児の教育環境は、教育における市場メカニズムの拡大と共に劣悪なものになりつつあることが考えられます。
④そもそも障害児と一緒に学ばせると、子供の学力は低下するのか?
裕福な保護者もチャータースクールも障害児を避ける傾向があるのですが、そもそも、障害児とクラスメイトになると、子供の学力は低下してしまうのでしょうか?
先進国での研究結果は低下しない(Ruijs 2017やFriesen et al.2010など)、いやいや低下する(Kristfersen et al. 2015やGottfried 2014など)、むしろ向上する(Hanushek et al. 2002)、と結果が割れています。
ただし、これらの研究にはいくつかの共通点が見られます。①恐らく障害児の存在は負のピア効果を持ち、クラスメイトの学力を引き下げる可能性がある、②これは特に、行動障害や精神障害など、授業の妨害をする頻度が高いと考えられる障害の種類を持つ児童に顕著にみられ、視覚障害や聴覚障害など、授業を直接妨害しないタイプの障害にはこのような負のピア効果が見られない可能性が高い、③しかし、このような障害児の負のピア効果は決して大きなものではなく、障害児を受け入れた学校に対して追加のリソースを与えて、少し教員一人当たりの生徒数を削減させたり、経験値の高い教員を採用させたりすることで、この負のピア効果は相殺できる可能性が高い。という点です。
一言でまとめると、障害児に対して合理的な配慮を提供するためのリソースさえ提供すれば、クラスメイトに障害児がいたからといって、必ずしも子供の学力が低下するわけではない、ということです。
⑤途上国で進む教育の民営化と障害児教育
教育経済学の授業は、途上国を対象にした教育経済学という訳でなく、米国人と一緒に学ぶ教育経済学なので、この後に米国のデータを用いて少し分析を加えた訳ですが、本業である途上国での教育について考えてみたいと思います。
近年、途上国でも猛烈な勢いで低コスト型の私立学校が拡大し、教育の民営化が進んでいます。しかし、途上国で進む教育の民営化は先進国のそれと2点異なる点があります。
米国では、障害児の受け入れに際して差別があってはならないという法律があり、かなり不完全ではありますがある程度の強制力を持っています。しかし、途上国で進む規制緩和はこのような障害児を差別してはいけないという規制が伴ったものではないし、そもそもそんな法律があったところでそれを強制させられる能力はありません。
また、多くの先進国では障害児を受け入れインクルーシブ教育を実施する学校に対して、追加のリソースが与えられています。しかし、大半の途上国にはこのような制度は存在しています。
つまり、途上国で進む教育の民営化が与える障害児教育への影響は、先進国のそれよりも遥かにえげつない可能性が高く、現状で既に不就学児の1/3は障害児であるという過酷な現状があるのに、この流れが進むとより一層障害児の置かれる環境が悪化する可能性があります。
…といったようなことを、今後サルタックとしてネパールを舞台に調査していく予定です。我々のミッションは、より不利な環境にいる子供に対して、より良質な教育が実現されることです。このため、不利な環境にいる子供が、より一層不利な立場に置かれることを避けるよう、政府などの教育政策関係者に対して調査提言していくのも重要な仕事の一つです。来年の夏から何度か現地に入り、現地スタッフやボランティアと共に、このような研究を進めて行く予定ですので、ぜひ皆様の暖かいご支援を頂ければと思いますので(寄付やサルタックへの入会は下記のリンクからできます)、どうぞよろしくお願いします!
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