幅50センチ、コンクリート製の軍事境界線を、北朝鮮の最高指導者が初めて越えた。歴史的な一歩は27日午前9時半に刻まれた-。ただし、韓国と日本の時間で。北朝鮮の時計は午前9時を指していた
▼北朝鮮は2015年、韓国と日本から30分遅れの「平壌時間」に移行した。日本に併合された1910年まで使っていた標準時。「奪われた時間を取り戻す」狙いがあった▼南北間の時差は対立局面では問題にならなくても、協力して首脳会談を準備する上では煩雑だったのだろう。本番で、北朝鮮は標準時を元に戻すと約束した。何より、非核化の表明など米朝会談につながる進展があった
▼日本は置き去りにされている。安倍晋三首相は複雑な方程式から目を背け、分かりやすく国内受けがいい「圧力強化」だけを唱えてきた。昨秋は国連総会の場で「対話の試みは無に帰した」とまで言った
▼南北の分断は、日本の植民地支配の結末である。一方、北朝鮮の国家犯罪で拉致された日本人がいる。日本には加害、被害の両面から主体的に関わる責任がある
▼この期に及んで、政権から聞こえてくるのは「蚊帳の外ではない」という事実否認の強弁とメンツの話ばかり。実態は、米韓に北朝鮮との仲介を頼むほかに方法がない。国際情勢と一番「時差」があるのは、日本なのかもしれない。(阿部岳)