日本サッカーからメッシが生まれない理由

プレジデントオンライン / 2018年4月27日 9時15分

写真=iStock.com/Baks

なぜ日本からはリオネル・メッシのようなサッカー選手が出てこないのか。かつてバルセロナに住み、スペインのサッカークラブ事情に精通するスポーツライターの小宮良之氏は、「バルセロナの育成はメッシを生んだだけでも成功。しかし他に生き残る選手はわずか。レアル・マドリード出身者にはどこでも通用するたくましさがある」という。名門チームの育成方法に隠された秘密とは――。

■バルサの選手はどうやって育ったのか?

世界最高のサッカークラブはどこか。そのひとつはスペインの「FCバルセロナ」(以下、バルサ)だろう。リオネル・メッシという数十年に一人の英雄的選手を生み出していることも大きい。

バルサはどうやってメッシを育てたのか?

その育成論を採り入れようと、現地に赴く日本のサッカー関係者は少なくない。

バルサのプレーには華やかさと様式美がある。自分たち主体でボールを持ち、軽やかにパスをつなぎ、コンビネーションを使ってゴール前に持ち込む。能動的で論理的であると同時に創造的。育成段階では、技術的に卓越とした選手が鎬(しのぎ)を削り、その水準は飛び抜けている。子供たちは高尚で洗練された教育を受ける。多くの親は、その“エリート性”にも夢を抱くはずだ。

しかし、日本サッカーはバルサを「育成の理想」とすべきなのか?

■イニシアチブを握れる選手を育てる「ラ・マシア」

バルサの育成が世界有数であることは間違いない。

下部組織であるラ・マシアは、数多くの逸材を生み出してきた。

1988年、監督に就任したオランダ人ヨハン・クライフが、ラ・マシアからトップチームまで一貫したボールプレーのスタイルを確立。ジョゼップ・グアルディオラをプレーメーカーとして抜擢(ばってき)し、彼がつけた背番号4は一つの系譜となっていった。シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガス、チアゴ・アルカンタラ、そしてセルジ・ブスケッツと受け継がれている。

どのポジションでも、「ボールを用い、プレーを動かし、イニシアチブを握れる選手」がラ・マシアで生き残る条件となる。GKを見ればその傾向は顕著で、多くのタイトルを勝ち取ったビクトール・バルデスは足でボールを使うプレーに長(た)け、リベロGKとして欧州に名をはせている。徹底したスカウティングと洗練されたトレーニングによって、バルサはバルサらしいプレーヤーを生み出し、その点は他の追随を許さない。

冒頭で触れたように、メッシひとりでラ・マシアは正当性を提示している。

しかし、バルサはボールプレーを突き詰めすぎるという点で、“特殊な環境”であることを知るべきだろう。

■他チームで輝けないバルサ出身選手たち

ラ・マシアには各年代にチームはあるが、各年代でFCバルセロナに定着できるのはひとりいたら御の字。当然、9割以上が他のチームでプレーする。そして、ここで問題が起きている。

新天地で生き抜けない。適応力に問題があるのだ。

「なぜ長いボールを蹴るんだ!? 頭の上をボールが行きかうなんて! これはサッカーではない」。ラ・マシア出身者の多くは、他のチームでプレーすると、そう嘆いて、サッカーカルチャーの違いに愕然とする。今までパスワークを磨いてきた。それに自信があった。しかし、求められるプレーが違いすぎるのだ。

結果、彼らは実力を出し切れない。

例えば、16歳でイスラエル代表に選ばれ、「メッシ二世」と騒がれた左利きのアタッカー、ガイ・アスリンはトップに定着できていない。イングランドに渡ったあとは、鳴かず飛ばず。現在は2部B(実質3部)のクラブで苦労している。短いパスを使ったコンビネーションの中でドリブルを用い、守備を崩すのに慣れてしまい、長いボールが行きかうカウンタースタイルのチームでは適応できない。バルサ以外のクラブで、要求されるスピードとパワーを満たせないのだ。

メッシと同じ左利きアタッカーだったフラン・メリダも、10代でアーセナル移籍後は思った以上のプレーを見せられず、2部が主戦場になっている。UEFAユースチャンピオンズリーグでベストGKに輝いたオンドア、「エトーの再来」と言われたFWドンゴオなど、2部でプレーする選手は少なくない。トップチームが煌(きら)めきを放つ裏側で、「なぜ、こんなところに?」という選手は意外なほど多いのだ。

■レアル下部組織で身につく「タフさ」

日本でも一般的に英才教育の正当性が語られる一方、その型にはまりすぎると、脆(もろ)さのほうが目立ってしまうケースもあるだろう。純粋培養の危うさのようなものだろうか。順応性の問題が出てしまう。

どんな環境、社会でも生きる、という荒々しさやたくましさを育むには、型にはめず、剛直さを鍛える方が正しい場合もある。

「どのチームでも活躍するようなタフな選手を育てる」

その視点に立った育成環境をそろえているのが、スペインの「レアル・マドリード」(以下、マドリー)だ。

トップチームで主力になっている選手は、バルサと比べればはるかに地味だが、その育成力は世界でも突出している。

今年3月の最新のスペイン代表では、24人中、最多の6人(マルコス・アロンソ、ナチョ、ダニエル・カルバハル、ルーカス・バスケス、ロドリゴ、ダニ・パレッホ)がマドリーの下部組織育ちだった。特筆すべきはナチョを除いた5人が、マドリーから出て他のクラブで活躍、もしくは活躍が認められて戻った選手という点だろう。代表招集を見送られた代表常連組、アルバロ・モラタ、ホセ・マリア・カジェホン、マタの3人もそれぞれチェルシー、ナポリ、マンチェスター・ユナイテッドというCLベスト16のトップクラブで活躍している。

他にも、GKだけで錚々たる面子だ。イケル・カシージャス(FCポルト)、アントニオ・アダン(ベティス)、ディエゴ・ロペス(エスパニョール)、フェルナンド・パチェーコ(アラベス)がトップクラブで正GKの座をつかんでいる。すなわち、各年代のGKがトップレベルで生き残っているということだ。

■“特殊な才能”か“どこでも通用するたくましさ”か

「男らしさ」

簡潔に言えば、それがマドリーの下部組織に入る条件と聞いたことがある。小手先のうまさではなく、マッチョに戦える力。アスリートとしての戦闘能力に近いだろうか。肉体的な強さ、速さだけでなく、精神的な高潔さや不屈さや執念のようなものだ。

例えばストライカーだったら、足下(あしもと)にボールを収め、反転して一発で仕留められるような力強さが一つの基準になる。あるいは、カウンターでズドンと裏に飛び出し、相手より一歩前に出て、ドカンと強いシュートを打てるか。味方との連係ができなければ落とされるが、個人で打開する力が必要になるだろう。

ストライカーを生み出すポテンシャルは、世界随一と言える。例えばマドリーの伝説の7番ラウール・ゴンサレスの影に隠れ、マドリーでの道を閉ざされたFWには、アルフォンソ、ダニ、トテ、ハビ・ゲレーロ、アガンソ、ミスタ、ルイス・ガルシア、リキなど枚挙にいとまがない。特筆すべきは、争いに敗れた彼らもトップレベルのクラブで活躍し、スペイン代表選手にもなっている点だろう。

今もその流れは変わらず、ロベルト・ソルダード、アルバロ・ネグレド、モラタ、ロドリゴ、ヘセ・ロドリゲス、マリアーノ・ディアスらが欧州の有力クラブで得点を重ねている。フランスリーグで得点王を争うマリアーノを除き(ドミニカ代表)全員がスペイン代表に選ばれ、ブランド力の高さを示している。マドリー育ちのFWは、どのクラブでもゴールを奪うたくましさがあるのだ。

一方、バルサで育ったFWの多くは苦しんでいる。ラ・マシア史上最高の至宝と言われたボージャン・クルキッチやムニルも、望まれた活躍はできていない。育成環境の特殊性とのギャップを埋められないのだ。

バルサはバルサらしい選手を育てるためには、世界に類を見ない至高の育成環境と言える。多くの選手がトップチームで主力として飛躍。その数はマドリーに勝る。メッシという希代の選手を生み出しただけでも大きな価値があるはずだ。

しかし、完璧な育成はどこにも存在しない。

だからこそ、育成について思案を続ける理由があるのだ。

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小宮良之(こみや・よしゆき)
スポーツライター。1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。著書に『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)、『エル・クラシコ』(河出書房)、『おれは最後に笑う』『ラ・リーガ劇場』(東邦出版)などがある。近著は小学校のサッカーチームを題材にした小説『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)。

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(スポーツライター 小宮 良之 写真=iStock.com)

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