2016年08月16日

『今日より明日へ〔19〕』からの抜き書き(3)

・昭和63年(1988年) 10月9、10日
・アイトマートフ氏との対談、および創大滝山友光の集い
・東京聖教新聞社、および創価大学



今回はソ連の文学者、アイトマートフ氏との対談と、それを期に創大生へ送られたメッセージとなっている。
もちろんメッセージの内容は、文学なかんずくアイトマートフ氏の作品とその人間性についてである。


対談ないしメッセージを読むさい、どこに気を付けていけばいいのか? とわたしはこれまで幾度も考えてきた。
しかし今ではある程度の指標はできている。
それは、誰の言葉であれ、紹介された言葉には、師の思いが必ず含まれているという見方だ。

これは先生の言葉、これは対談者の言葉、これは作品の中に書かれている言葉と、立て分けて考える必要はあるのだが、きちんと読める知性をもった人なら、実はそうした立て分けは必要ないと思っている。
その理由を簡単には説明できないが、要は文章に込められた「意」を拝していけば、誰がどうのではなく、人間の心の奥底にある真理・真実を読みとれると思っているからだ。
ただしそこには、感情の面での共感と、理性的な共感が伴っているべきであるとも思っている。

わたしのこうした感覚は、僭越ながら「師弟」のありかたそのものだと思っている。
なぜかなら、この「知」「情」「意」の共感こそ、個人間にある差異を乗りこえる術だと感じているからだ。


これは何もわたしの私見であるだけではない。
だから、先生もそのようなことを仰られている。

(アイトマートフ氏の)御著作の内容、また来日後の発言などを興味深く読んだ。作品には鋭き『知性』があり、温かい『感情』があり、不屈の『意思』があった。また信ずる正義を堅持して、まっすぐ戦っていこうという人間性の息吹があった。
――と。

『知性』『感情』『意思』、この三つの言葉にある文字を取りだして並べてみるがよい。
「知」「情」「意」になるではないか。

つまり、「知」「情」「意」に調和がとれているならば、人間というものは、個人間にある差異を乗りこえて完璧に共鳴しあえるものだといっているわけです。
そして、われわれ信心するものの立場からすれば、それはかくいうべくもなく、唱題行による訓練が調和と共鳴を生む土台であことになる。

このことをアイトマートフ氏は別のいいかたで語られている。

それぞれの偉大な人格が、別々の場所にあって、同じものを志向していくのは、単なる偶然ではない。それは、哲学的にして現実主義の深い洞察に基づいたものであり、歴史観の上から行きついた結論が一致しているがゆえである。
――と。

抜き書きした部分で、両者の語った本質は同じなのですよ。
このように、文面では違ったかたちであっても、本質で共鳴しあえるのがすなわち「師弟」であり、人間の本性による響き合いだとわたしは確信している。

先生が仰っている師弟論とは、世にいう師匠と弟子という上下のあるものではないのである。
だがしかし、こんなことをいってるわたしの言葉は私見にしか見えないのでしょうがね。
しかしきちんと学べば、釈尊の時代から仏法の師弟はそういうものだったとわかるはずですよ。

それが最もよく現れているのが、釈尊入滅のときの挿話だろう。

阿難「お師匠様、わたしは師であるあなたを亡くしてしまったら、何を頼りに生きていけばいいのですか?」
釈尊「阿難、なにを今さらいってるんだい? 散々これまで教えてきたじゃないか。わたしの中にもある、お前の中にもある『法』を頼りに生きていけばいいのだよ。その『法』はべつにわたしが生きていようと死んで土に還ろうと、厳然と存在しているではないか」
阿難「それは頭ではわかっているのですが……」
釈尊「ならば、修行を完成させなさい。理(知)だけでなく、感(情)と、心(意)とを伴い、あらゆる面から『法』を見抜いていける自分になりなさい」
阿難「わかりました師匠。もう淋しがるのはやめることにします」
釈尊「善きかな、善きかな。阿難、お前の中にある『法』にしたがってさえいれば、わたしの知も情も意もまたお前の心に映ずることだろう」


ようするに、あらゆる面ですべては「空(縁起)」であるということを知り尽くしてしまうのが成仏ということなのだが、なかなか理解や納得は難しいんでしょうね。このことはきちんと『やさしい生命哲学(第三文明社)』にもはっきり書かれてますけどね。

すべては「空」であるのだから、「知」「情」「意」も、知ってしまえばいかようにでもいい換えられる。
空とは――
「空」「仮」「中」であるとも、また
「真理」「智慧」「慈悲」であるとも、また
「美(真)」「善」「利」であるとも、また、
「如是相」「如是性」「如是体」であるとも、また、
「法身」「報身」「応身」であるとも、また、
「法身」「般若」「解脱」でるとも、また
「主」「師」「親」であるとも、また、
「はたらかず」「つくろわず」「もとのまま」であるとも、また、
「知」「情」「意」であるとも、また
「氷」「蒸気」「水」であるとも……などなど。

だがしかし、教条主義の人などは、いちいち細部にこだわり、こういう見方が全くといっていいくらい出来ないわけだ。可哀想なことだとわたしは思っている。

そしてこの「空」を体得しているものは、もはや宗教の枠さえ乗り越える。
アイトマートフ氏の言葉に、はっきりそのことが顕れている。

「神はわれわれ人間の中にいらっしゃり、人間の意識を通して人間に働きかけられるんだ」
「何百年来の硬直化した旧体制を克服し、教条主義から自由になり、神を自己存在の最高の本質として認識することによって人間精神に自由を与えること」

――と。

ようするにこのことを認識でき、体得感得した人こそが「魂の自由」を獲得した人間王者であり、人間の本性に生ききっている人を、人間主義の人というわけだ。

アイトマートフ氏の言葉をわれわれの信心におきかえれば、こうなるだろう。

「仏はわれわれ人間の中にいらっしゃり、人間の意識・無意識の垣根なく人間に働きかけるんだ」
「何百年来の硬直化した旧体制を克服し、教条主義から自由になり、南無妙法蓮華経を自己存在の最高の本質として認識することによって人間精神に自由を与えること」

――とね。

残念なことだが、またこれは「べき論」ではあるが、仏法を受持していながらこうしたことを学ばず、「法」を基とするのではなく、個人的な料簡でものを見て、考えて行動している人は、外道以下である。
そんな仏法者より、宗派としては外道の範囲に入る信仰者であっても、自分の中にある「法」に従い、現実のうえで社会に貢献しているなら、立派なものなのだ。
われわれの一般論からすれば、邪宗と呼ばれるものでも、一途に社会貢献している行動があれば、政治権力と結託し、媚びを売っているような今の創価執行部より、よほど立派なわけですよ。

なぜかなら、まず社会が平和であってこそ、折伏ができるからです。
まず平和を建設する。それが広宣流布の大前提だからです。
それなのに戦争法を推し進めることに手をかし、広宣流布を妨げてきたのが、執行部派だ。
まず社会が平和であってこそ、折伏ができるるというのは、『立正安国論』にちゃんとありますから、学んでみればいいんじゃないですか。
また、内道であっても心の内容如何によっては外道以下であるということは、『観心本尊抄』にきちんとそうありますから、学んでみたらどうですか。


世界の平和と一切衆生の幸福のために。

平和と幸福、どっちが先に書いてあるか考えてみるがいい。
小さな自己の幸福を求める信心をしていても、広宣流布は進まないんじゃないですか?

わたしはまず何よりも、
平和を祈る!――。

それはまた、「不戦への誓い」でもある。

一般の方でさえ、こうした思考ができてる。立派なことだと思う。
他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしないとは、
まず、こういう思考ができる自分になることからはじめるべきではないだろうか。

そしてまた、戦争と貧困は他人事ではない。
今後日本はこうした場所に武器を売って、国内ではそれで得た利益で、安穏で富裕な社会を目指そうとしている。他人事ではないのである。
信用のない国には売りません。売った先はきちんとわかるので大丈夫です。それが政府のいい草。
だが、その武器が転売された先まではトレースもしないしできないというシステムになっている。
いやそれ以前に、これまで紛争国各地では、「日本車」に銃を乗せて軽装甲車として使われてきたケースなど、ごくありふれた景色なんですがね。

だから少なくともわたしは、他人の不幸の上に幸福を築いて、平然としていたくないのだ!

ちなみに、南スーダンの状況は今も不安定だが、国連としては武器輸出禁止措置を取ろうとしたのだが、ロシアなどの反対をうけて、その措置は実現できていない。
国連は苦肉の策として、人権確保のために警備力(動員兵力)をあげると決めたそうだ。
これじゃあ焼け石に水……。武器を売っておきながら、紛争を止めようとかね……。

こうしたことが地球上でまかりとおっているわけです。

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