幼い頃になりたかったのは、松任谷由実やマドンナ、オードリー・ヘップバーンや山口小夜子、エスパー魔美や女聖闘士。魔法少女に夢中になれば同じステッキを買ってほしいと親にねだり、カラオケでは好きなアイドルの歌い方をそっくりコピーして歌った。中学生のときは女子校の先輩に憧れて靴下の穿き方まで真似していた。読者モデルの切り抜きを持参して美容院へ行ったこともある。
ところが、ハッと目の覚めるような出来事があって、それは2003年に松浦亜弥が『あややになりたい』という本を出したとき。「アイドルサイボーグ」とまで呼ばれた彼女の完成度の高いパフォーマンスに敬服していた私は、ファンの一人としてその舞台裏に密着したメイキングの本を心待ちにしていた。ところが刊行された本は10代女子をターゲットにして、「こうすれば、君もあややになれる!」と謳うものだったのだ。
私はそのとき、すでに23歳。大学院生で、ちょうど就職活動を終えたところだったと思う。あまりの強烈なタイトルに「いや、私は来春からは会社員になるのであって、あややになりたいわけでは、ないし……」と怯んでしまい、結局その本をレジに運ぶことができなかった。
昔からずっと、同性を好きになる唯一最大の理由は「彼女のようになりたい」で、それが当然だと思っていた。しかし二十歳を過ぎてようやく区別がついた。松浦亜弥が好きな気持ちと、松浦亜弥になりたい気持ちとは、似ているようで、まったく別のものなのである。たしかに彼女のプロ意識から学ぶことは多いが、大人になった私は、彼女になりたくてそれを倣うわけではないのだ。
「毎日やることだらけ」は本当?
ふと気がついて周囲を見回すと、世の中には「○○になりたい」という人々の憧れを煽り、その欲望を叶える商品やサービスを買わせる仕組みがあふれかえっていた。健康的な美男美女が食品を掲げて微笑む広告写真は、「これを買って食べれば、あなたも美しく健やかになれる」というメッセージを放っている。たとえ食べ過ぎると健康を損なうおそれがあったとしても、「なりたい」イメージが宣伝しているものは、みんなが「好き」になる。
分別盛りの女性たちでさえ、ヘアサロンで横に座ると「阿川佐和子さんくらいの長さまで切りたいの」などと固有名詞を挙げて注文をつけているのが聞こえる。いい歳した男性たちも、スティーブ・ジョブズの口調やイチローの睡眠時間を真似して坂本龍馬の名言を引用し、デキるビジネスマンの生活習慣について書かれた本にマーカーで線を引きながら、「海賊王に、俺はなる」と熱く語り合う。目標を口に出して言うのも、成功者がよく用いる手法らしい。
アイドルグループが目まぐるしくメンバーチェンジを繰り返し、媒体がテレビや雑誌からInstagramに替わっても、まったく同じ仕組みで市場が回り、消費を促進し続けている。ファッションやメイク、運動、勉強、株式投資、同じように実践すれば、あなたもあんなふうになれますよ。ハウツー本には、真似すべき手順がびっしり書かれている。買うべき商品もたくさんある。『○○するだけダイエット』もベストセラーになる。どれもこれも習慣づけないといけない。毎日やることだらけだ。でも、本当にそうなんだろうか?
「プラスの真似」より「マイナスの真似」を
24歳で社会人になってから、能率的な働き方についての解説書をいくつか読んだ。その中で最も感銘を受けたのは、「『すること』より『しないこと』を決めなさい」という教えだった。誰が言い始めたことかは忘れた。その人になりたいわけではないからだ。でも、この言葉を自分流に解釈して、「好きな人からは、引き算を学ぼう」と心に決めた。プラスの真似をやめて、マイナスの真似をするのだ。
街中で、素敵な女性を見かける。今シーズンは私もああいう色のワンピースが着たいなぁ、などとじろじろ観察してしまう。知的な人の読んでいる本が気になるし、グルメな人の食べているものが気になる。自分以外の誰かになりたいわけじゃない、と一度は悟りを開いたはずなのに、今でもやっぱり焦がれるような羨望はあちこちにくすぶっていて、たまにパッと燃え上がる。
そこで一歩引いて、次は別の目線から眺めてみる。鮮やかな服の色にまず目が行くのは、余計なアクセサリーをつけていないからだ、とか。本を取り出すと同時にスマホをカバンにしまったのは、読書の途中でいじらないためだな、とか。「していること」ではなく「していないこと」に着目して、参考になる点、真似できる工夫を探すと、驚くほど多くの発見がある。
ちなみに松浦亜弥は現在、結婚出産を機に芸能活動を事実上休止しているそうだ。消えた、なんて言う人もいるけれど、私は彼女が絶頂期にアイドルとして「した」ことと同じくらい、すっぱりそれを「やめた」ことについても、カッコいいなと思う。その不在によって彼女は今も、誰にも真似できない存在感を放っている。
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