☆自分を勘定に入れない.前回、「好かれる」ことの重要性を申し上げました。
https://sokamori2.exblog.jp/28268554/一応、この努力をレミゼさんがしているとしましょう。
仕事も頑張っているし、姿も対話もそこそこのレベル・・
それなのに出世しない、それなのに後輩に抜かれる。
だとするなら、何かが足りないのです。
その足りない何かが「高齢」だとするなら諦めも必要です。
会社によっては高齢者の戦力化を売りにしている会社があります。
一方、高齢者は邪魔で、できれば辞めてもらいたいという会社もある。
社員「使い捨て」のような会社、沢山あります。
そんな世の中ですから、なかなか生きにくい。
その生きにくい人生を、楽しく気持ちよく、豊かなものにするにはどうすればいいのでしょうか。
私は「宮沢賢治の詩」に活路を見出しています。
「デクノボーといわれ、ほめられもせず、苦にもされず・・」
何度も読んで、今はすっかり覚えてしまいました。
その記事URLを以下に示します。
https://sokafree.exblog.jp/28169492/宮沢賢治という人はスゴイのです。
37歳という若さで亡くなったけれど境涯は途方もなくスゴイ。
今、私は58歳にしてやっと分かってきたのです。
「あらゆることを自分を勘定に入れない」
「デクノボーと言われてもいい」
「誉められなくてもいい」
「利他の人生でありたい」
これがあの「雨ニモマケズ」の詩です。
宮沢賢治は37歳にして、最高、最強の境涯を得ていた。
「利他の人生に生きる自分」であれば「みじめ」さはない。
これがレミゼさんの今後を救う命です。
言い方を変えるなら「菩薩の境涯を得られるかどうか」です。
その命以外に、後輩に抜かれる悲惨を克服する方法はありません。
レミゼさんの悩み対策用に書いている記事カテゴリを「不軽菩薩の人生」としたのは、「賢治の境涯を得るしかない」と申し上げたいからでした。
勿論、出世競争に勝つという「修羅の人生」もありましょう。
でも、50歳代になったレミゼさん、その道へは進めないでしょう。
今さら修羅の人生を歩むことはお勧めしません。
晩節を汚さぬことを目標にしているなら菩薩の人生しかない。
この境涯があれば、勝利の定年退職を得られます。
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