- 一国のリーダーは自国民を守るために死力を尽くすもの
- 金正恩にとって文在寅の執念は対アメリカの『盾』
- 文在寅にとって『盾』は金正恩を動かす『梃子』になる
「国土を戦場にしてなるものか」
朝鮮半島の非核化は金正恩委員長とトランプ大統領が直接ディールするのであり、文在寅大統領との南北会談では何も決められない。したがって板門店での南北会談では、画期的な出来事が起こっていることを映像で世界にアピールする。そして、平和定着と南北協力について様々な合意事項を並べ、双方が「素晴らしい成果があった」と誇ってみせることになるという観測がもっぱらだ。つまり、南北会談は米朝会談の前哨戦であり環境作りなのだと。
表向きはその通りになりそうだ。会談の評価もそのラインに沿って議論されることだろう。
が、筆者はちょっと違う観点から見てみようと思っている。それは、文大統領は「国土を戦場にしてなるものか」という根源的動機をもって金委員長にもトランプ大統領にも働きかけているという観点だ。文大統領を持ち上げようというのではない。どこの国のリーダーであれ、自国民の生命と財産と幸福を守るために死力を尽くすことは政治の基本だからだ。昨今の朝鮮半島の危機的状況においてはなおさらだ。
「韓国の同意なしに朝鮮半島で軍事行動はできない」という趣旨の文在寅発言はそうした決意の表れだろう。対して、その発言はナンセンスで、「アメリカは必要であれば韓国の同意なしに行動できるし、行動する」と指摘する専門家は少なくない。筆者もその点について疑いは持っていない。だからと言って、軍事境界線の北側からの砲撃が始まって数時間で数万人の犠牲者(米議会調査局報告書)を、はいそうですかと何もせずに受け入れるわけにはいかないのが現実の政治であり外交というものだ。
では何ができるのか。
文大統領の執念はアメリカに対する『盾』になる
6月初めまでに行われるとされる米朝首脳会談で非核化ディールが不調に終わった場合、金委員長が何が何でも避けなければならないのがアメリカによる軍事行動だ。
急速な関係改善を進めている中国は、ロシアとともに、陸地と周辺海域で北朝鮮に接する国として、地理的に離れたシリアへのミサイル攻撃の時とは比較にならないくらい強烈な対米けん制と反対をする筈だ。
南側は韓国。文大統領の「韓国を戦場にしない」という執念を前提にするならば、南北の融和と協力が順調かつ長期的に進むよう仕向けることが上策だ。具体策として南北の首脳会談を定例化することなどが考えられる。
アメリカを無用に刺激せず韓国との関係を良好に保てばそれだけ、トランプ大統領が軍事力行使に踏み出すことを難しくする。金委員長は文大統領の執念はアメリカに対する『盾』になるとみなしていると思う。
『盾』は金正恩を動かす『梃子』になる
では、文大統領はうまく使われるだけなのか? そんなことはない。
『盾』の効用が意識されればそれだけ、『盾』を持ち続けるための配慮や努力も伴ってくるというものだ。文大統領にとっては、それこそが金委員長を望ましい方向へ動かす『梃子』となる。
トランプ大統領に米朝会談への期待感を持たせるため、文大統領は「非核化」へのより前向きな意思と文言を金委員長から引き出したいところだ。文大統領の言葉に真剣に耳を傾けてもらう関係作りも不可欠だ。
そのためには、金委員長との直接会談で、「韓国を戦場にしない」執念を認めさせ、その執念は政治的にぶれることなく当てにできるものだと思わせることが肝要だ。
普通の首脳同士の初会談なら、それは「首脳間の信頼関係作り」と表現されるのだが、軍事的対立と政治的誹謗中傷そして不信感に塗り固められた南北なので、そうそう簡単に「信頼関係」が生じることはない。そうした中で「自国を戦場にしない」執念は、金正恩にも理解できる立場のはずだ。
それを確認できれば、板門店会談は南北の首脳レベルの新境地の始まりと位置付けられ、5月半ばの米韓首脳、そして6月初めまでの米朝首脳会談にもプラスに作用するだろう。
そうでなければ、対立とごまかしの南北の歴史に1ページが加わるだけに終わりかねない。