「ああ、やっちまったなぁ~」という感じ。
昨日、自宅の階段の3段上から滑り落ち、右足首が不自然に曲がった状態で身体の下敷きになり、捻挫するというアクシデントに見舞われました。
二階にある荷物を片付けていた私。
両手に下げた左右の籠に本を10冊ほど入れて、階下に下ろすつもりで階段を降り始めました。
本を籠に入れるとき、「ああ、これは〇〇さんからのいただきものだったな」と過去のエピソードが蘇った私。
階段を下りるときも、その時のことが頭にあり、すっかり上の空でした。
そして、履いていたのは、底がビニールの滑りやすいスリッパ。
「今、〇〇さんはどうしているんだろう・・」
そんなことを思いながら、階段を降り、あと3段というところで気が緩んだのか、見事に脚をすべらせ、廊下に上向けで倒れ込んでしまいました。
右の足首に、「ぐにゃ~」とした異様な感覚が走り、倒れ込んでからは、痛みのために咄嗟に立ち上がることができませんでした。
しばらくたって、何とか痛みが遠のき、恐る恐る右足首を動かしてみると、何とか動くもよう。
「折れてはいないかな」
そんなことを思いつつ、立ち上がろうとしたとき、夫が「どうしたん?」と。
右足に体重をかけることができず、夫の助けを借りて椅子に腰かけてみると、右の足首はみるみる腫れあがり、「魔法使いサリーのサリーちゃんの足首」のようになってしまいました。
すぐにシップを貼り、そのうえから氷で冷やし、ロキソニンを飲んで安静にすることにしました。
もしも腫れが増して耐えがたい痛みがあるようなら、救急外来を受診するつもりでいます。
それにしても、これはきっと神様の思し召し。
以前から空想癖があり、何かをしつつも、他のことを考えていることがよくあります。
まさに「心ここにあらず」
もっと、意識を「今」に向けなくては取り返しのつかないことになると神様が警告してくださったような気がします。
高齢者の転倒の怖さを日ごろからよく耳にし、父親の転倒でもその恐ろしさをわかっているはず。
にもかかわらず、自分のことになると、注意が不十分でした。
今回は、せいぜい捻挫程度で、大腿骨骨折や圧迫骨折には至りませんでしたが、もっと高いところから滑落していたら、どうなっていたかわかりません。
シニアの入り口に立とうとする今、きっと天からの警告をいただいたのだと受け止めています。
それにしても、夫がすぐに気づいたから良かったものの、お一人暮らしの方は、どうやって人を呼ぶのだろうかと考えてしまいました。
さまざまな見守りのシステムがうまく機能すればよいのですが、厳冬時に廊下に身動きできず倒れ込んでいたら、命にかかわる事態に発展することも。
いろいろなことを肝に銘じ、考えさせられた今回の「滑落事件」でした。
目を通していただきありがとうございました。
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