ギブソンが米国のチャプター11…日本の会社更生法の適用を受けた件がニュースに。名器レスポールを世に出した超有名ギターメーカーが業績悪化…ということで、若者の音楽離れ(衰退)という感じの、薄い論評が出てきそうなので釘を刺すこともあって記事を書きます。
ちなみにギブソンは破産はしたものの、消滅するのではなく、今後は自主再建もしくは他社の助けを借りるなどで再建を目指すことになります。
私の意見をザックリ言えば:
- ビジネス拡大が下手:大型M&Aなど買収をやった挙句、それで利益やシナジーが生まれない→結果買収費用が負担に
- 本業のギター業務に疑問:最近のギブソンの製品は微妙なものが多く、商品開発をちゃんとやれているんだろうか?
- 「Gibson」は価値が高いのでギターブランドとしては存続するだろう。ぜひギター業で頑張って。
つまりギターという本業を疎かにして規模の拡大に走った挙句に破綻…というマネジメント層の大失敗ということなんじゃないでしょうか。
なお、DTMerな私としては、正直ギブソンにあまり良い思いを持っていません。Cakewalk買収に失敗してSonarに臨死体験を味あわせたり、Opcode買収の後に適切な対応をしないでStudio Visionを無くしてしまったりなど、いろいろやらかしてますから。
ギターを演奏しないDTMerは当面は慌てなくてもいいかも
まず、DTM関係で言えば、影響が心配されそうな代表格はTEAC/TASCAMとKRKでしょう。どちらもギブソンに買収されていて傘下なんですよね。
ギブソンはギターなどに加えKRKスピーカーも会社更生法適用中も生産はするという話、そしてTEAC/TASCAMはギブソン破綻で直接の影響は無いという公式発表をしています。どちらも過度に心配する必要は無い様子。気になるのは下取りなどに出すときのリセールバリューがどうなるか?でしょうか。
またギブソンはオンキョーの株主でもあったそうですが、3月に既に売却済みだとのこと。
ギブソンは多額の資金を使ってM&A…だが、その買収は裏目に
ギブソンはギターなどの楽器関連はもとより、オーディオ機器など様々な企業を多額の資金を使って買収してきました。TEAC買収にとどまらずPhilippsオーディオ部門買収、オンキョー出資・提携など多岐にわたります。
ギターメーカーから、音楽を軸にしたライフスタイルを提案する企業グループになる…という目論見だったようですが、それが裏目に出てますね。傍目から見ても「へぇ、あの会社がギブソン傘下なんですかぁ…」というだけで、その結果何かが変わったとか外から全然見えませんでした。シナジー効果無いとダメでしょう。
結局買収した会社に対し、テコ入れをちゃんとする能力がギブソンに無いならM&Aは無意味だったんですよね。一般的に売りに出される会社や部門には、例えば品質は高いがマーケティング能力に欠けるなど、何かしら問題や大きな課題があることがほとんどですから。
DTMソフトSONAR開発元のCakewalk買収も全くもって活かしきれず持て余し、挙句に全製品を開発中止を決定してSONARユーザーからも相当な反発を受けた件は記憶に新しいところです。(結局シンガポールのBandLabがSONAR資産を買い取ることでSONARは生き延びましたが)
企業グループを運営するだけの能力はギブソンには無かったようですが、それを自覚できていなかったようで残念でなりません。
背景に買収・合併による企業・ブランドグループの増加
楽器・音楽ビジネスが右肩上がりの急成長産業分野でない以上、スケールメリットを求めた買収・合併による企業グループが目立ち始めています。
例えばNumark社が前身となったIn Music社…AlesisやAkai Professional、DENON Professional、M-Audioといった名前のあるブランドはすべてこの会社の傘下です。また新興グループとしてベリンガー社が中心のMusic Group社もあり、同社にはMidasやT.C. Electronics、タンノイなどのブランドが傘下にあります
ギブソンは以前にも一度破綻しかかったことがあった
ギブソンは実は1986年にも閉鎖の危機に瀕したことがあり、それを救済したのが現会長&CEOのヘンリー・ジャスコヴィッツ(Henry Juszkiewicz)氏です。ギブソンを経営不振から、一大メーカーに再度立て直した手腕は高く評価されてきました。
そういったことから、逆に最近のギブソン社の迷走を止められる人がいなかった…ということにもつながるのではないかと感じます。
本業のギター業務が疎かになってしまっていた
ギブソンのギターは高価な高級モデルは悪くないかもしれないが、普通に手を出せる中級〜エントリーモデルはオススメしにくいという話をよく聞きます。ギター関連のビジネスがかなり疎かになってしまっていたんでは?と感じます。
私自身はギターを全く弾かないため、あくまでも周囲のギタリストからの伝聞になりますので「?」をつけましたが、傍証はかなり多くあります。
Mastodonのギタリスト ビル・ケリハーはギブソン愛好家だったが、かなり辛辣に批判
奴らは俺のギターを常に最悪にしてくれた。多くを望んだわけじゃない。2~3の希望を伝えただけだ。たとえばチェンバー加工せずに完全なソリッドボディにしてくれとかな。
だが俺の2本目のシグネチャーモデルはチェンバー加工されていた。
同記事ではMastodonの別のギタリスト ブレント・ハインズもかなり厳しい意見を…
たった4年でプロトタイプが届いたぜ (訳注:おそらく皮肉)。ギブソンのカスタムショップが無理だと言った塗装をエピフォンがやってくれた。ギブソン、俺がお前らみたいな能無しに感謝するわけねぇだろ
あくまでも1バンドのギタリスト2名の意見ではありますが、ギタービジネス担当者のレベルが低かったことは伺い知れます。
良質な木材が入手できない!ギブソンがギタービジネスに未来を見いだせなかった理由
2009年と2011年、ギブソンはアメリカ合衆国魚類野生生物局(FWS)と国境警備局(CBP)による捜索を受けた。マダガスカルとインドで保護対象となっている木材、エボニーとローズウッドの違法輸入と使用に関してである。これによって約26万ドル相当の木材の差押を受けたとも言われており、ジャスキヴィッツ氏は政府による過度な権力行使に異を唱えるも、35万ドルの罰金と環境保全として5万ドルを寄付することに同意した。
REAL SOUNDではギブソンがギタービジネスから、他ビジネスに移行した理由としてギターを作る木材が不足したことを記事中に挙げています。木材関係で捜索まで受けるなど、とても穏やかとはいえない様子。結果として従来通りのギターづくりが難しい環境になってしまっていた、またギタービジネスの将来に暗雲を感じたということのようです。
ただし厳しい言い方をすれば、ギターづくりに希少木材を使うことから、新素材開発・採用の方向性に上手くシフトできなかったことが最大の問題かもしれません。
ギターを作っているのはギブソンだけではなく、他の会社も同様。そこでギブソンが上手く移行・順応できず、結果としてギターではなく他業種にフロンティアを求めてしまった…という会社の舵取りの問題を感じます。
ギター分野、まだ成長の余地があるのでは?
米Forbesの記事”For Fender Guitars, The Future Is Digital And Female“によれば、ギターのマーケティングにはまだ拡大の余地があるとフェンダーのCEOアンディ・ムーニー氏は語っています。
In the November, December, and January we had sell- through increases of 13.5%, 15% and 15%. We’ve haven’t seen growth in the industry at that level for many years and the industry has inherently growing.
(筆者抄訳)弊社の売上は昨年11月に13.5%、12月に15%、そして今年1月も15%の伸びを示しております。業界でこのような成長は何年も見られませんでしたし、業界全体の実質成長率を上回っています。
上記記事の要約をザックリ言えば以下のようになります。
- ギター購入者の半数弱が初心者…ただし初心者の90%が1年以内にギターを辞める
- 1年以上ギターを続けた残り10%はギターを何本も購入したりアンプも買うなど本格的にハマっていく
- ギター初心者の約半分が実は女性である
といったことから
- ギター初心者の脱落対策をすることでヘビーユーザーへの移行率アップ
- 初心者向けオンラインレッスンサービスを開始
- 女性が買いやすい環境を整備(楽器屋よりネット通販を利用する傾向が大きい)
というような対応をし、結果として冒頭に挙げたような成長を享受しているようです。変に他業種に手を広げるだけでなくギター関連でまだまだ出来ることはある、そして他の業種に業務拡張するにしても現在の自分の強みを活かすやり方がある点を証明しています。
フェンダーCEOがかなりやり手だから…という印象を受けますが、適切なリサーチや解釈で、まだまだギター業界及び関連ビジネスで出来ることは多くあるんだと感銘も受けました。
これからはギターという中核事業に戻って再建
なんだかんだ書きましたが、同社製ギターが良い・悪いではなく、やはり会社というものはマネジメントによって本当に天国にも地獄にも行けてしまうものなんだなと。
デラウェア州の破産裁判所に提出した資料によると、同社は海外電子機器事業を縮小し、中核のギター製造と音響事業に注力するとしている。
– 米ギブソンが破産法申請、中核事業のギター製造などに注力へ (ロイター)
今回ギブソン社は経済的に破綻しましたが、ブランドとして「ギブソン」の価値はまだまだ高いですし、なんらかの形でギブソンのギターは存続するのは間違いないです。自主再建が仮に不可能になっても他社が放って置かないでしょう。
なので、上記報道にあるように、中核事業に集中する新生ギブソンには期待したいところですし、ぜひともこれからは変な迷走をしないでいただきたい…と、一人の外野として願うばかりです。
よろしければコメントをどうぞ