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2018.04.19

SIerが作ったパッケージが“さっぱり売れない”理由

パッケージベンダーとシステムインテグレーター(以下、SIer)は、同じようにコンピュータシステムを扱うビジネスでも、まったく違うビジネスモデルです。それを忘れた結果、リリースはしたもののさっぱり売れず、また売り方も分からずに放置され、利益が出た年に特損で処理されるパッケージが無数に存在しています。
そのメカニズムと対応をノヤン先生が解説します。

今日はパッケージの完成度とソリューション、それを踏まえたマーケティングの基本設計の話を、SIerの例で説明しようかの。

ある日、SIerと呼ばれるコンピュータシステムの開発を業務とする企業でマーケティングに携わっている人から、こんな質問を受けたんじゃ。まぁ質問というより愚痴じゃがの。

「新しく作ったパッケージがさっぱり売れなくて困っています。業務系のシステムなのでコンシューマ系のアプリのようにダウンロードで勝手に売れる訳もないし、でも経営者は『パッケージは営業に頼らないでマーケティングとインサイドセールスで売り切れ』なんて言い出すし、もうどうして良いかわかりません」

この経営者が「営業に頼らないで」なんて言い出したのは、もしかしたらドラッカーが原因かもしれんの。世界の経営者が信奉するピーター・ドラッカーのマーケティングの定義が「マーケティングの目的は、販売・営業を不必要にすることだ。顧客を十分に理解し、顧客のニーズに合った製品やサービスが自然に売れるようにすることだ」というものじゃからな。この時代のマーケティング学者は、偉大なT・レビット博士を含めおおむねそういう考えの人が大半で、マーケティングは高尚な頭脳ワークで、営業はただのしつこい注文取りと納品、そして代金回収担当者、という考え方が多かったんじゃよ。巨匠たちには申し訳ないが、BtoBの進化と現実をご存じ無いとしか言えない定義なんじゃがの。

言うまでもなく、BtoB(法人営業)では営業こそが主役なんじゃよ。顧客と対面でコンタクトし、課題をヒアリングし、その課題を解決するために、自社のリソースや商材の何と何を組み合わせてどう提供すれば良いのかを考える人じゃから、途方も無くクリエイティブで、人格も含めた総合力を求められる業務なんじゃ。不要になる訳がないんじゃよ。

では、なぜ世界の経営学をリードしてきた、きら星のような大学者たちがこんな勘違いをするのか?それは「パッケージ」と「ソリューション」の違いに秘密があるからなんじゃよ。

例えば、企業を回って、お昼休みに保険を販売しているセールスレディーがおるじゃろ?あの人たちの多くは金融工学を理解してはおらんのじゃ。現代の保険という商材は高等数学の塊である金融工学を駆使して設計されたものなんじゃが、何人が加入して、どのくらいの人が病気に掛かり、どのくらい保険を使い、それに対して保険会社の運用利回りはどのくらいの予想なのか、それらの要素を綿密にシミュレーションして設計されておるんじゃ。でも、そのメカニズムを知らない人でも保険は販売できるじゃろ?
自動車のセールスパーソンも同じじゃな。営業成績の優れたセールスが必ずしも自動車のメカニックに詳しいとは限らないじゃろ?現代の自動車はハイブリッドあり、EVと呼ばれる電気自動車あり、自動運転機能ありで、まさに最先端テクノロジーの塊。でも、そうした技術を理解していなくても顧客対応力が良かったり、人間的な魅力があれば自動車は売れるじゃろ?

このふたつの商材の共通点が分かるかの?それは、これらの商材は高度にパッケージングされてカスタマイズの余地がほとんど無い、ということなんじゃ。専門知識が必要無いまでに最適化されたパッケージなら技術的な知識がそれ程無くても、基本的なコミュニケーションスキルが高ければ売れるものなんじゃ。ドラッカーさんの言うとおりじゃな。
数年前に外資系の保険会社が日本市場に参入する時に、カーディーラーのトップセールスを集中して引き抜いて立ち上げたのは、このふたつの商材にこうした共通点があるからなんじゃ。

一方、顧客企業の課題を個別のシステムを作って解決するSIerの営業は、課題を抱える顧客と面談し、まず機密保持契約(NDA)を結んだ上で、現状や課題をヒアリングし、その課題を解決するために自社のどのナレッジ、リソースを組み合わせれば解決するかを、費用対効果や顧客の予算なども考慮した上で提案しなければならないんじゃ。その組み合わせは、外部リソースやサードパーティのプログラムまで入れればある意味無数のパターンがあるので、本当にクリエイティブな仕事なんじゃよ。しかも、顧客にとって解決すべき課題とは、企業機密であったり、会社の恥部であったりする場合も多いので、まず人格的に信頼を得られなければ話が始まらないんじゃよ。営業が顧客と過ごす時間を大切にし、酒席やゴルフにせっせと出かけるのはこうした目的があるからなんじゃ。

こんなタイプの、顧客の課題にフォーカスして個別の問題を解決する習慣が身についたSIerの営業にパッケージを販売させると、大抵は大変なことになるんじゃよ。
パッケージ製品の販売では、製品がカバーできない課題を聞くことはマイナスに作用する場合が多いんじゃ。パッケージ販売の基本はノンカスタマイズじゃから、カスタマイズした製品は保証できないし、バージョンアップに対応できなくなる。メンテナンスでもカスタマイズを担当したエンジニアにしか分からないことが多く、こうした例外が膨大なコストを発生させ、経営を圧迫するケースが多いんじゃよ。ところが顧客の課題解決志向の強いSIerの営業や、経営者、技術本部長は、顧客のニーズを聞いて次のモジュールを作れるんだからまぁ良いじゃないか、と言ってどんどん泥沼にはまるんじゃな。
顧客側にイニシアチブがあってパッケージに無い機能を無料で作らされているのと、パッケージベンダー側にイニシアチブがあって計画的に機能を追加しているのとでは、見た目はそっくりでも、まったく異なるものなんじゃよ。

なぜこんなことが起こるかと言えば、実は多くのSIerには、いつか自分たちもパッケージ製品を持ちたい、という潜在的な願望があるからなんじゃ。なにしろパッケージがヒットすれば途方もない利益を生むからの。特に業務アプリケーションの場合は保守契約とバックアップなどの周辺ビジネスも受注できるし、それを原資にパッケージベンダーのペースで機能追加し、有償アップデートをすることもできるから、案件ごとにスクラッチで作ることの苦労を考えれば夢のような話なんじゃな。
じゃから、SIerが長年のビジネスで培ったあるカテゴリーのノウハウを資産として、同じような課題を持つ企業向けにパッケージを作って販売しよう、と考えるのは当たり前のことなんじゃ。もちろん技術を持っておるからパッケージを作るところまではできるんじゃよ。

しかしじゃ、多くの場合その会社にはパッケージ製品のマーケティングや販売のノウハウはまったく無いんじゃよ。同じようにコンピュータシステムを扱うビジネスでも、パッケージベンダーと、SIerはまったく違うビジネスモデルなんじゃが、ついそれを忘れてしまうんじゃな。

こうしてリリースはしたものの、さっぱり売れずに、また売り方も分からずに放置され、会社が利益を出した年に特損で処理されて終わり、というパッケージがどれだけ存在したか数え切れない程なんじゃよ。

こうした「パッケージが売れないで困っています」という相談を持ち込まれた場合、ワシはパッケージの完成度を緩めることを提言するんじゃ。パッケージを「出来が悪いものにする」わけではなく、カスタム性を確保するためにの。つまり提供する価値は顧客の問題を解決すること(ソリューション)であって、製品やサービスは問題を解決するための手段や道具、あるいは部品の役割を果たすことになるんじゃ。

そもそもBtoBでWebから勝手にダウンロードして「ちゃりんちゃりん」とお金が入る、などというビジネスモデルはめったに無いんじゃよ。あるわけないじゃろ?同じような業種・業態・規模であったとしても、持っている課題は同じではないからの。人間でも、同じように肝臓が悪い人でも、高血圧とそうでない人、高脂血症を持っている人とそうでない人、腎臓機能も弱っている人、心臓発作を経験した人などで、それぞれ治療法や処方する薬の組み合わせが違うのは当たり前じゃろ?そんな複合的な病気を持っている人が町の薬局で既製品の安い薬を買うかの?企業だって同じなんじゃ。

企業はあくまでも課題を改善したいんじゃ。そのために使う方法や道具はある意味どうでも良いんじゃよ。じゃからパッケージを、顧客の課題を解決するための道具や部品にしてしまうんじゃよ。「それではSIerに逆戻りではないか」と思うじゃろ?でもそれは逆戻りではなくて進化なんじゃよ。パッケージを課題解決のモジュールにすることで、スクラッチよりもはるかに早く、安いコストで課題を解決できるんじゃからの。今流行りの「モノ売りからコト売りへ」というのはそういうことなんじゃよ。

そして、そうした課題解決型のサービスの場合、マーケティングはブランディング中心ではなくデマンド(商談機会の創出)型に設計し直す必要があるんじゃ。製品や社名をやたら覚えてもらうことに意味は無いからの。それよりも、自社のモジュールとノウハウで解決できる課題で困っている企業の担当者を探し、コンタクトし、その課題を解決した経験を持つ営業や代理店に繋いで商談の場をセットするマーケティングじゃな。

この転換を急がないと、売れない状態が続き、やがて部品としても使い物にならなくなってしまうんじゃよ。時間との闘いじゃな。

でも、こうして会社の奥で腐っていたパッケージが息を吹き返し、顧客の問題を解決するモジュールとして活躍する姿を見ることはマーケターの喜びなんじゃよ。ワシはときどき、パッケージが「ありがと!元気に役に立ってるよ」と話しかけてくれる錯覚を覚えることがあるんじゃ。マーケターの至福の時じゃな。

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