監督:山田尚子/脚本:吉田玲子/原作:武田綾乃
配給:松竹/公開:2018年4月21日/上映時間:90分/アニメーション制作:京都アニメーション
出演:種崎敦美、東山奈央、藤村鼓乃美、山岡ゆり、杉浦しおり、黒沢ともよ、本田望結
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78点
日本の映画制作に関わるものたちは、『リズと青い鳥』の登場に焦るべきである。山田尚子監督は、本気で日本の映画界に殴り込みをかけている。特定層だけに向けられた深夜アニメのノウハウを活かしつつ、映画作品においては全世代にターゲットを広げようと試みていて、それは『たまこラブストーリー』のときからずっと成功を収めている。窓ガラスの三角シールをここまで情緒的に画面に取り込んだ映画が、過去あっただろうか。
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編 (宝島社文庫)
- 作者: 武田綾乃
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2017/08/26
- メディア: 文庫
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本作は、記号的表現とは別種の「アニメでしか表現できないこと」に意識的であると同時に、アニメ特有の違和感をも味方につけている。たとえば、スクリーンの大画面だと目障りになりがちな人物の主線について。特に主人公・鎧塚みぞれの紙質の描写が見事で、あえて線の太さを波打つように変化させることで、ストレートのロングながら微妙に手入れがおざなりなボサボサ感を表現している。アニメにおいて、髪の毛の描写というのは鬼門であり、テンプレのような記号的表現で逃げることが常なのだが、ここに果敢に挑戦しているのだ。しかも、はねた髪の先端がかすかに動いてたりするんだよ。手間も尋常じゃない。
もちろんこれは技巧のための技巧ではなく、髪の毛だけをピックアップしても、各キャラクターの個性を補完しているわけである。みぞれが親友と慕っている傘木希美はポニーテールで、歩くと元気よく左右に揺れる。こういう何気ない表現も、実写だと役者が髪の毛を意図した方向に揺らすのは難しいはずだ(まさか髪の毛にワイヤーでも仕込んで左右に引っ張るわけにもいかない)。「アニメでしか表現できないこと」を追求しているがゆえの表現だろう。
冒頭、人の少ない日等の校舎の中を、希美の後ろをついていくように、みぞれが歩いていく。みぞれの視点であろう、希美の揺れるポニーテールは、真後ろのアングルで描写される。また、山田尚子監督おなじみの「歩く足元のみ」の画では、2人の歩幅や、足音に至るまで、露骨に違いを強調する。ほぼ歩いているだけのシーンなのに、2人のキャラクターや関係性が手に取るように伝わるのだ。こういうことができる映画監督が、日本に何人いるだろうか。
しかも、いきなりラスト近くに飛ぶが、2人の関係において最もヤマ場となるシーンで、「希美の髪が好き」「希美の足音が好き」というみぞれのセリフがあるのだから恐れ入る。全て計算づくか。
「リズと青い鳥」という童話があって、それを元にした曲を吹奏楽部が大会で演奏するために練習している、というのが物語の舞台状況である。途中に絵柄を変えた「リズと青い鳥」の物語も挟まり、このリズと青い鳥(人の姿になって現れる)の関係性が、みぞれと希美の関係性と重なっている。ちなみにリズと青い鳥はどちらも本田望結が声を担当している。ここだけプロの声優ではないため、どうしても浮いているのだが、それも意図的であろう。現実的に口に出すわけがない説明セリフばかりなのは、絵本の文章を意識しているように思える。また、リズと青い鳥の両方を同じ人が演じている点は、明らかに本編の物語とリンクさせている。
演奏する楽曲には、みぞれと希美によるソロパートがあって、ここはリズと青い鳥の気持ちを表しているとされる。しかし、最終的に青い鳥を逃がすリズの気持ちを、ずっと希美を一緒でいたいと思うみぞれには理解できない。なので、この部分の演奏が上手くできないでいる。そこからの変化を促すために、周りの友人や後輩が本音を垣間見せることで触媒となる。ほとんどキャラクター説明の描写がなく、ちょっとした口調や動きで個性を表される周囲の人たちが、みんな魅力的に感じられた。何度でも同じことを言うけれど、こういうことができる映画監督が、日本に何人いるだろうか。
さて、けっこう物語を端折ったうえでネタバレするけれど、みぞれは「自分はリズではなく青い鳥のほうであり、リズ=希美の希望なら自分は飛び立つ」と気づき、同時に希美は「自分はリズで、青い鳥=みぞれを解放できずにいた」と気づくわけである。そしてみぞれは、希美の演奏から去っていくかのように、高度な演奏を披露するのである。で、2回目の鑑賞時には意識して観ていたのだけれど、やっぱり途中までずっとみぞれの一人称なんだよね。希美の視点が現れるのは、中盤の「みぞれが教師から音大進学を勧められたのを知って、自分が先に音大を受けようかなと言い出す」ところである。たしかにここは希美の心の内が垣間見える描写ではあるし、この先は希美の視点も現れるのだが。
なぜ、前半をみぞれ視点で固定したのか。もちろん希美視点を入れるとネタバレの危険が増すということもあるのだが、前半から要所に希美視点を入れるほうが作劇としては自然なはずではある。かといって、この構成を無下に否定もできない。ここ、けっこう考えているんだけど、うまく結論が出ていない。今後の課題にしておく。
ともあれ、実力が上のほうの人が下のほうの人に依存しているという歪な関係性を、周囲の第三者の介添えがありつつ、最後は2人きり本音で向き合うことでドラマティックに解決するという青春物語である。そのあとは、2人並んで歩くし、縦に並んだとしても足音は揃っている。締めもやっぱり「アニメでしか表現できないこと」で、2人が対等の関係になったことを示しているのである。ハッピーアイスクリーム!
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