プログラミング教育の現在と未来を考えてみた!

その昔、ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション」用のゲームに「カルネージハート」というゲームがありました。このゲームはロボット同士を対戦させて戦うゲームですが、その操作方法がとても変わっています。ロボットの動きをあらかじめプログラミングしておき自動で戦わせるのです。

「前方に100m進む」、「右に旋回する」、「20m以内に敵がいたら格闘する」など、様々な命令セットを組み合わせて敵を索敵し攻撃や回避行動を繰り返して勝敗を決めるのですが、これがなかなかに難しく要領の悪い筆者は遊び尽くす前にギブアップしてしまいました。しかしこのゲームはその特殊なゲーム性からカルト的人気を呼び、その後6作にわたり続編や改良版が作られ続けます。

あれから20余年。時代はソフトウェアの時代へと突入し、小中学校でのプログラミング教育が2020年より必修化される予定です。プログラミング教育と言ってもその名の通りのプログラマーを育成するものではなく、論理的思考を訓練するための教育プログラムが追加されるというものです。物事を順序立てて考え、目標(結果)を想定してどうすればそこに辿り着けるのかを考えさせる授業です。

筆者が子供の頃には詰め込み教育、暗記教育などと言われるほど物事の情報を覚えることばかりがひたすら訓練されましたが、何故今の時代では論理的思考力が求められているのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はプログラミング教育の現在と未来を考えます。

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子どもたちに何を教えるのか、そして何を学んで欲しいのか


■ネットの海を生き抜くために
はじめに日本の産業界のこれまでを簡単におさらいしてみます。1990年前後までの日本は高度経済成長期の流れのまま自動車産業を中心とした製造業が発展し、半導体産業の急成長とともに「電子立国日本」などと呼ばれるまでになりました。

ところが2000年前後になると世界はそれまでのハードウェア主体である「モノの経済」からソフトウェア主体の「情報の経済」へと転換を始め、GoogleやAmazon、Facebookといった現在のオンラインサービスの雄が頭角を現し始めます。これが情報社会のはじまりです。

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Googleが「google.com」のドメインを取得して今年で20周年になる


情報社会において、もっとも重要なスキルは一体何でしょうか。筆者は「物事を順序立てて考える力=論理的思考力」だと考えます。Aという問題がそこにあったとして、そのAを解決するためには何が必要なのか、何が不足しているのか、またその不足はどうすれば補えるのかを考えるということです。もちろん製造業などでもそういった考え方はとても大切ですが、より重要度が増している、ということです。

例えば現在のネット上には有象無象の膨大な情報が飛び交い、どれが真実であるのかも理解できないほどです。しかしこれからの時代はそのネットの海を泳いで生きなければいけません。正しい情報とは何か、どうすれば正しい情報を手に入れられるのか、そのアプローチに必要な道具は何か。それらを考えることすら論理的思考力なのです。

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ディスカッションや会議の場でも、論理的思考力は最重要になる


■論理的思考力=問題解決力である
巨大匿名掲示板「5ちゃんねる」(かつての2ちゃんねる)には、こんな有名なコピペ(定型文化した小噺)があります。

女『車のエンジンがかからないの…』
男『あらら?バッテリーかな?ライトは点く?』
女『昨日まではちゃんと動いてたのに。なんでいきなり動かなくなっちゃうんだろう。』
男『トラブルって怖いよね。で、バッテリーかどうか知りたいんだけどライトは点く?』
女『今日は○○まで行かなきゃならないから車使えないと困るのに』
男『それは困ったね。どう?ライトは点く?』
女『前に乗ってた車はこんな事無かったのに。こんなのに買い替えなきゃよかった。』
男『…ライトは点く?点かない?』
女『○時に約束だからまだ時間あるけどこのままじゃ困る。』
男『そうだね。で、ライトはどうかな?点くかな?』
女『え?ごめんよく聞こえなかった』
男『あ、えーと、、ライトは点くかな?』
女『何で?』
男『あ、えーと、エンジン掛からないんだよね?バッテリーがあがってるかも知れないから』
女『何の?』
男『え?』
女『ん?』
男『車のバッテリーがあがってるかどうか知りたいから、ライト点けてみてくれないかな?』
女『別にいいけど。でもバッテリーあがってたらライト点かないよね?』
男『いや、だから。それを知りたいからライト点けてみて欲しいんだけど。』
女『もしかしてちょっと怒ってる?』
男『いや別に怒ってはないけど?』
女『怒ってるじゃん。何で怒ってるの?』
男『だから怒ってないです』
女『何か悪いこと言いました?言ってくれれば謝りますけど?』
男『大丈夫だから。怒ってないから。大丈夫、大丈夫だから』
女『何が大丈夫なの?』
男『バッテリーの話だったよね?』
女『車でしょ?』
男『ああそう車の話だった』


これは男女の電話でのやり取りを想定したブラックユーモアであり、あまり褒められた例え話ではありませんが、これを読んだ多くの人が「あるある」と頷いてしまいそうな話でもあります。それは男女の考え方の違いがどうのとかではなく、論理的に問題解決をしようとする人と、そうではない人の明確な対比としてのジョークが散りばめられているからです。

論理的思考力がないと、問題を解決するためにまず何をすべきなのかも分かりません。上記の小噺の女性のように困惑し、問題を解決するのではなく問題から目を逸らし、相手の男性が「それは困ったね、じゃあ僕が送ってあげるよ」と声を掛けてくれるのを待つばかりの人が増えてしまいます。

論理的思考力は人が自然に身につけるものではありません。なかには自ら進んで学び鍛えていく人もいますが、それに任せているだけではやはりダメだろうという考えが、現在検討されているプログラミング教育へとつながっていきます。

冒頭でも書いたようにプログラマーを育成することは最大の目的ではありませんが、ソフトウェアが重視される情報社会において、ソフトウェア産業で活躍できる人材を育てることも目標の1つであることは間違いありません。とくにそういったプログラマーの養成に力を入れているのは教育機関よりも周辺のIT関連企業や通信関連企業であり、ここ数年は積極的にプログラミングコンテストやプログラミング教室を開くようになりました。

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2017年夏にNECレノボが開催したプログラミング教室の様子


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今年2月にソフトバンクが開催した「Pepper社会貢献プログラム スクールチャレンジ」では、小中学生がPepperを制御する本格的なプログラミング技術を競い合った


論理的思考力はそのまま問題解決力となり、それは広義的に現代の情報社会において「生きる力」と直結します。現代はかつての日本のように集団による総力戦で製品を作ったり問題を解決していく時代ではありません。

年功序列が崩れ長いデフレ経済と低賃金、そして派遣業の常態化によって企業への帰属意識も希薄化し、それに拍車をかけるように極端な少子化によって数による解決が難しくなった今、人々が持つべきは「個の力」です。目の前の問題を自分で解決できる力が求められているのです。

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難しい問題は闇雲にいじっても解決しない


■論理的思考力を楽しく養える環境づくりを
かつて筆者がカルネージハートを遊んでいた時、1つ気が付いたことがあります。それは「全ての状況に対応できる巨大な汎用プログラムを作るよりも、相手に合わせた短い戦術のプログラムを作るほうが簡単で効率よく勝利できる」ということです。

何度も何度も試行錯誤をした末に辿り着いた答えでしたが、その試行錯誤もまた論理的思考によって1つの答えを導き出せたのです。もしデタラメに戦うばかりで悪かった点の洗い出しや思考ルーチンの改良、それでも解決しなかった場合の発想の転換などを行っていなければ、勝利どころか何の気付きも得られずに「なんだこのクソゲー」と投げ捨てていたことでしょう。

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考える力は一生自分の宝物になる


今の子供達には、そんな問題解決力を持ってもらわなくてはいけません。クルマのエンジンが掛からなくなった時、誰かが助けてくれるのをただ待つだけの人になってはいけないのです。もしくは企業によるリスクマネージメントのように、バッテリーが上がりクルマのエンジンが掛からなくなるような状況を想定して事前にモバイルスターターを車載しておくくらいの用意周到さすら求められる時代かもしれません。

小中学校におけるプログラミング教育の必修化は、現代の大人たちの焦りの具現化でもあります。10年後、そして20年後を担う子どもたちに何を残してやれるのか、何を教えてあげられるのか。大人たちはその硬くなった頭を捻りながら試行錯誤を繰り返す日々です。「鉄は熱いうちに打て」という諺のように、頭の柔らかい子どもたちだからこそ託すべき未来を見据えた教育が必要なのです。

とはいえ、そういった教育について堅苦しく考えてはいけません。むしろ子どもたちには「考え方」を楽しく学んでほしいのです。問題を解決したり何かを成功させるという体験は本来とても楽しいものです。解決した瞬間の喜びを知ることこそが大切であるという点は多くの企業や教育機関が共通して持っている認識でもあり、そのための「楽しみながら論理的思考力を伸ばす教材」の製造・販売もまた成長産業となりつつあります。

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ソフトバンクの「+Style」で販売している「Kamibot(カミボット)」


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カミボットはペーパークラフトでロボットの外装を作り、その動きをプログラムで制御する。遊びながら論理的思考を養える


ソフトウェアの時代である情報社会に乗り遅れた感の強い今の日本社会は、ようやく長かったデフレ経済からわずかに這い上がり新たなチャレンジを始めようとしています。かつての電子立国日本を支えた企業の多くは縮小・衰退しましたが、そのまま潰れるわけにはいきません。子どもたちを育てることは未来の日本を育てるのと同義です。果たして日本はその未来に対して正しい道筋を見つけられているでしょうか。

今こそ、大人たちの論理的思考力が試されているのかもしれません。

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教育について真剣に、そして何より楽しく考えていこう


記事執筆:秋吉 健


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