<link href='https://www.blogger.com/dyn-css/authorization.css?targetBlogID=7560223335520181929&amp;zx=fe8d4c1f-e4c9-4ab4-98ae-17461d0b6c78' rel='stylesheet'/>

最近人気の記事

2018年4月27日金曜日

学説紹介 21世紀のドイツの国家戦略―ブレジンスキーの地政学的考察とトッドの批判―

第二次世界大戦で東西に分裂されたことにより、ドイツの影響力は大幅に減退し、アメリカの勢力圏に組み込まれていきました。

ところが、冷戦終結によって東西統一が果たされてから、ドイツは次第に勢力を拡大し、21世紀にはヨーロッパ地域で最も重要なプレイヤーとして活発な外交を展開しています。

今回は21世紀のドイツ外交を理解する一助として、アメリカの政治学者ブレジンスキーの分析と、フランスの人類学者イマヌエル・トッドの反論を紹介してみたいと思います。

ドイツの統一はフランスとロシアにとって不利に

ヨーロッパは東西に長い大陸であり、ドイツという国家はその中央に位置しています。
その西側にフランスが、東側にロシアが位置しており、これら3カ国はヨーロッパ大陸の勢力均衡を左右する重要なプレイヤーでした。

ブレジンスキーの見解によれば、冷戦期の東西ドイツ分断はフランスとロシア(ソ連)の安全保障環境を改善する効果がありましたが、冷戦が終わって東西統一が果たされてしまい、再びドイツの脅威に頭を悩ませることになります。
「地政上、ドイツ統一はロシア、フランスにとって敗北を意味していた。統一ドイツが政治的地位でみて、もはやフランスに追従する同盟国ではなくなり、西欧を代表する大国となったことは、異論の余地がなかった。さらに、ある意味では世界大国になり、とくに主要な国際機関を財政面で支える柱になった」(邦訳、ブレジンスキー、115-6頁)
フランスとロシアにとってさらに厄介な問題だったのは、ドイツの台頭がアメリカの支援の下で進んでいた、ということです。

ブレジンスキーはアメリカの後ろ盾があったため、ドイツはますます独自の政策を推進しやすくなっていることを指摘しています。
「ソ連が崩壊し東西統一を達成した後のドイツにとって、アメリカとの同盟関係は、近隣諸国に脅威を与えずに中欧で公然と主動的な役割を果たすための基盤になった。アメリカとの同盟関係は、アメリカがドイツの行動をしっかりと監督しているという以上の意味を持っている。近隣諸国にとっては、対米関係も緊密化することになる。こうしたことから、ドイツは独自の地政戦略を打ち出しやすい状況になっている」(同上、120頁)
ここで述べられている「地政戦略」とは、東ヨーロッパに対するドイツの勢力拡大であり、これが冷戦後のドイツにおいて一貫した国家戦略となっているのです。

ポーランドを突破口に東方拡大を続けるドイツ

ドイツ・ポーランド国境条約(1990年に署名)は、1945年以来未確定だったドイツとポーランドの国境を画定した条約。ドイツはこの条約によってオーデル・ナイセ線以東に対する領土要求を完全に放棄することで、ポーランドとの友好関係を強化することを選んだ。
ブレジンスキーは東ヨーロッパでドイツが勢力を拡大するための突破口になった国としてポーランドを挙げています。

第二次世界大戦が終結した後でもドイツ人とポーランド人の間では国境をめぐって意見の相違があったのですが、統一されたドイツはアメリカの支援を受けながら、この問題を解決することに成功しました。
「ドイツが中欧での役割を積極的に拡大するうえで、1990年代半ばに実現したポーランドとの和解が突破口になった。統一ドイツは当初消極的だったが、オーデル・ナイセ川をドイツ・ポーランド国境として画定することを正式に認めた(アメリカの働き掛けもあった)。その結果、ポーランドにとって、ドイツとの関係正常化の障害となっていた最大の懸案が解決された。(中略)1990年代半ばには、両国の和解は中央にとって、かつて独仏和解が西欧に与えた影響に匹敵する地政上の重要性をもつようになったといっても過言ではない」(同上、121-2頁)
ポーランドとの和解を踏まえ、ドイツはバルト三国、ウクライナやベラルーシといった諸国に対する影響力の強化にも取り組むようになり(同上、122頁)、その勢力圏を東ヨーロッパに向けて拡大します。

ブレジンスキーが注目しているのは、こうした外交的手段で東ヨーロッパに勢力圏を拡大することがドイツの対外政策として自覚的に遂行されているという点です。

ドイツの政界で行われている議論は、北大西洋条約機構(NATO)とヨーロッパ連合(EU)のどちらの同盟関係を東方に拡大すべきかという問題をめぐって展開されており、右派と左派のいずれの方面にも東ヨーロッパに向かって勢力圏の拡張を図るという点で強い合意があるということがブレジンスキーの記述でも認められています(同上、123頁、127頁)。

ドイツの東方拡大に対する二つの見解

2014年2月、ウクライナでロシア寄りの姿勢を示す大統領ヴィクトル・ヤヌコーヴィチに対し、EU加盟を主張す大規模な暴動が発生し、ヤヌコーヴィチは国外避難を余儀なくされた。
ブレジンスキーは地政学の観点から見て、ドイツの国家戦略はいずれ東ヨーロッパで勢力圏を保持する必要があるロシアと対立を引き起こす恐れがあり、特にウクライナの独立は重大な問題に発展すると予測しています(同上、144頁)。

そうした重大な懸念を示しているにもかかわらず、ブレジンスキーは全体として東方拡大に対して反対の立場をとっておらず、むしろ推進のための具体的な計画まで提案しています。

ブレジンスキーがこのような立場をとっているのは、ドイツがいくら東ヨーロッパに対する勢力の拡大を図ったとしても、それはアメリカの対外政策で管理下に置かれているため、完全な単独行動は不可能だと想定されているためです(同上、135-6頁)。

東方拡大を目指すドイツの国家戦略はアメリカの世界戦略の一部として機能しているので、それはアメリカの国益にも適うというのがブレジンスキーの見方です。

この判断に真向から反対する見解があります。フランスの人類学者イマヌエル・トッドはインタビューの中でブレジンスキーの議論を批判し、ドイツは東方拡大で勢力を増すにつれ、アメリカに対しても独自の立場を主張するようになると論じました。
「ズビグネフ・ブレジンスキーによれば、アメリカシステムとは、ユーラシア大陸の二つの大きな産業国家、すなわち、日本とドイツをアメリカがコントロールすることだ。ただしそれは、アメリカ自身が産業規模において明確に優越しているという仮定の下でのみ機能する。
 早くも1928年にアメリカの工業生産高は世界の工業生産高の45%を占めていた。戦後、1945年には、アメリカは相変わらず45%を占めている。ところが、それが今では17.5%にまで落ちたのである」(トッド、61頁)
つまり、アメリカの国力が低下すれば、ドイツとしてはアメリカに従うよりも、政治的、外交的、経済的、軍事的優位を拡大するため、独自の行動を起こした方が有利になるので、ドイツの勢力が拡大することはアメリカの国益に適うものとは限らないということです。

トッドはブレジンスキーがロシアの脅威を重視しすぎるあまり、ドイツの台頭がもたらす危険性を見落としているとも説明しています(同上、37頁)。

むすびにかえて

世界でアメリカがどの程度の勢力を保持し、ドイツを管理し続けるのかという問いに対して、ブレジンスキーはアメリカがドイツを管理し続けることができると答えますが、トッドは否定的に答えます。
どちらが正しいのかを判断するためには、さらなる研究が必要でしょう。

現段階ではっきりと言えることは、ドイツがアメリカとの同盟を攻撃的な国家戦略のために活用し、東ヨーロッパで勢力を拡大しているということです。
これは日米同盟の強化によって東アジアで中国の海洋進出に対応しようとする日本の国家戦略と対照的であり、その特性を把握することは日本の国家戦略の特性を把握することにも繋がると思います。

ドイツの国家戦略を考えることを通じて、今の日本の国家戦略を考えることも大事なことではないでしょうか。

(捕捉:ブレジンスキーの著作は1996年に初版が出ていますが、2016年に第2版が出ており、エピローグとして新しい議論が追加されています。邦訳の都合上、ここでは取り上げませんでした。詳細は新版を直接ご確認ください)

関連記事
学説紹介 米国の覇権はいつまで続くのか

参考文献
Brezinski, Zbigniew. 1998. The Grand Chessboad: American Primacy and Its Geostrategic Imperatives.  Basic Books.(ブレジンスキー『地政学で世界を読む 21世紀のユーラシア覇権ゲーム』山岡洋一訳、日本経済新聞社、2003年)
エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』文藝春秋、2015年