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ハリルホジッチ解任騒動に見る、二人の旧ユーゴ名将を“拒絶”した我らが日本

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“コミュニケーション不足”だったのはハリルのほうなのか?

 2015年3月12日、ハリルホジッチの日本代表監督就任を耳にした時、「自分たちのサッカー」に溺れたブラジル・ワールドカップの失敗を日本が払拭するチャンスだとは私は思った。とうの昔から日本代表の監督選びには一貫性はなく、トレンドもへったくれもないことは誰もが知っている。だが、ハリルホジッチはあらゆる戦略を持って、大舞台での「勝利」を追求するタイプの監督だ。

 それも敵が格上であればあるほど、一流のモチベーターとしての能力を発揮する。すべてを投げ打つ戦場でひるまないためにも、選手たちを精神的にギリギリまで追い詰めなくてはならない。チームを仲良し倶楽部ではなく、戦闘集団に変える必要があるのだ。ましてやハリルホジッチはスターの1人や2人を犠牲にすることをまったくいとわない指揮官だ。

 一切の妥協を許さぬ厳しさとその情熱があれば、8年前のディナモと同じく日本代表にも改革をもたらすかもしれない。その一方で、彼の「ワンマンショー」を許す度量が日本にはあるのかどうかは疑問だった。多かれ少なかれ、日本におけるスポーツの統括組織は利害関係や派閥・学閥に縛られ、ガバナンス不足に陥っているからだ。

 ハリルホジッチもまた、あまりに潔癖すぎたのかもしれない。彼の言動は日本の”サッカーファミリー”を刺激し、一部のメディアを敵に回した。そして、ワールドカップ開幕2カ月前になって「選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきた」というきわめて曖昧な理由で田嶋幸三会長から突然の解任を言い渡され、2018年4月9日、西野朗技術委員長の新監督就任と併せて”外国人”監督の解任が公表された。

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ディナモ監督時代、最終節のPAOKテッサロニキ戦によもやの敗戦を喫し、ELグループステージを突破できずに記者会見で頭を抱えるハリルホジッチ監督。(写真/長束恭行)

 ハリルホジッチのやり方を好まぬのならば、パブリチェヴィッチが率いたバスケ代表のように選手のほうが去ればよかったのだが、プレステージとしての、お金が成る木としてのワールドカップがそれを許さなかった。技術委員会がろくに機能していない以上、協会は(一部の)選手の意向に準じたことになる。いや、大衆が受け入れやすい「選手の意向」にすり替えたことで田嶋会長が真実をぼやかした可能性も考えられる。いずれにしろ、ハリルホジッチが執着するワールドカップでの「勝利」とはまったくリンクしない話だ。

「よく私には事情のわからないことが、私の知らないところで行われているような気もします。ワールドカップの日本代表23人を選ぶというのは、日本においてだけでなく、どこの国においても、たくさんの軋轢が起こる問題であります。監督および選手にとってワールドカップという意味はどういうものでしょうか。選手や監督にとって素晴らしいプロモーション、名誉なことではないでしょうか。すべての試合に負けたとしても、ワールドカップに出たということは非常にポジティブなイメージではないでしょうか」

 解任通告後の初来日となる4月27日の会見でこう述べたハリルホジッチは、「真実はまだ見つかっていない」と言いながらも、解任の真実には薄々気づいていると私は思う。どんな試合だろうと「負けられぬ戦い」をマントラ(呪文)のように唱えるような国ではなく、あらゆる利害を捨ててまでワールドカップで勝ちたい国を指揮するべきだった。

「私のほうから直接、会長にも質問したいと思っているんです。私の得意分野である最後のツメという仕事をさせてもらえなかったんですね」(ハリルホジッチ)

 日本サッカー協会は、ハリルホジッチ最大のストロングポイントを発揮させることなく、捨てた。

 あくまで「世界と戦う」ため、日本に雇われたはずの二人の名将。厳しい指導法やフィジカル重視の考え、置かれた環境などが似通っている両者だが、世界選手権までチームを率いたという点では、パブリチェヴィッチのほうが幸運だった。当時の日本バスケットボール協会は、のちに日本オリンピック委員会や国際バスケットボール連盟から介入を受けるほど腐敗した組織だった。それでも、自分のコミュニケーション不足を棚に上げて、選手とのコミュニケーション不足を理由に監督を解雇するような、意思決定において極度の問題を抱えた人物が会長を務める今の日本サッカー協会よりはマシな組織だったといえる。

 

【著者プロフィール】
長束恭行(ながつか・やすゆき)
サッカージャーナリスト、クロアチア語通訳。1973年生まれ、同志社大学経済学部卒。銀行に勤めていた1997年、海外サッカー初観戦となるディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて帰国後に退職。2001年にクロアチアの首都ザグレブに移住し、旧ユーゴ諸国のサッカーを10年間にわたって継続取材。その後は4年間リトアニアに在住し、東欧諸国のサッカー事情を各メディアに寄稿した。日本バスケットボール協会付の通訳としては2003年4月から3カ月間勤務。単著として『旅の指さし会話帳 クロアチア』(情報センター出版局)、共著に『ハリルホジッチ思考』(東邦出版)、訳書に『日本人よ!』(著者:イビチャ・オシム、新潮社)がある。

【書籍紹介】
『東欧サッカークロニクル』(カンゼン社)
本稿を執筆した長束恭行が旧共産圏の知られざるサッカー世界を体当たり取材。クロアチアからモルドバ、エストニアからコソボまで、東欧を中心に16の国と地域をめぐった渾身のルポルタージュは、5月11日に発売!

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