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1714話
轟、とその集落は炎に包まれる
ダンジョンの二階にある森の中で、炎を使うというのは自殺行為に等しい。
だが、その場所は周囲の森と違ってしっかり木が切断されており、地面が剥き出しになっていた。
そして、以前はそこに生えていたのだろう木を使い、簡単な小屋のような物が幾つも並んでいる。
いきなり自分達の集落が燃えたことに気が付いたゴブリンは、一体どれだけいたのか。
恐らく、その殆どは何も気が付かないままに炎に燃やされて死んでいったことだろう。
運良く……いや、自分達の住んでいる集落が燃えているのをその目で見て、自分が焼き殺される運命から逃れられないと理解してしまったので、この場合は運悪くなのかもしれないが、何匹かのゴブリンはその集落の中を半狂乱になりながら走り回っていた。
だが、小屋は全てが燃えており、逃げ出す場所はない。
何とか集落の外に出ようとしたゴブリンも、どこからともなく飛んできた矢や石といった攻撃により身動きが出来なくなり、やがて焼き殺されることになる。
そんな集落の燃えている光景に、レリューは唖然として自分の隣にいる少年……レイに視線を向ける。
レリューも異名持ちのランクA冒険者ではあるが、その本領はあくまでも戦士としてのものだ。
スキルの類は使えるが、そんなレリューにしても、小さいとはいえ一つの集落を燃やしつくす炎の魔法というのは、滅多に見ることが出来るものではない。
集落から逃げようとしたゴブリンに気が付き、投石を行ってそのゴブリンを仕留めてから、レリューは改めてレイに尋ねる。
「なぁ、おい。本当に大丈夫なんだろうな? 周囲の木に燃え移って俺達まで焼け死ぬとかなったら、ちょっと洒落じゃすまねえぞ」
「そうか? もしこの炎が燃え広がれば、それこそダンジョンの二階がすっきりとして、どこに三階に向かう階段があるか分かりやすいと思うけど。ああ、でもあの色んな果実がなっている木が燃えるのはちょっと残念だな」
「おい、こら。本当に……本当に大丈夫なんだろうな?」
疑惑の込められた視線を向けてくるレリューに、レイはミスティリングから取り出した槍――黄昏の槍ではなく鉄屑同然槍――を投擲しながら、問題ないと頷く。
「落ち着けって。マリーナの精霊魔法で、その辺りはしっかりと調整してるよ。燃え広がるようなことはないから、安心しろ」
そう言いながら、レイは視線をゴブリンの集落に向ける。
よく見れば、集落を覆うようにして薄い水の膜が張られている。
水の膜はかなり薄く、それこそレイ達の放つ石や槍、矢なら、あっさりと貫く。
だが、その程度の水であっても、ゴブリンの集落を燃やしている炎の延焼を防ぐことは可能だった。
……普通であれば、あの程度の水なら容易に蒸発してもおかしくはない。
だが、ゴブリンの集落を覆っているのは、ただの水ではなくマリーナの精霊魔法によって生み出された水だ。
ゴブリンの集落を燃やしている全てがレイの魔法によって生み出された炎であればまだしも、最初こそレイの魔法によって生み出された炎だったが、延焼しているのは普通の炎のみだ。
この辺、レイが魔法を使う時に調整した結果であり、レイの感覚的な魔法構成能力のおかげだろう。
レイの評判……炎の竜巻を作り出し、軍隊そのものを燃やしつくすことが出来る能力を持っているというのは、当然レリューも知っている。
異名持ちの冒険者として、拠点を同じくしている場所から新たに生まれた異名持ちの情報を集めるのは当然だろう。
それでも、大規模破壊はともかく、ある程度細かい調整までは出来ると思っていなかったのか、レリューは改めてレイに感心したような視線を向ける。
そんな視線を向けながらも、燃えている集落から何とか逃げだそうとしているゴブリンを見つけては、投石で仕留め続けていたのだが。
レリューからの視線には気が付きながらも、レイは空を見上げる。
そこでは、セトが翼を羽ばたかせ……自分こそが空の支配者であると言わんばかりに、空を飛んでいる。
イエロバードやグリンボのように鳥のモンスターが多いこの森だったが、今のところ空を飛ぶセトに向かって攻撃を仕掛けるような相手はいない。
セトの強さを理解しているからなのか、それとも単純に偶然ななのか。
ともあれ、上空からセトも地上に向けてはウィンドアロー、アイスアロー、アースアローといった風に様々なスキルを放っていた。
……これに溜まらなかったのは、当然のようにその攻撃を受けているゴブリン達だ。
生き残っている、この集落でも数少ないゴブリンは上空から振ってくる矢によって大きなダメージを受けていた。
「捕らえられている奴を助けなくてもいいってのは、楽だよな」
再び槍を投擲しながら、レイは呟く。
そんなレイの言葉に、レリューもしみじみと、心の底から同意した。
もしこのゴブリンの集落があったのが、ダンジョンの外であれば……もしくは、ダンジョンに自由に冒険者が入れるようになっているのであれば、ゴブリンの集落の中には、女が捕らえられている可能性があった。
だが、ここはダンジョンの中だ。
それも、レイ達が初めて入ったということになっている。
……もしかしたらレイ達よりも先にダンジョンの中に入った者がいるのかもしれないが、そのような者達であれば、それこそゴブリンに掴まるような真似はしないだろうといく確信があった。
もっとも、セトが人の痕跡を見つけていないのだから、その心配もいらないだろうというのがレイの判断だったが。
そのような訳で、殲滅するだけでればこのゴブリンの集落というのはそう難しいものではない。
代わりにという訳ではないが、集落諸共燃やしてしまった関係で、ゴブリンの討伐証明部位や魔石を回収するのは難しくなるのだが。
レイ達にとって、ゴブリンの魔石というのはそこまで欲しいものではない。
それこそ、魔石を取り出す労力の方が大きいので、特に問題はなかった。
もっとも、ゴブリンの肉を美味く食べる為の研究を手伝っている――たまに顔を出す程度だが――レイにしてみれば、ゴブリンの肉を大量に入手出来るというのはそれなりに美味し機会だったのかもしれない。
(いや、ゴブリンの肉を集めるだけなら、それこそギルムで適当な冒険者に依頼を出せば問題ないか。わざわざ、俺が持っていく必要もないだろ)
火の勢いが収まってきたゴブリンの集落を見ながら、レイは再び火に巻かれて逃げ出して来たゴブリンに向かって槍を投擲する。
とてもではないが、軽い調子で投げたとは思えない程の速度で飛んでいった槍は、ゴブリンの頭部を砕き……その背後にいた、棍棒を持ったゴブリンの胴体をも貫きつつ、斜めに地面に突き刺さったことにより、ゴブリンを縫い止める。
とはいえ、胴体を貫かれた時点でゴブリンは既に即死していたが。
そうして時間が経過し……それから数十分程で、もうゴブリンが全滅したと判断して、マリーナの精霊魔法でまだ燃えていた火を消す。
「他にどれくらいゴブリンの集落があるんだろうな。コボルトも。……オークの集落なら、寧ろ歓迎するんだが」
燃えつきた集落の中に入り、レイが呟く。
オークの肉は、レイにとっては日常的に食べている肉だ。
それだけの消費も激しく、出来るだけ多くの肉を確保しておきたいというのが、レイの素直な思いだった。
コボルトの方は、ゴブリンと同じ対応で問題ないと判断していたが。
(ああ、でも希少種とか上位種がいれば……うーん、いるかな。微妙なところだろうな。いてくれれば、こっちもとしては助かるんだけど)
ゴブリンの魔石であっても、希少種や上位種であればスキルを習得出来る可能性は高い。
そうである以上、当然のように、その類のモンスターがいてくれれば、レイにとっては……そしてセトにとっても非常にありがたい。
もっとも、上位種はともかく、そう簡単に生まれないからこそ『稀少』種と呼ばれているのだが。
「オークか。……オークの襲撃をこうして焼き討ちにすれば、食欲を刺激する匂いが周囲に漂いそうだよな」
「そうか? 最初はそうかもしれないけど、最終的には焦げた臭いになりそうな気がするけどな」
レリューとレイが会話をしながら歩いていると、やがて他の場所に散っていた者達も集まってくる。
「レイ、これからどうするの?」
「どうするって言ってもな。他にも同じような集落があれば、殲滅していく感じだな。この階を探索するのは、とてもじゃないけど今日だけでは終わらない筈だ。そうなると、不意にゴブリンとかと遭遇するのは出切るだけ避けたい。……まぁ、俺達が全てのゴブリンとかを殺しても、ダンジョンの核がまた呼び出すんだろうが」
ゴブリンは、戦えば弱いが厄介なモンスターであるのは間違いない。
ダンジョンの核もそれを分かっているのか、ゴブリンはダンジョンでも頻繁に姿を現すモンスターだ。
まさに、数で押すには絶好のモンスターと言えるだろう。
……もっとも、相手が強いと理解すれば即座に逃げ出したりもするのだが。
「別にダンジョンの核だって、すぐに大量のゴブリンを召喚したり出来る訳じゃないだろ。それこそ、俺達がこの二階を探索して三階への階段を見つけるまで出て来なければ、それでいいんだから」
レリューのその言葉に、レイは頷きを返す。
実際、レリューのその言葉は間違っていない。
レイ達はこの二階を完全に攻略する……全ての場所に行き、稀少な素材を手に入れ、全てのモンスターを倒すといった真似をする必要はない。
レイとしては、未知のモンスターの魔石が入手出来る可能性がある以上、この森にいる全てのモンスターを全滅させたい……とまでは言わないものの、それでも全ての種類のモンスターを倒したいとは思う。
もっとも、レリューやビューネには魔獣術について教えていない以上、素直にそう言う訳にはいかないのだが。
ただし……
「可能なら、未知のモンスターの魔石を集めたいところではあるな」
そう言うのは忘れない。
魔獣術については秘密であっても、レイが魔石を集める趣味を持っているという件は、それなりに知られている。
レイについての情報を集めているレリューであれば、当然のようにその辺りについても知っているだろうと、そう思って呟いたレイだったが……
「全滅させるならともかく、一匹二匹といったところであれば問題ないだろう」
案の定、そう言ってレイがモンスターと戦うのも問題はないと、そう告げてきた。
ただ、レイはレリューの口から出た二匹という言葉が気になったが。
デスサイズとセトがスキルを習得する為に、魔石はそれぞれ一つずつ……合計二つ必要となる。
そのこともあって、レイは魔石を集める趣味があると人に言う時は観賞用と保存用に二つ魔石を入手すると説明することが多いのだが……今の言葉から考えて、そのことすらも知っているのではないかと、そう思えてしまう。
(単純に考えすぎの可能性が高いけど)
レリューのことを見ながらそんな風に考えるレイだったが、不意に空を飛んでいたセトが地上に向かって降りてくる。
セトの側にはイエロの姿もあったが、セトの速度についていくのは難しいのか、空中に置き去りになってしまっていた。
「グルルルルゥ!」
セトの鳴き声は、敵が近づいてきているという警戒が含まれていた。
その声を聞いた瞬間、レイ達は即座に戦闘態勢に入る。
そして、近くの茂みから姿を現したのは……
「プギィ!」
豚だった。
……いや、正確には猪と豚の中間的な存在と呼ぶのが相応しい。
もっとも、猪や豚の背には、普通鳥の如き翼はないのだが。
その上、姿を現したモンスターの大きさはレイの膝まであるかどうか。
どこからどう見ても、モンスターの子供のように思える。
「何だ、子供か」
そう言い、レリューは構えていた長剣の切っ先を下ろす。……が、すぐに異変に気が付く。
何故なら、戦闘態勢を解いたのが自分だけだった為だ。
「おい?」
訝しげに尋ねるレリューだったが、セトの危機察知能力の高さを知っているレイ達は、目の前のモンスターが子供であろうと油断をするようなことはない。
「プ……プギィ」
目を潤ませて見上げてくるモンスター。
一見すれば愛らしいと表現してもおかしくない様子に、レリューは改めてレイ達に視線を向ける。
「おい、一体……っ!?」
モンスターから視線を逸らしたその瞬間、レリューは反射的に長剣を振るう。
感じた殺気に即座に反応する辺り、異名持ちのランクA冒険者だけはあるのだろう。
そうして振るわれたレリューの長剣は……いつの間にかセトと同じくらいにまで大きくなったモンスターの牙に受け止められるのだった。
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