27歳の彼女が抱えてきた悩みとは…(筆者撮影)

独自のルールを持っていたりコミュニケーションに問題があったりするASD(自閉スペクトラム症/旧・アスペルガー症候群)、落ち着きがなかったり不注意の多いADHD(注意欠如・多動性障害)、知的な遅れがないのに読み書きや計算が困難なLD(学習障害)、これらを発達障害と呼ぶ。
今までは単なる「ちょっと変わった人」と思われてきた発達障害だが、生まれつきの脳の特性であることが少しずつ認知され始めた。子どもの頃に親が気づいて病院を受診させるケースもあるが、最近では大人になって発達障害であることに気づく人も多い。
発達障害について10年程前に知り、自身も長い間生きづらさに苦しめられていたため、もしかすると自分も発達障害なのではないかと考える筆者が、そんな発達障害当事者を追うルポ連載。発達障害当事者とそうではない定型発達(健常者)の人、両方の生きづらさの緩和を探る(8月に本連載をベースにした単行本を刊行予定です)。
第16回目はASDでコミュニケーションが難しいことを発端に性依存に陥った過去をもつ神奈川県在住の星野莉奈さん(仮名、27歳)。現在は、リラクゼーション業界で働く傍ら、発達障害の人を対象に性に関する啓蒙活動を行っている。

小学生の頃は清潔感のなさからクラスで嫌われ者に

ADHDの衝動性により、性依存に陥る危険性については連載第1回目「23歳、『発達障害』の彼が抱える生きづらさ」(2017年11月22日配信)で紹介したが、ASDの特性から性依存に陥るとは、どういうことなのだろうか。


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普段はカフェで話を伺うことが多いのだが、性に関する話を周りに聞かれるのは抵抗があるかもしれないと考え、当初カラオケ店での取材を提案した。しかし、「ニオイに過敏な面があり、カラオケ店だとその場で喫煙している人がいなくても、タバコの残り香で気分が悪くなってしまう。ファミレスの禁煙席だと助かります」とのことで、ファミレスで取材を行うことに。

発達障害の当事者の中には、感覚や味覚、聴覚や視覚(強い光)、そして臭覚が定型発達の人よりも過敏な人がいることは、今までの当事者取材の中で知ったことだ。

小学生の頃は、歯磨きをしない、寝癖を直さないなど、清潔感のかけらもなくクラス全員から「汚い」と嫌われていた莉奈さん。

「清潔感にまで手が回らなかったんです。あと、シャンプーも苦痛で3日に1度くらいしかしていませんでした。親は気づいたときに、シャツのたるみを直してくれたり、髪の毛をきれいにとかしてくれたりと、フォローしてくれていましたが、逆に親がやってくれるから自分でやらなかったのだと思います」(莉奈さん)

現在の姿は特別不潔さを感じないが、それは高校の頃、水商売のきらびやかな女性モデルたちが掲載されている雑誌『小悪魔ageha』が大流行し、自分とはかけ離れているage嬢たちの生きざまに関心を持ったのがきっかけだ。そして、age嬢のように、派手な服や髪型で盛ることで自尊心を保っていた。社会人になってからは、盛るのではなく、本当の意味での清潔感を少しずつ獲得していって今に至る。

莉奈さんは21歳の頃、発達障害について扱った番組を見て、自分もそうなのではないかと疑い病院を受診。しかし、1軒目の病院では何度も通院をして発達障害かどうか検討をつけるWAIS-�のテストを受けたのにもかかわらず「PDD(広汎性発達障害)の傾向があるかもしれませんが、そんなに気にならない程度でしょう」という診断だった。

ちなみに広汎性発達障害は、2013年以降の『DSM-5』(米国精神医学会が発行する精神障害の診断と統計マニュアル)では自閉スペクトラム症に統合されている。気になっていたから受診したのに、あいまいな診断に納得できず2軒目の病院を受診。30分ほど医師と話しただけで「アスペルガー症候群(現・自閉スペクトラム症)ですね」と言われた。

1回目の診断と2回目の診断の結果を総合して、現在莉奈さんはASDと名乗っている。

自分の意思に関係なく「答えなければ」と思っていた

発達障害の支援に携わる人に出会った21歳を皮切りに、当事者会や自助会に参加するようになったが、実は3歳児検診の際、発達障害が判明していたことを24歳のときに知った。親が隠していたわけではなく、言い出せなかっただけだった。

「もともと、自分の意見をうまくまとめられない特性があったのですが、中学校で吹奏楽部に入ったら、嫌でも大きい声を出したり返事をしたりせざるをえない環境になったんです。だから、自分の意見が言えない特性が改善されたかのように見えて、親は安心していた部分があったのかもしれません。でも、実際は無理やりそう振る舞っていたので、負担は大きかったです。

楽器を演奏することや表現すること自体は好きなのですが、周りのメンバーと合わせないといけないのが本当に嫌で仕方なかったです。顧問から『自分の世界に入ったらダメだよ』と注意されるのに違和感を抱いていました」(莉奈さん)

莉奈さんは、空気が読める・読めないの以前に「空気がわからない」と言う。その特性が、性依存に陥るきっかけとなった。中学生は性に関して興味が出てくる年頃だ。莉奈さんのクラスでも、「もう○○さんは初体験を済ませたらしい」という話題で盛り上がる日があった。性に関して、どんなことを経験したか周りのクラスメートが隠語を使いながら莉奈さんに聞き始めた。彼女はそれに答えないといけないと思い「これはしたことがある」「それはしたことがない」と大まじめに答えていたら、その反応一つひとつが悪い意味でおもしろがられ始めたのだ。

「性に関する質問がどんどんエスカレートしていき、自慰行為について聞かれ、それにも答えました。今思うと、『そういう話はしたくない』と答えればいいのに、それがわからなかったんです。もちろん、恥ずかしいという感情はありましたが、『聞かれたことに答えなくては』という思いのほうが、優先順位が高かったんです。嫌なことは嫌と言っていいという概念すらなかったのだと思います」(莉奈さん)

そしてついに事態は最悪の方向へ動く。莉奈さんの反応をおもしろがったクラスメートの1人が「お前、次の授業でしてみろよ」と命じたのだ。通常、そんなことを言われたら恐怖や恥ずかしさのほうが勝って拒否する。しかし、莉奈さんは言われたとおり、次の授業中、スカートの中に手を入れて自慰行為に及んだ。

「指示したクラスメートからは『おい、お前本当にやんなよ(笑)』と言われました。そして、学校で変なことをする気持ち悪い人というレッテルを貼られました。地元は田舎なのであっという間にそのうわさが広まってしまいました」(莉奈さん)

気づいたときには周りの人間関係が崩壊している

高校は吹奏楽の推薦で入学。自分のことを好きだと言ってくれる彼氏もできた。そして高校1年生のときに彼氏と初体験を済ませた以降、性行為の相手がいない時期はほとんどなく、パートナーを転々としているうちしだいに性依存に陥っていったという。

著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)のある精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏を取材した際、「依存性とは、その行為を行うと経済的・身体的損失があるとわかっているのにもかかわらず、一時的な心の安定を得られることからやめられない行為」とおっしゃっており、著書の中でも以下のように語っている。

かつて米国の有名プロゴルファーが「セックス依存症」だと報道され、ここ日本でも大いに話題になりました。これも、広い意味で性依存症に含まれます。性依存症には「犯罪化するタイプ」と「犯罪化しないタイプ」があり、セックス依存症は後者の代表だといっていいでしょう。同性、異性を問わず不特定多数の相手とのセックスは、性感染症や望まない妊娠のリスクが高まります。セックスするために金銭が必要な場合は、ギャンブルと同じく経済的損失にもつながります。しかし、社会的に犯罪とはみなされません。

米国のプロゴルファーは男性でしたが、セックス依存症は女性に多い病です。特に薬物依存症や性虐待を生き延びた女性に多く見られ、不特定多数の異性と関係を持つこと自体が、彼女らに一時的な心の安定をもたらします。心理的苦痛や不安を解消するため、または心的外傷への対処行動として彼女らは、その行動を繰り返し、やめられないのです。(『男が痴漢になる理由』P47)

上記の内容から性依存は、誰彼かまわず性行為をしまくるイメージを抱いており、話を聞くまで、莉奈さんは経験人数が100人レベルに達しているのかと思っていたのだが、彼女の言う性依存は違った。

「ヤリマン」とか「ビッチ」と自称していた

「経験人数自体は10人ほどなのでそう多くなく、特定の複数の相手と性行為をして依存してしまう形です。それまで私は『ヤリマン』とか『ビッチ』と自称していたのですが、私を知る人は『お前はヤリマンじゃない。されるがままになっているだけ』と、口をそろえて言います。

さすがにナンパやキャッチは怖いので逃げますが、仕事やプライベートで仲が良い人や、もともと面識がある人ほど断りにくいというか応じやすい。信頼関係ができているものだと思い込みやすく、応じてしまう傾向があります。だから、性被害のニュースで加害者が家族や知り合いであるケースは、とてもわかります」(莉奈さん)

彼女が性行為に求めていたものは、相手によって違った。安心感を求めている相手もいれば、トキメキや刺激を求める相手もいた。性行為自体が好きなのかと聞くと、「『好き』と即答したいけど、挿入行為まではしなくてもいいという思いもあって二極化している」と言う。

本来の依存症の定義は、損失があるとわかっているのにやめられない行為だ。莉奈さんは、性行為によりどんな損失を被っていたのか疑問が湧いたので聞いてみると、「相手に依存している状態を平常だと誤認してしまい、自分の意思を見失っていることに気づかず、気づいたときには自尊心や人間関係が崩壊していること」だと語った。

ここでようやく合点がいった。中学の頃に授業中の自慰を強要された際、自分の意思ではないのに実行した。そして、それを行ったことにより周りから「ヤバい人」と思われた。損失に後で気づくことを繰り返すパターンだったのだ。

コミュニケーション能力の不足が原因で性依存に陥ってしまったが、現在は結婚を前提に交際中のパートナーの下、性依存は回復している。しかし、今後もいろんな男性とかかわっていく中で、またいつ性依存に陥ってしまうかわからないと思う恐怖があり、まだ完全に克服できたとは思えないと語る。

性依存について話しやすい場を提供したい

今、彼女は、人から嫌なことを聞かれたらNOと言うだけでなく、「私はこうしたい」という気持ちをどう言葉で伝えればいいのか、苦戦しながら探っている最中だ。

「自分の経験から、性に関する正しい情報を伝えられる側になりたいと、性に関する団体に複数所属し、学び直すことも兼ねてお手伝いをしています。中高生を対象にした講演活動でデートDVや性被害に遭ってしまったときの対処法について伝えたこともあります。これはまさに、私が中学生のときに知りたかった内容です」(莉奈さん)

また、以前は発達障害の当事者会や自助会に参加した経験のある莉奈さんだが、二次障害で性依存を併発する人もいるのに、自助会では性依存について話しづらい雰囲気だった(うつ病やその他の精神疾患については話せる雰囲気)。定型発達の人でも、性に関する話題を避けたがる人もいる。

「定型発達の人と比べると、当事者のほうが性について話したい人と話したくない人の差が激しい傾向にあります。当事者の中でも、もっと性について語れる場を増やしていきたいです。性って本来すごく大事なことなのに全然話せていない。『それならば、性について話したい人だけが集まればいいじゃん』と思われるかもしれませんが、そうなると今度はその人たち同士でどういう距離感で話せばいいかという問題が生まれます。

その結果、性被害の事件が起こった際『あの容疑者、発達障害なんじゃないの?』と疑われる事態になり、悪い意味で発達障害が取り上げられてしまいます。それは性に関して話せる場がなかったからということも関係しているのではないかと。発達障害と性、両方について向き合う機会があればいいと思います。

自助会のようなクローズドな場はたくさんある一方、オープンな場は発達障害バーくらいしかありません。だから、自助会でもなく饒舌な交流会の場でもなく『自助会以上、居場所未満』の中間層を今後作っていきたいです。発達障害の人に向けて、性の悩みや性被害を少しでもなくせたらと思います」(莉奈さん)

発達障害と性は関係がないように思っていた読者もいるかもしれないが、発達障害の特性がもとで性依存に陥ったり、性被害を受けたりして苦しんでいる当事者もいる。一方で、昨年末からは、性被害についてネット上で声を上げる#MeToo運動も起こり、性や性被害に関して関心が高まっている。性と向き合うべきなのは発達障害者だけではない。