ゲーマー日日新聞

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『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』を通じて再評価された「イマーシブ・シム」とは何物か

 

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『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』。(以下『BotW』)

2017年に任天堂がSwitch用タイトルとして発売し、The Game Awards 2017、2017 Golden Joystick Awards、21st Annual D.I.C.E. Awards、所謂GOTY三冠を総なめという圧倒的な評価を叩き出した。

当然ながら、この作品は多方に影響を及ぼした。この作品の何処が、何故、どのように優れているのか。ここ1年近くに渡り、数々のメディアで語られ続け、その全貌が明らかになった。

それから約1年。特に欧米ゲームメディアを中心に、『BotW』の美点を洗い出した上で、現在から過去に至る作品と比較する試みも増えた。その最たる例が海外ゲームにおける「イマーシブ・シム」と呼ばれる作品群である。

では「イマーシブ・シム」とは何者か、何が『BotW』と共通しているのか、それらを通して見えたイマーシブ・シムと『BotW』の可能性とは何だったのか、ここで少し書かせて頂きたい。

 

 

イマーシブ・シムとは何か

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読んで頂いている方の中では、え?イマーシブシム?なにそれ?という方も多いと思う。

「Immersive Sim(没入型シミュレーション)」とは、昨今欧米を中心にある特徴を持ち合わせた作品のジャンルであり、英語版Wikipedeia先生によると下記のような定義がされている。

「Immersive sim」とはプレイヤーの選択を強調するビデオゲームジャンルである。根本的な定義付けとして、プレイヤーの多様な行動と多岐に渡るプレイヤーの能力を反映させるシミュレート化されたシステムを採用し、ゲームがプレイヤーに多様でクリエイティブな攻略を促し、「emergent gameplay」と同様に開発者により明確にデザインされたものを指す。

Immersive sim - Wikipedia

何のこっちゃと思う方も多いと思うので、具体的な作品を例に上げて紹介しよう。

作品としてはLooking Glass Studiosにより開発された『System Shock』や『Theif』及びそこから派生した『Deus Ex』また古典的なものでは『Ultima Underworld』が代表的なものとして取り上げられている。

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『Ultima Underworld』1992年のこの作品は、当時としては極めて「自由」なゲームだった。

 

どれも古い海外のPCゲームなので馴染みがない方もいるかもしれないので、Immersive Simの代表作とも言える『Theif』におけるゲームプレイを例に説明しよう。

『Theif』は一人称視点のステルスゲームだ。タイトル通り盗賊として豪邸に侵入し金品を奪う。ここまではありふれた内容だが、まず凄いのはレベルデザインだ。本作におけるレベルは大抵、建築物を中心に立体に作られており、一種のオープンワールドのように自由に潜入ルートを構築することが出来る。

また主人公が使う武器も色々と用意されていて、基本的に衛兵と表立って戦闘するとタイマンでも厳しいのだが、代わりに弓矢や棍棒による不意打ち、更にウォーターアローによって松明を消したり、モスアローで苔を撒いて足音を消すなど、そもそも「戦闘」すら介さずに進めることも可能だ。

 

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自分の身を晒してしまう厄介な松明も

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「Water Arrow」で消してしまえばこの通り

 

 

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シマーシブ・シムの魅力と共通点

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こうしたイマーシブ・シムのゲームプレイにおける魅力は主に3つある。

1つは、プレイヤーの創意工夫が試される点だ。ただまっすぐ一本道を進んで敵を殺戮するのでなく、立体的な空間からあらゆる手を尽くして敵を嬲ろうと舌舐めずり出来る自由さがある。

2つは、ゲームプレイに説得力が生まれる点だ。例えばTheifにおける「松明の灯を水の入った矢で消して暗闇に紛れる」という遊びは、自然科学に基づいて誰でも理解できる仕組みであり、これにより長い説明やチュートリアルを経ずゲームのルールを理解させることが出来る。

3つは、プレイヤーの高い没入感が得られる点だ。気に入らないNPCを射殺したり、あえて意味のないミニゲームに興じることで、プレイヤーが自分の意志が尊重されているように感じ、ゲームのストーリーにしっかりと感情移入できるようになる。

 

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このように、Immersive Simは昨今のAAA級タイトルのようにスクリプトによって強制的にゲームを進めるのでなく、あくまで、「環境」と「装置」を用意するだけで、あとはプレイヤーの創意工夫に委ねられている。

そしてこれが「海の向こうの変なゲーム」の話ではないことは、聡明な読者ならご理解頂けるだろう。そう、これらのゲーム性は『ゼルダの伝説 BotW』におけるそれと共通しているのである。

『BotW』の楽しかった思い出を振り返ってみよう。最初に簡易的なチュートリアルをクリアしたら、即座に広大なハイラルの地に放り出され、自由に冒険できた記憶だ。無数の祠を訪れるも、美しい風景に見惚れるも、犬と戯れるも、何しても自由だった。

そして自由でありながらも、自分の創意工夫を試すための道具が豊富に存在する。リモコンバクダンで寝ぼけた敵を吹き飛ばしたり、ビタロックで自分毎オブジェクトを吹き飛ばしたり、プレイヤーが無限に試せる装置がある。

プレイヤーが蹂躙するための「環境」と、プレイヤーに蹂躙させるための「装置」、これらの複合的な摩擦により発生するプレイヤーの創意工夫。

これこそ、Immersive Simと『ゼルダの伝説 BotW』における共通点だ。

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自分の盾を使ってスノボーするなんて誰が考える?(viaゼルダの伝説 : ドンキーブレス)

 

『BotW』は最後まで文句なく磨き上げられており、いつか残念なことにならないか不安視するプレイヤーに希望を与えた。だがそれは、『Ultima: Underworld』からの分岐点だった。過去から愛されし無数のPCゲームが、バグと挫折から自分たちの夢物語を見上げていた。

Breath of the Wild shows Nintendo is learning from PC games • Eurogamer.net

Eurogamerもこの共通点を指摘しながらも、それらが過去達成できなかった水準に『BotW』が到達したことで、本作を絶賛している。

 

『Deus Ex』のようなゲームをプレイしている時、僕は「どうして皆こういうゲームを作らないんだ?」って疑問に思ってたよ。だけど今は違う。『ゼルダ』を始めとした僕らが好きだったタイプのゲームが評価されている。つまり想像以上にマニアなゲーマーが存在していて、また『ゼルダ』をきっかけに『Underworld Ascendant』みたいなゲームの魅力に気付いた人も増えたってことだ。

Warren Spector sees Zelda: Breath of the Wild as a “validation” of games like Deus Ex | PCGamesN

海外で熱烈な評価を受けたイマーシブ・シムである『Deus Ex』の開発者の一人、Warren Spectorも『BotW』を高く評価しつつ、同時にイマーシブ・シムの価値も再評価している。

 

一方、残念なことにかつてイマーシブ・シムの評価は高いものと言えなかった。『Theif』や『System Shock』はマニアからは熱狂的な支持を得ていたが、世間的な評価は高いものと言えず、売上も芳しいものではなかった。

その理由はいくつか考えられるが、まず当初(2000年前後)のマシンスペックでは再現が難しい点やバグが多かった点、自由だが誘導が少なく遊び方がわかり辛かった点、表現が地味で薄暗い点等が挙げられる。

興味深いことに、こうした欠点の殆どを『BotW』は解消している。Switchという手頃なハードで冒険を実現しつつ、バグはほぼなく、子供でも遊べるシンプルかつわかりやすいUI、艶やかなハイラルの土地で窮屈さを感じさせない等、従来イマーシブ・シムの欠点を見事克服しているのだ。

 

加えて『BotW』では、雨が降れば焚き火が消え、水たまりが出来、足が滑るようになるといった、「イマーシブ・シム」ならではの自由ながら合理的なルール作りを、広大なオープンワールドで実現したのも大きい。

ただでさえ複雑に絡み合ったイマーシブ・シムやルールを、技術的にもゲームデザイン的にも桁違いのスケールで実現し、昇華させた。だからこそ、『BotW』は唯一無二の傑作として評価されているのだ。

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世界観と打って変わって極めて現代的なUI。最も尊いのは機能美である。

 

今後のイマーシブ・シムの在り方

同時に、『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』が行った様々な試みはそこに留まっているわけではない点も抑えたい。

立体的なマップで自由かつ独創的なゲームプレイを促す試みは、過去には先述した名作たちが20年も前に画期的な手法を編み出していた。

また、今でも『Dishonored 2』、『Prey』、『HITMAN』など、イマーシブ・シムの魂を受け継いだ作品は多数発売されている。だがこれらの知名度は未だに日本では低いままだ。

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HITMAN

 

別にどちらか優劣を付けたいわけでない。ただ、『BotW』にハマったプレイヤーには是非これらの作品も試す価値はあると保証しよう。

無論それぞれの作品は別の魅力があるが、何にせよ祠でズルしてクリアしようとしたり、ゴブリンを散々に嬲り殺そうとした、悪辣極まりないプレイヤー諸君ならきっと気に入ってくれる作品ばかりだ。

そして恐らく、『ゼルダBotW』で発揮されたゲームデザインは、今後のゲーム開発者に強烈なインスピレーションを与え、その美点を継承する作品が産まれてくることも待望できるだろう。今から楽しみで仕方ない。

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