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宇多丸:
さあ、ここからは土曜の夜から金曜夕方にお引越ししてきた週間映画時評「ムービーウォッチメン」。このコーナーでは前の週にランダムに決まった映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。それでは今夜評論する映画は、こちら! 『クソ野郎と美しき世界 』!
(曲が流れる)
稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾が出演するオムニバス映画。監督・脚本には『愛のむきだし』などで知られる園子温さん、舞台『トロワグロ』で岸田國士戯曲賞を受賞した山内ケンジさん、そして爆笑問題の太田光さん。椎名林檎やPerfumeのミュージックビデオなど、CMの世界で活躍する映像ディレクター・児玉裕一さんの4名ということでございます。ということで、これはリスナーメールでもいっぱい来ていたやつですからね。公開は今日で終わってしまいましたが、非常に要望が多かったのと、太田さんが「ぜひに、ぜひに」と。「忖度しろ!」っていうのがありましたからね(笑)。スタジオまで来て言ってくださったので、まああえて入れたら当たってしまった、ということでございます。
■「香取慎吾さんが笑顔で歌うシーンには涙が止まらなかった」(byリスナー)
ということで、この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め。賛否の比率は「賛」「普通」「否」でそれぞれ三等分する形に。もうパッコリ3つに分かれた感じ。主な褒める意見は「メインキャストの3人の生き生きした姿が見られて感動した」「3つのエピソードも登場人物が集うクライマックス、特に香取慎吾さんが笑顔で歌うシーンには涙が止まらなかった」など、もともとの3人のファン以外の人も、3人の姿を大スクリーンで見られたことに感動した模様。
一方、否定的な意見としては「オムニバスにもかかわらず、3つのエピソードが単体作品として成立していない。かといって、全エピソードがつながるクライマックスの種明かしも上手くない」とか。まあ、ファンムービーの域を出ていない、というようなご意見がございました。
代表的なところをご紹介いたしましょう。「警備員射抜く」さん。男性。「僕にとってSMAPという存在は小さい頃から当たり前にあるものでした。その当たり前だったものが突然なくなってしまう悲しさを、自分を含めて多くの人が味わったと思います。映画の中でもそのあたりがわかりやすく描かれていますが、やはりそのへんで傷ついていた自分にとっては、クライマックスの香取くんを見るや、涙腺のダムが音を立てて崩れ、まんまと大号泣させられてしまいました」というね。
あと、これはダメだったという方。「サガワ」さん。こちらも男性の方ですね。「これは僕、全然ダメでした。キャストとスタッフに金だけかけた意欲的な自主製作映画を見せられたようで、鑑賞中はまだ微笑ましく見よう、見ようとがんばれたんですが、終わってからは腹が立って仕方がありませんでした。クドかったり薄味だったりわかりきった展開だったり。まるでどこを褒めていいのかわかりません。太田監督パートは小説での太田光氏の世界観をかすかに感じましたが、だったら小説で読みたかった。あとこれ、オムニバスと銘打ってますけど、オムニバスと呼んでいいんでしょうか? 最後で3エピソードがつながるカタルシスより、各パート単体で成立しない違和感の方が強くて。この映画が手放しで褒められるようなら、もう知りません」ということでございます。
■「志は、わかる!」だが……
ということでね、いっぱいメールいただいていて申し訳ないです。もっといっぱい読みたいんですが、私の(評の)中身もいっぱいやりたいんで申し訳ない。あと、いつもよりもちょっと早口でしゃべらないと絶対に入り切らないんで。聞き取りづらい人は後で公式の書き起こしを見て、みたいな。フフフ(笑)。ラジオにあるまじきことを言って申し訳ありません。ということで、私もTOHOシネマズ六本木で2回、見てまいりました。まあ、非常に入っていてね。売り切れの回も続出していたりしますけどね。それだけ新しい地図のお三方というか、SMAPのファンの熱心さがうかがえるという感じなんですけども。
まあ、そんなプレッシャーを強く感じながらの今回の評。まず、最初にいきなり、僕なりの結論的なことからざっくりと話してしまおうかなと。で、各論的なことは後から言おうかなと思っておりますが……一応、言っておきます。ぶっちゃけ、熱狂的な新しい地図ファンのみなさま、もしくは今回の映画『クソ野郎と美しき世界』を文句なく楽しんだという方。そしてもちろん、作り手のみなさん方には、決して耳障りがよくない言葉も、これから多々出てくると思われますので。まあ、劇場にかけるっていうことはそういうことなんだということなんですけど。なので、スペシャルウィークにちょっとあるまじき発言ですが、耳障りの悪い言葉を聞きたくない人は、なにか他の、もっと穏当なコンテンツに移動されるのがおすすめかも……ということです。
ということで、始めさせていただきますが。まずは僕なりの結論。まず……「志は、わかる!」。新しい地図。先ほどのメールにもあった通り、国民的に愛されていた、掛け値なしのスーパースターグループSMAPが、紆余曲折あって2016年に解散という、悲しくなっちゃうような経緯というのがまずあって。そこからの、まさに「Once Again」イズムを体現するような再スタート……むしろ、これまでできなかったようなこととか、やれなかったこと。あとは行けなかったような領域にまで行けちゃうんじゃないか、というような、むしろワクワク感さえ湛えたようなリブート(再始動)でもあるような、という、この新しい地図。稲垣吾郎さん、香取慎吾さん、草なぎ剛さん。お三方の再出発、という現在の、現実のいまの状況っていうのがあって。
で、その一環として、3人それぞれの個性を存分に生かすような……今回の3つのそれぞれのソロエピソードでいえば、稲垣さんはやっぱりエキセントリックで、ちょっと浮世離れしたような二枚目キャラクター。だからちょっとギャグっぽくさえ見えるような、浮世離れした二枚目キャラクター。で、香取さんは、常に自然体、本質としてはアーティスト気質な部分であるとか。で、草なぎさんは本格演技派、みたいな……そういう、それぞれの個性を存分に生かすようなショートストーリーを、最終的に、現実の彼らの新たな船出をセレブレイトするような大団円に落とし込むオムニバス映画として、気鋭のアーティストたちに任せて作らせたと。
つまり、どのエピソードも、現在の新しい地図のお三方の現実がちょっと透けて見えるような、メタファーにもなっているというような、そんな作りになっている。で、最後は大団円……というのを、気鋭のアーティストたちに任せて作らせてみるというこの狙い、志そのものは理解できるし、面白そう、とも思います。それにその、ある程度キャリアを積んだ人が、一旦それをご破産にして新しい何かに乗り出す……まさにこの番組『アトロク』自体も、そういう立場ですから。そこにシンクロして共感する部分も、いっぱいあります。ただしですね――これは私の見方ですよ――実際に出来上がった作品はというと……光る部分はあります。ハッとさせられるところ、クスッとさせられるところも多々あります。そういうレベルでは、評価できる作品、という言い方もできなくはないですけど。
■ファンムービーに終始してしまったのが残念
これだけのね、一流の作り手のみなさんが関わってますから、そりゃあいいところがなきゃおかしいんだけど。特に、これは本人から直接プレッシャーをかけられたからとか、忖度したから言っているんじゃなくて、マジでマジでこれはマジな話、今回の4つあるパートの中では、言わずと知れた爆笑問題・太田光さんが27年ぶりに映画監督をした3パート目が、マジで今回の『クソ野郎と美しき世界』の中では、もっとも「映画的に温度が上がる」部分っていうのが多かったパートで。それこそ、27年前に太田さんが初監督された『バカヤロー! 4』のね、『泊まったら最後』っていう1991年の作品があるんですけど。それの出来と比べたら、もう飛躍的! 名作!っていう感じになるぐらい……まあ、そんぐらい前のがすごかったんですけど(笑)。みなさん、機会があったらね。配信とかでも見れますので。感動的な成長ぶりと言っていいと思う。本当に素晴らしいと思います。まあ、細かいことは後ほど言いますけど、その太田さんパートをはじめ、光る部分はちょいちょいなくはないです。それはね、もちろん。
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しかし、やはりですね。全体にその、製作時間のなさゆえなのか……まあ、このタイミングではむしろスピード感、ちょっと乱暴なぐらいのスピーディーさ、そっちを優先させたという、それもコンセプトのうちなのかもしれない。それもわからなくもないけど……やっぱりなんか製作の時間がなかったのかな? そして、あんまりお金がなかったのかな? としか思えないような、「ネジがゆるい」つくりがやっぱり全体に目立つんですね。
はっきり言って僕は、どうせ劇場映画をつくるんだったら、もうちょっと脚本を含めて、しっかり練り上げてご準備なさっては? という感じ、ネジのゆるさがどうしても目立つな、と思ってしまいました。そしてその結果……ここが僕、いちばん残念なところでしたけど。せっかくね、2週間とはいえ一般劇場公開までしたのに、これはやっぱり、さっき言ったような、現実の新しい地図のみなさんの状況を作品から積極的に読み取ってあげる、まさしく「忖度」してあげるようなスタンスの観客……つまり、やっぱり「ファン」ですね。ファン向けの作品。要するにファンムービーに終始してしまったように僕は思います。そういう方、メールでも多かったんですけども。正直僕は、それ以上のものを本気で期待して見に行ったからなんですね。なので、「ああ、やっぱりファンムービーはファンムービーだな」と。なのでこれからちょっと、たとえばこれ、配信などでより広い層に見られるようになったら、僕なんてもんじゃない厳しい言葉が、間違いなくたぶん飛び交うことになると思うんですけども。
■アマチュアゆえのスタンスが、見ごたえがあるものが出来たのでは?
そもそもこの作品、多田琢さん、山崎隆明さん、権八成裕さんという、SMAPとも非常に重要な仕事をいくつもしてきたCMプランナー、ディレクターのみなさんが企画して、まず大まかな話を作って、それを各監督がそれぞれの個性を生かして脚本化して作品に仕上げていくという、この順番の流れで作られているわけです。
なので、たとえば2パート目。これはオフィシャルブックの多田琢さんのインタビューによれば、2パート目の山内(ケンジ)監督なんかは、「歌喰い」っていうキャラクターが出てくるわけですけど、歌喰いというキャラクターにリアリティーがないことに最初、納得がいかないということで、数週間保留していた、とかですね。あるいは、これもパンフレットにも載っているインタビューですけど、1パート目の園子温監督も、時間がないので最初は無理だと断ろうと思った、なんておっしゃっている。実際に映画を見ると、「まあ、そうでしょうね……」っていうような感じがあるということですよね。
つまり、各監督とも、与えられたお題と素材に、できる範囲で「寄せる」という方向で今回の作品がつくられているわけですよ。ある種やっぱりCM的な構造というかね。素材があって、クライアントがあって、それに寄せる、というつくり方をしている。で、そこに悪い意味でのぬるさ、ゆるさが生じやすい余地があったんじゃないか。そして、唯一プロの映像作家、映画監督ではない太田光さんのパートがいちばん見ごたえがあるのも、要はその構造と無縁ではない。太田さんは、そういう寄せるとか、そういう職人的なことができないわけだから。ほぼアマチュア的なあれでやっているんだから。ゆえに、やりたいことをある程度やりきる、というスタンスでやったため、いちばん見ごたえがあるものになったんじゃないか?っていうのが僕の仮説なんですけども。まあ、順を追って各パートについて、ちょっと大急ぎになりますが、触れていきますけども。
■「こんなもんじゃないはず!」という稲垣吾郎×園子温
まず、ド頭。僕、普通に映画館で見ていて、アップルとかグーグルのCMが始まったのかな?って思うぐらい、それぐらい非常にクオリティーが高い映像が付く。これは要するに、新しい地図のメッセージ映像的なものが最初に付くわけです。これはさっき言った多田さん、山崎さん、権八さんが手がけられたということなんですけども。エンディング映像とこのオープニングのところ。で、世界中の様々な人が、様々なシチュエーションで、前に進む、歩いていくその背中を、数珠つなぎにモンタージュしてつなげていく映像に、しかもよく見るとどの画面にも……世界中で明らかに撮ったと思しきその映像のどの画面にも、新しい地図のマークが、どこかしらにデザイン的にというか、入っているというね。で、コピーが付いて……っていう。
とにかく、完全にCMのつくり。全く映画的ではない部分なんだけども、純粋にクオリティーっていうことだけで言うなら、この部分がやはりというべきか、ぶっちぎり、段違いでこの『クソ野郎と美しき世界』という作品の中で、いちばんレベルが高いところですね。ここは、やっぱりいわゆる本当の「世界レベル」っていうやつだと思いますけどね。なんだけど、ここはあんまり本編とは関係がなくて。で、そこから園子温監督・稲垣吾郎さん主演、最初のパート『ピアニストを撃つな!』っていう、まあトリュフォーオマージュなタイトルが付いていますけども、そのパートが始まる。
で、ここは良くも悪くも、「園子温さんならこれぐらいは朝メシ前」感が半端じゃないわけです。まあ、オムニバス一発目、勢いのあるエピソードで掴む、という構成は順当ではあるし、あとやっぱりずーっと走り続ける話ということで、空間移動のダイナミズムというのがやっぱり映画的というもののキモですから、そこはやっぱり、この4つの中で園さんだけが大幅な空間の移動というのをメインに持ってきていて、そこはさすが映画監督・園子温っていう感じなんだけど。ただ、さっき言ったように条件が限られているせいもあるのか、その「朝メシ前感」のまま終わってしまうっていうか。朝メシ前で本当に終わってしまっている。
園さん作品は……今回のもわりとそういう、露悪的な、悪ふざけ調なテイストなんだけど、たとえその露悪的な悪ふざけがあっても、その向こうに実は、むしろ泥臭いくらいの、青臭いぐらいの純粋さ、熱さが、その芯、核にはあるからこそ、園子温作品は観客の心を掴んできたんだと思うんだけど。今回はその手前、もしくは表面までしか行っていない感じなんですよね。特に、大きな意味での「愛」に向かって突っ走る、暴走するキャラクター、主人公たちっていう、それ自体は非常に園子温的なモチーフなんだけど、今回たとえばその愛というもののその人にとっての切実さとか、あるいは突っ走る、走り姿の真摯さであるとか……これは他の園子温作品では出てくるものなんですよ。
たとえば、パンチラを見て、そこから始まった愛だって、本人にとっては切実だっていうのを真剣に描くとか(※宇多丸補足:園子温監督の代表作のひとつ『愛のむきだし』のことを言っています)。走る姿の真摯さ。それこそ『ちゃんと伝える』のAKIRAさんの走り姿。『希望の国』の二階堂ふみの走り姿。それらは真摯なんだけど……今回は、そのいちばんきっちりやらなきゃいけないところを、ちゃんと撮っていないように思う、っていう感じですね。あと、浅野忠信さん演じるマッドドッグという、まあイモータン・ジョー風というか、そのギャングのマスク。「マスクを取った顔は誰も見たことがない」っていうナレーションが入った直後に、サラッと取って。で、結構取ったままずっと行動し続けちゃうので。要は、鼻が異常に利く、ききすぎてキツいからマスクをしていたっていう設定が、あまり生かされず。あんまりおいしくない、とかですね。
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満島真之介さん演じるジョーっていうこのキャラクターとかは、それだけでスピンオフを1本作れそうなぐらい面白そうではあるんだけど……とにかくその、稲垣吾郎さんと園子温さんの組み合わせという本当の化学反応は、こんなもんじゃないはず!っていう。期待値が高めだった分、ちょっとここは僕は残念なあたりでしたね。
■オフビートな会話シーンとドキュメンタリー的スリルがある香取慎吾×山内ケンジ
続くパート。山内ケンジさん脚本・担当の『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』という。で、山内さんはもちろん、元は演劇で活躍されて、CMも多数撮られていますけども。僕は、『トロワグロ』という代表作を映画化した『At the terrace テラスにて」という作品だけを拝見していますけども……今回のその『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』だと、実は意外と多いメインキャラクター以外の、ちょっとオフビートな、ユーモアがきいた会話シーンにこそ、この山内ケンジさんの本来の作品の面白みみたいなものが凝縮されているな、という風に思いますね。
警官の会話であるとか、あとはシンガーソングライターの女の子の、歌がなくなっちゃって戸惑うあの様子だとか。あるいは、古舘寛治さんが尾崎紀世彦風の歌手で……あれはたぶんアドリブで(古舘さんが言った)、「ムキムキの料理人にもらった(ピストル)」っていうのを、(劇中で)使いますけども。そしたらその後に、ちゃんと「ムキムキの料理人」が出てきたり、ああいう感じ。なんか、そのへんの遊び感っていうのが、山内ケンジさんの、この会話のオフビートな感じというか、リアルな感じというかね。そこが持ち味だと思うんだけど。なので、そこはすごく面白いは面白いですけどね。で、香取さんの役は、もっとも本人に近いというか、ほぼ本人そのものな設定ですよね。で、まあ歌を奪われ、それでも表現欲求は尽きず……という立場。完全にまあ、現実の新しい地図誕生のストーリーを彷彿とさせるし。
ちょっとドキュメンタリー的なスリリングさも、積極的に読み込む姿勢があれば、あるはあると言えると思います。ただ、その歌喰いという、歌を食べちゃう、取っちゃうというファンタジックな存在。その特殊な設定のわりに……あんまり僕、これは寓意として活きていないな、という風に思います。歌を食べてそれをウンコで出す。で、そのウンコを食べると元に戻る、っていうんだけど……やっぱり、食べてウンコっていう流れだと、その間に何かが消化されて、不純物が取れるのかなんなのかわかりませんけども、とにかく、食べた状態とウンコの状態の間に、なにか差がないと。食べてウンコで出すという、わざわざこんな設定にした意味が、あんまり僕、ないなと思っていて。まあ、そこはさっき言ったようにね、山内さんの責任じゃない部分かもしれませんけども。
■役者としての上手さと存在感が圧倒的な草なぎ剛×太田光
そして……もうバンバン行きますよ。問題の太田光さん監督、『光へ、航る』という3パート目。ここはなにしろ、ここに尽きます。「草なぎ剛さんの、役者としての上手さと存在感が、圧倒的!」。最初の草なぎさんの、顔のアップのカットの凄みと色気とか、もう半端ない。あの1カットだけで、相当この映画、グッと価値が上がったと思いますけどね。もちろん『任侠ヘルパー』で、草なぎさん、強面もいけるというのは証明済みではあるけども。本作のこの工藤修という役柄。ここはさすがやっぱりね、太田さんの持ち味でもあるんですけど、自然なユーモアまじりの汚れ感っていうか、自然なユーモアまじりのやさぐれ感というのが、とても魅力的なキャラクターになっていて。それを本当に、非常に映画的に成立させている、という感じだと思います。
で、まあそんな工藤修というキャラクターの、ちょっと複雑な、重層的なキャラクター性が、シーンを通して……まさに草なぎさんと尾野真千子さんの芸達者さがお互いにドライブしていくように明らかになっていく、最初の、ホテルの中の美人局シーン。ここは本当に、70年代のATG映画風っていうんですかね? うらぶれ感、匂いも含めて 、ここはとっても映画的にいいところですね。 「ああ、これはいいぞ! 太田さん、マジでいいじゃん!」っていう風に 、思って見始めたあたり。ただ、惜しむらくはこの美人局のシーンは、その後のロードムービー展開とあんまり有機的にリンクしているように見えないというか、正直、全体からはちょっと浮いている、という風に思います。
太田さん流のアレンジと、もともとあったお話とのすり合わせが、まだ十分じゃないままつくっちゃっている感じがして……やっぱりここも、ネジがゆるいんじゃないか?っていう部分なんですよね。ということで、草なぎさんと尾野さんのやり取り。これは十分に楽しめます。さすが、セリフのやり取りで笑わせたり聞かせるっていうのは、やっぱり太田さん、本業でもありますから。ただ、映画としてこういう見せ方をすると、垢抜けないんだけどな……みたいなところも、少なくない。回想でキャッチボールするところで、周りをソフトにぼかした感じで撮るのとか、「うわっ、これはダサいだろ」とかですね。
あと、いちばんこれはどうかと思ったのは、「腕を移植する」っていうなかなか実感としてリアルに感じづらいその設定を、はっきりつぎはぎの痕と、あとは色がそこから違うっていう、はっきり言ってフランケンシュタインの怪物みたいな手として見せちゃったことで、ちょっと感動げなシーンに見せているのに、ギャグとしてしか見れない。で、結果として、最初はすごく70年代ATG風の匂いがある、すごくリアルなシーンとして始まった映画が、なんかこう、リアルな感情が流れているとは全く思えないところに着地していっちゃうっていうのが、本当にもったいないなという風に思いましたね。あと、他にもいっぱいあるんですけど、あとはもう太田さんに直接会った時に言います。はい。「あそこはどうかと思う」とか。
■真に「風通しがいい」作品とは、もっと<外側>に向かうための何かを高めたもの
最後ね、児玉裕一さんのパート。僕もお仕事したことがありますけども。ここははっきり言って、もう完全にミュージックビデオのつくりなので、映画としてどうこうとかではないんですけど(※宇多丸補足:ただ、これは放送では言い忘れてしまった部分で……池田成志さん演じる劇場支配人?的な、要は狂言回し的な役割のキャラクターが最初に歌うところ、ここの歌詞は一聴して、後のほうで本人も出てくるサイプレス上野が書いたものだと少なくともラップ好きならすぐわかる感じなんですが、だったらこの役そのものに上野をキャスティングしたほうが、歌唱のクオリティも確実に上がるわけだし絶対良かったのでは、という気が個人的にはしてなりません。また、それは置いておくとしても、ここだけ歌詞を字幕でも出しているのが、まぁ日本語ラップが出てくる映画にはありがちな演出ではあるんですけど、ラッパーの端くれとしては“あぁ、やっぱそれやっちゃいますか”感が、どうしても強かったです)。メールにもいっぱいあった通り、たしかに香取慎吾さんが歌を……しかも新しい歌を取り戻す、というその様は、本当に現実とリンクして非常にカタルシスを生むという。これはたしかに僕もSMAPファン、そして新しい地図ファンとしては、すごくわかります。ただですね、各パートが一堂に会してパズルがはまる大団円っていうのを目指すにしては、このパズルが全くちゃんとつくられていないので、全くカタルシスがないと思います。
たとえばですね、草なぎさん演じる工藤がですね、実は連絡していたのがかつての仲間、浅野忠信さん演じるマッドドッグだった、というところでパートがつながるっていうんだけど。最初の一番目のパートで、工藤からの電話を受け取っていたのは、満島真之介さんが受け取って、「ああ、工藤さん」ってやっているわけですよ。だから諸々のシチュエーションが……そこのところの場面を見て、「ああ、あの場面で電話していたんだ」ってなるんだったら、「パズルがはまった」と言えるけど、実際にはこの4パート目で工藤とマッドドッグが会話する場面は、1パート目には全く出てこない場面なんですよね。なので、そこのすり合わせが上手く行っていないっていうか、そもそもこれ、すり合わせをしていないんでしょう?っていう感じで。なので、別に全く上手くパズルがはまるとか、そういう快感も全くないっていう。
まあね、(前の3つのエピソードをまとめる役割としての最終エピソードを作るにあたって)児玉さんとしてはこういう風に処理するしかなかったんだろうな、っていう感じだと思いますね。あと、ここは3人揃って歌わないんだ……とかもね、ちょっと思ってしまいましたけども。それよりも、エンドロールで流れる小西康陽さんの『地球最後の日』っていうこの曲が流れて。で、キャラクターたちのその後っていうその映像が流れて。ここがやっぱりエンディングとしてはとてもきれいで、グッと来ました。ただ、これも限りなくCM的ではある、という感じ。だからやっぱり、CM畑の人が作ったCM的な良さはたしかにある。で、その中で太田さんだけがものすごく青臭く映画っぽいことを目指していて、時々光る部分がある、みたいな、そういう感じだと思いますね。
ということで、「風通しの良さ」みたいなことをオープニングのメッセージ映像でおっしゃっていて、とてもそれには同意なんですが、真に「風通しがいい」作品っていうのは、もっと普遍的な、完成度とか強度とかサービス精神とか、なにかしら外側に向かう何かを高めたものだろうと僕は思いますし。一言でいえば、どうせ映画をつくるなら、もうちょっとちゃんとやった方がよかったのでは……という感じが僕はしましたね。新しい地図でこそできること、というのに可能性を感じるからこそ、ちょっと辛口になってしまいましたが。これはしょうがないんです。映画館で、横で『ペンタゴン・ペーパーズ』がやっていたりする中でやるっていうのは、そういうことなので。
機会があればもちろん、新しい地図、その企画のフットワークの良さとか、どんどん冒険していく感じとかは本当に好ましいと思うので。また別の映画を劇場で見たい。あと、太田さんはこのまま、映画はしばらくやってみてもいいと思います。だいぶ、なんか見えたと思いますんで。ということで、新しい地図。また次のなにか、今度こその作品を、劇場でウォッチしたいと思います!
以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
<以下、ガチャ回しパート>
TBSラジオをキーステーションにお送りしている『アフター6ジャンクション』、すいませんでしたね。(新しい地図の)ファンのみなさんね。本当にね。ここからは来週評論する作品を決める時間なんですが、実は来週、あるスペシャルゲストを招いてインタビューをお送りするため、ムービーウォッチメンはお休みとさせていただきます。これは異常事態ですよ。よっぽど。誰かといいますと、来週お招きするそのスペシャルゲストとは……映画『バーフバリ』の、S・S・ラージャマウリ監督です!
フォーーーッ! バーフバリ! バーフバリ!
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