世界中でハードウェアベンチャーの台頭を可能にした技術と、向き合うべき課題

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製造業やメーカーというと、多くの人が著名な大企業を思い浮かべることでしょう。しかし、最近はハードウェアを開発・販売するベンチャーやスタートアップが増えています。そうしたハードウェアベンチャーの製品は、大手メーカーでの取り扱いが難しいニッチでマイナーなアイテムから、最先端のテクノロジーを取り入れたイノベーティブなガジェットまで、ありとあらゆるジャンルの製品があります。

さらに、ハードウェアベンチャーが盛んな地域はスタートアップが集まるアメリカのシリコンバレーだけではありません。「世界の工場」としての地位を確立しつつある中国・深セン、近年スタートアップの支援に力を入れているフランス、そして「ものづくり」の実績に長けている日本など、世界中に広がっているのです。

なぜ、近年になってハードウェアベンチャーが急激に台頭したのか──その背景には、世界的なIoTブームによる環境の整備、メイカームーブメントと3Dプリンターの出現によるデジタルファブリケーションの拡大、製造業の「多品種少量生産」への対応、資金調達方法の多様化など、いくつもの要因が考えられます。そうした中から、今回はいくつかのキーワードを軸に、その流れを追ってみましょう。

オープンソースハードウェアで開発し、クラウドファンディングで資金調達

「ベンチャー」「スタートアップ」という言葉からは、インターネット上で利用するサービスやスマートフォンアプリなど、ソフトウェア開発をビジネスの中心とする企業を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。インターネットやスマートフォンの普及を背景に、これらのビジネスは巨大な市場へと成長しました。かつては、サーバや回線といったインフラへの投資もビジネスを拡大する上では不可欠でしたが、クラウドの普及によって、開発初期では費用を抑え、サービスがスケールしたら調達の幅を増やすなど、柔軟に対応できるようにもなりました。

このため、Webサービスやスマートフォンアプリの開発においては、小さい形でビジネスを始める「スモールスタート」でリスクを抑えることが可能になりました。そして、もし成功した際には利益は莫大(ばくだい)なものとなります。こうした環境や市場の変化によって、Webサービスやアプリの市場においては起業が活発になりました。

それに対し、ハードウェアの場合は、開発や製造のためには、ある程度まとまった資金が必要となります。その資金を使って作った製品をできるだけ多く売るためには、流通チャネルに乗せて多くの小売店に仕入れてもらうことに加え、消費者に認知してもらうマーケティング活動も必要です。このため、ソフトウェア開発と比較すると、初期投資が大きくなる分だけリスクも大きくなり、安易な起業へとつながりにくいのは想像できるでしょう。「メーカー」「製造業」という言葉からは、どうしても大企業を連想しがちです。

そんな中、ハードウェアベンチャーの立ち上げから製品発売まで、成功モデルの一つを築き上げた企業があります。カナダ人の大学生だったミンコフスキー氏が創業したハードウェアベンチャー「Pebble」は、スマートウォッチを開発、販売していた会社です。彼は、オランダ留学中に自転車に乗りながらスマートフォンを操作する人を多く見かけたことがきっかけで、スマートフォンと連携してメールや電話の着信を通知するデバイスを思いつきました。そして、あり合わせの材料と小型マイコン「Arduino」で開発し、その試作品を基にクラウドファンディングサイト「Kickstarter」で資金を募り、2012年、資金調達に成功しました。

Arduinoは、もともとは教育用に開発された小型のマイコンボードで、シンプルなハードウェア構造によってさまざまな機器の制御が簡単にできます。もう一つのArduinoの大きな特長は、オープンソースハードウェアであることです。つまり、ハードウェアの仕様や設計図、さらにはソフトウェア開発環境が全てフリーなライセンスで公開されており、一定の条件のもとで自由に利用できるのです。このため、PebbleのようにArduinoをベースとした製品開発も盛んに行われるようになっています。

その後、Pebbleはウェアラブルデバイス企業「Fitbit」によって買収され(2016年11月)、Pebbleオリジナルのスマートウォッチは惜しまれながらも販売中止となってしまいました。しかし、会社自体は消滅したものの、Pebbleが示したArduinoを使ったガジェット開発、クラウドファンディングによる資金調達というハードウェアベンチャーのモデルは、その後に続く企業の良き手本となったのです。

ハードウェアベンチャーにとって最大の壁である「量産」をEMSでクリアする

日本におけるハードウェアベンチャーの代表的な存在が、Cerevo(セレボ)です。創業者の岩佐琢磨氏はパナソニックの社員でしたが、従来の家電作りから脱却するため2007年12月に独立し、Cerevoを立ち上げ。2009年、無線LAN経由でクラウド上に写真を保存でき、カメラ単体でライブストリーミングが可能になるデジタルカメラ「CEREVO CAM」を発売したことを皮切りに、ライブストリーミング用の機材、スポーツ用品や玩具をIoT化したガジェット、アニメに登場するキャラクターやアイテムを具体化したものなど、多くの製品を世に送り出しています。

Cerevoの製品の多くは、開発を日本で行い、製造は中国のEMS(電子機器製造受託サービス。Electronics Manufacturing Serviceの略)と呼ばれる事業者に委託しています。さらに、世界中で販売されている製品も多くあり、2017年3月には販売地域が60カ国を越えました。岩佐氏は2018年4月にCerevoを離れ、古巣であるパナソニック傘下の新会社「Shiftall(シフトール)」の社長に就任して、新たなIoT家電の開発に従事するとのことです。

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株式会社Shiftall トップページ

ハードウェアベンチャーに限らず、製造業全般においてもっとも高いハードルとなるのは量産です。誤解を恐れずに言えば、ガジェット開発においてアイデアを具体化する作業は、エンジニア個人の努力や技術力で解決できることも少なくありません。一方で、製品の量産は、試作品の開発や組立とはまったく別物。まとまった数のハードウェア製造には、独自のノウハウがあり、それこそが製造業におけるコア・コンピタンスでもあります。

そこでハードウェアベンチャーの強い味方となるのが、EMSです。もとは大手メーカーの下請けや部品工場だった事業所が、EMSとしてより高度な生産体制を築き、部品の調達から設計、さらには配送など、ハードウェアの製造におけるさまざまな工程に対応することで、製造業に必要な機能をほぼ全て備えるようになりました。

EMSとして有名な会社には、iPhoneやiPadなどApple社製品の製造で知られるフォックスコン・テクノロジー・グループ(台湾の鴻海精密工業を中核とする企業グループ)があります。世界でも最大手で、拠点を中国に置いています。中国の深センには、フォックスコンをはじめとする数多くのEMSや関連産業が集まっており、このエリアで作れないものはないとまでいわれています。

かつてEMSは、委託元からの設計図や指示に従って製造するスタンスを固持し、その結果「製品がうまく組み立てられない」「不良品が増加する」といったことも起こっていました。しかし近年は、EMS同士の競争が激化していることに加え、深センでスタートアップ支援のためのシステムが急激に整ってきたことから、EMS側がハードウェアベンチャーに対して営業を掛けたり、積極的に修正の提案やアドバイスをしたりすることも多いといいます。

例えば、あるハードウェアベンチャーが新製品のクラウドファンディングを始めたところ、中国のEMS事業者から「うちに製造をさせてほしい」という売り込みがあったそうです。さらには、EMS自身がデザインや企画部門も備え、メーカーと遜色のない体制を作っています。「こんなスペックとデザインで」とリクエストを出せば、設計から部品調達、製造、そして納品までほぼノンストップで行ってくれるEMSもあります。ここまでくると、EMSとはいってもODM(委託側のブランドで製品のデザイン、設計、生産をすること。Original Design Manufacturingの略)やOEM(委託側のブランドで製品を生産すること。Original Equipment Manufacturingの略)とほとんど変わらず、立派なメーカーであるといってもいいのかもしれません。

大企業もベンチャーも等しく責任を負う「消費者保護」

ハードウェアベンチャーの場合、製品の生産を外部に委託するため、仕様などが当初の予定とは異なってしまうことがあります。その原因として、発注の際の指示や生産工場のミスによるものだけではなく、EMSがコストや工数の削減のために勝手な判断で変更しているケースが見受けられます。

しかし、原因はどうあれ、消費者保護への取り組みについては、大企業であろうとベンチャー企業であろうと平等に責任が問われることになります。そのための製品交換や修理、返金などの措置は、ベンチャー企業にとっては大きな負担になり、経営そのものが傾くことにもつながります。

ハードウェアの製造には大きな責任が生じます。ハードウェアは消費者にとって物理的に近い場所にあり、電気を利用したり、電波や音など周辺への影響も与え得る機能を備えていたりするものです。身体や生命の安全にも大きく関わります。特にガジェットにはリチウムイオンバッテリーを内蔵しているケースが多く、設計時点での不備や消費者の使い方によって発熱や発火などの深刻なトラブルが引き起こされる可能性があります。仮にトラブルが起きてしまった際に対応できる体制の整備も欠かせません。

デザインに優れたBluetoothスピーカーや活動量計を開発したハードウェアベンチャーのJowboneは、日本でも人気を得ていました。しかし、後発の競合製品が増えたこと、不良品が多くそのサポートにコストが掛かったことから業績が悪化し、2017年には経営破綻してしまいました。

また、日本の例では、オリジナルのデザインでさまざまなアイテムをラインナップしている、UPQ(アップ・キュー)という家電ベンチャー企業があります。UPQの4Kテレビ『Q-displa』シリーズ3種が当初うたっていた仕様を満たさないまま販売されていたことから、消費者庁は2018年3月、UPQとUPQのODM製品を販売していたDMM.makeに対して景品表示法違反(優良誤認)で措置命令を出し、再発防止を求めました。

「コピーされ放題」に打ち勝てる、製品ならではの付加価値が必要

ベンチャーに限らず、ハードウェアビジネスにとって大きな課題となるのが、コピー製品や模倣商品です。特徴のある製品ほどまねされやすく、あっという間に類似品が市場に出回ります。例えば、アクションカムというジャンルを作り出したGoProもその一つ。GoProは、スポーツやアウトドア活動を記録するという用途に特化したことで、従来のビデオカメラやデジカメとは違うニーズをつかみ、一躍人気製品へと駆け上がりました。しかし、機能としてはシンプルで部品も汎用的なものが多かったため、たちまち模倣品が市場にあふれました。通販サイトなどで検索すると、GoProと良く似たスタイルの安価な模倣品が山ほどヒットします。このような状況や、新製品の出荷遅れなどが重なった結果、GoProの業績は悪化し、株価も低迷してしまっています(2018年4月現在)。

インターネットを介して情報が一瞬で世界中に広まるようになった結果、新製品が出たり、ある製品の人気が急上昇したりすると、そのニュースもあっという間に世界へ伝わります。そのため、ハードウェアベンチャーがプロトタイプを基にクラウドファンディングを始めたところ、本物が出荷される前にコピー品が出回っていたということもあったそうです。

もちろん、著作権や特許などに関わる法律を駆使してコピー品に対抗することはできます。しかし、国内だけならまだしも、世界中で裁判を起こして対抗するのは、資金や時間の面からも現実的ではありません。コピー品に対抗するには、単なるハードウェアの利便性だけで市場に出るのではなく、他のサービスなどと組み合わせ、簡単にはコピーできない製品企画にしていくことが必要となってきます。

例えば、今注目されているハードウェアにスマートスピーカーがあります。Amazon EchoやGoogle Homeは、いずれもハードウェアとしては単純な構造ですが、その機能を便利に使うためにはクラウド上のサービスと連携が不可欠です。

スマートスピーカーの場合は、AmazonもGoogleもクラウドやAI(人工知能)に莫大な投資を続けてきた企業だからこそ製品化に至ったという側面はあります。しかし、AI技術を利用する製品の開発や改善には、大量のデータが不可欠です。そのため、いち早く市場に投入してデータを集めることができれば、製品そのものをより向上させ、競合製品に先んじることができます。

ハードウェアベンチャーでも、独自のアイデアをさまざまな技術の組み合わせで形にするという製品作りだけではなく、競合が現れても負けないような企画立案や、競合が参入しにくい市場を開拓するといった戦略が必要になってきています。世界で生まれ続けるハードウェアベンチャーは、新たな技術の登場を製品という形で具現化するだけでなく、イノベーションそのものも加速させているといえるでしょう。

執筆者プロフィール

青山 祐輔(あおやま・ゆうすけ)

青山祐輔

ITジャーナリスト。インプレスにて「Impress Watch」「月刊iNTERNET magazine」などの編集記者、リクルート「R25」のウェブディレクターなどを経て独立。現在は主に、AIによる社会のデジタルトランスフォーメーションと、メイカームーブメントによる企業のイノベーションの現場を追いかけている。 B.M.Factory – Nothing but a text.