理系頭巾の知見

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【ネタバレ有】映画『リズと青い鳥』感想。90分間息の詰まる濃密な百合。彼女にとっての私はリズ?

はじめに 

 上映後のとてつもない虚脱感から何とか脱し映画館から自宅までの道を自転車で爆走、頭の中を駆け巡る印象的なシーン達が薄れてしまわないうちに書くぞ!と思いスーパーで買った半額弁当にも手を着けず勢いのまま感想をまとめようとしています。
 見てきましたよ京都アニメーション制作映画『リズと青い鳥』。良い映画でした。一概に「良い映画」といっても色々ありますが今作は「簡単に人には勧めたくない」良い映画って感じです。もし大手を振って人に勧められる作品なら「もう絶対見るべき!2018年最高傑作や!」みたいな煽りでブログタイトルを決めていたかもしれません。ド派手なアクションシーンやどんでん返しのストーリーがある映画ではなくシーン一つ一つに含まれている登場人物の感情の機微がとても上手に表現された、上演後に残る繊細な雰囲気の流れを単純な言葉で簡単に人と共有するのが憚られるような映画でした。

あらすじ

 本作はTVアニメ『響け!ユーフォニアム』の続編且つ外伝的作品です。地上波で放送されていた同作に登場する「鎧塚みぞれ」(以下みぞれ)と「傘木希美」(以下希美)にスポットを当て、学年が一つ上がった北宇治高校吹奏楽部を舞台に繰り広げられる女子高生同士の心のすれ違いが描かれています。様々な行為を通して表現される感情の動きが最後には楽器の音色となり、彼女達の関係性が少しずつ決定的に変化していきます。
 前述した通りこの映画はTVアニメの続編なのですがタイトルに同作の名前は含まれていません。そのため僕は「全然関係ない話なのかな?」とも思っていたのですが、内容はTVアニメを踏まえた作りになっていました。そのためもし観に行くのなら『響け!ユーフォニアム(1期)』と『響け!ユーフォニアム2(2期)』を観てから行くことをお勧めします。2期の放送から結構時間も経っていますし、両方既に観たという場合でももう一度2期を復習したうえで観ると映画の内容がより濃密に感じられると思います。また映画のタイトルが『リズと青い鳥』のみで『響け!〜』が含まれていない理由は物語の骨子となる要素として「リズと青い鳥」が非常に重要な位置を占めているからです。同タイトルの絵本がストーリーの基軸を構成しているので映画としてのタイトルはそれだけで十分なんですね。
 作中に登場する絵本「リズと青い鳥」のあらすじはこんな感じです。自然豊かな湖のほとり、動物たちと触れ合いながら暮らしているリズの元に現れる青い髪の少女。倒れていた彼女を介抱したリズは彼女と一緒に暮らし始めるのですが、青髪の少女の正体は一羽の鳥でした。互いにとって特別な存在になりながらも、リズはいつまでも一緒にいたいという想いを抑え翼をもつ彼女との別れを決意します。束縛するエゴの愛ではなく互いを尊重し相手の未来を想えばこそ手放さなくてはいけない愛。読者に幸福な関係の在り方とは何かを問いかけます。
 映画『リズと青い鳥』は物語冒頭でこの話が紹介され、「リズ」と「青い鳥」の関係の変化をなぞるように「鎧塚みぞれ」と「傘木希美」の関係性も変化していく構成になっています。

物語序盤 リズ=鎧塚みぞれ 青い鳥=傘木希美

 内気なみぞれにとって希美は吹奏楽を始めるキッカケになった人物であり、唯一心を開いて話すことができる存在です。裏表がなく快活な希美の周りにはいつも自分以外の友人が沢山いる。彼女にとっての自分と私にとっての彼女が互いの心に占める割合は大きく違うのかもしれない。それでも私という存在を支えるただ一人の友人としてみぞれは希美を静かに慕っています。
 物語冒頭に希美の後をついて歩くみぞれは彼女から青い鳥の羽をもらいます。それをまるで彼女の一部かのように大事にする姿からは「リズ=鎧塚みぞれ 青い鳥=傘木希美」という分かりやすい関係が印象づけられます。常に私を先導し自由に大空を羽ばたく鳥の様に躍動する彼女。そんな彼女に惹かれながらも「リズと青い鳥」において自ら鳥を羽ばたかせたリズの心情をどうしても理解することができず、彼女以外の同級生との積極的な交流を閉ざし自分の世界に希美だけを認めるみぞれ。
 序盤はひたすら鎧塚みぞれ(リズ)にとっての傘木希美(青い鳥)の姿や互いの距離感が丁寧に描写されます。廊下を歩く姿や練習中の仕草。どれも何気ない動作ですが鎧塚みぞれ(リズ)視点で描かれた「揺れる」世界(視界)は言葉より雄弁に彼女の想いを語ります。ビー玉のように美しく輝き立体感をもつ瞳は京都アニメーションならでは。肩を撫でるようにそよぐ髪。みぞれの世界に希美以外の声はなく、静かな時間が過ぎていきます。
 それと並行して描写される絵本「リズと青い鳥」の世界。彩り豊かな童謡がその美しさを保ちながら生き生きと動く様は見惚れる程に素晴らしく、息を呑んでしまいます。

物語中盤

 映画本編において「リズと青い鳥」は同名の絵本としてだけでなく、コンクールで演奏する楽曲の一つとしても登場します。そしてそのソロパートはなんと鎧塚みぞれ(オーボエ)と傘木希美(フルート)の掛け合い。あまりに露骨な設定ですが共依存に近くそれでいて互いに正直な気持ちを簡単には出さない2人の関係性を大きく変えるためには必要不可欠なキッカケだったのでしょう。この楽曲と向き合うことが互いの気持ちに向き合うことに繋がり、高校3年生という進路の岐路での2人の決断をも揺るがすことになります。  絵本でのリズの決断が理解できず、特別な存在こそいつも近くにいてほしいと思うみぞれ。淡々とソロパートをこなしますが聴く人にはその気持ちが丸わかりのようで、教師陣から表現に具体性がないことを指摘されます。しかしみぞれにとっては演奏表現よりも希美の方が重要なんですよね。彼女を遠い場所に放つような課題曲にいまいち乗り気になれない状態が続きます。
 そんな中ある転機が訪れます。吹奏楽部顧問の新山先生がみぞれに音大受験を勧めたのです。TVアニメを観た限りではあまり印象に残っていませんでしたが、オーボエ奏者としての彼女の腕は音大を勧められるほどのものだったんですね。行動のベースが希美の存在に依存しているみぞれはその場で明確な回答をせず、大学のパンフレットだけを受け取りました。ここから「リズ=鎧塚みぞれ 青い鳥=傘木希美」という関係が少しずつ変化していきます。みぞれが受け取ったパンフレットを見て音大受験に向けた意思をそれとなく示す希美。それを受け今まで同様彼女に追随するみぞれ。「希美が受けるなら私も受ける」。進路に関してみぞれは元々希美の意向を待っていたのかもしれません。

物語終盤 リズ=傘木希美 青い鳥=鎧塚みぞれ

 音大受験が決まりみぞれの青い鳥が離れていくこともなくなった結果、彼女にとってリズの行為は益々理解から離れたものになりました。そんな彼女を危惧してか新山先生はみぞれにリズの行為の真意を問いかけます。ここらへんのやり取りは非常に簡潔であまり印象に残っていません。何か行動を通してリズの真意を理解するのではなく、台詞のやりとりで彼女に気づかせる流れが作られています。本作で唯一個人的に残念な点はここでしょうか。しかし映画全体を通した雰囲気を考慮すると仕方ないようにも思われ、なんとも言えません。本作で重要なことは過程よりも結果なので、みぞれが真意に気づく過程に時間を割くことは不合理だと判断されたのかもしれませんね。青い鳥を放ったリズの気持ち──相手を尊重しているからこそ立場の違いを考え別れを決断した互いの幸福を想う願い──を理解したみぞれが練習の場で披露した演奏は同級生のみならず顧問すら驚嘆させるものになりました。一方心穏やかでないのは希美です。ソロパートの掛け合いにおいてみぞれと比較されざるを得ない彼女の演奏。周囲に絶賛されるみぞれを見て心に抱く嫉妬や劣等感。「今まで演奏技術で劣る私に合わせて演奏していたの?」。リズの真意を理解したみぞれはいつの間にか希美にとっての青い鳥になっていました。音大という空へその才能の翼で羽ばたいてくみぞれに着いていく翼を私は持ち合わせているのか? 物語における人物の関係性が「リズ=傘木希美 青い鳥=鎧塚みぞれ」という新しいものになった瞬間でした。見せられていた世界がみぞれを通したものであったため、彼女が元々青い鳥であったことに観客がようやく気付かされた瞬間ともいえます。自身が誘い自身の存在が当人のモチベーションでありあくまで彼女は私の元で楽器を吹いている⋯⋯希美が抱いた劣等感は無自覚のうちに抱いていたみぞれに対するそんな気持ちが根底にあるように思われます。作中において希美は何度かリズと青い鳥の登場人物が自分たちに似ているということを口にしていました。彼女にとってのリズは果たして本当にみぞれだったのでしょうか。もしみぞれの才能の一端に気づくこともなく自身が青い鳥であると思い続けていたのなら⋯⋯。
 希美は音大受験を辞めることをみぞれに伝えます。当然戸惑うみぞれ。「希美がいたから楽器を続けた。希美がいたから⋯⋯」。あぁ、この子はあくまでまだ自分をリズだと思っているのだ。一体私はこの子に何をしてあげられたのだろう。吹奏楽には誘った。誘ったけれど高校で一度彼女を裏切った。それでも彼女は私を待っていた。私がこの子に与えたものは期待といくつかのキッカケに過ぎない。そしてこの子はもうリズではなく青い鳥なのだ。私は彼女の羽ばたきを妨げる足枷になりかねない⋯⋯。いつの間にか互いの立場が変わってしまっていたことを知る2人。希美はみぞれの想いを全て受け入れますが、半ば強引にその場を去っていくのでした。物語終盤に希美は何回か「フツー」という言葉を口にします。「私は音大じゃなくて、フツーの大学に行ったほうがいいんじゃないか」「私はフツーだから⋯⋯」。自身がリズであることを受け入れることは苦しく、その苦しみをすぐに整理できるほど彼女は大人ではありません。「響け!ユーフォニアム」の根底にある青春の残酷さ。相手を大事に想う一方でその才能に嫉妬せずにはいられない。本作はみぞれを主人公に据えて描かれていますが、実際に深く懊悩し別れの決断を迫られている人物は希美です。本編終盤暮れなずむ図書室の勉強机でセンター試験の勉強に勤しむ希美の後ろ姿は現実を受け入れ成長した様であり少し悲しげでもあり、青春の一幕の終わりとして印象づけられます。希美との進路上の別れを受け入れたみぞれは今まで同様一人での練習に専念していますが確実に昨日までの"一人"とは違う"一人"であり、それでいて彼女もまた希美同様強く成長した高校3年生なのでした。
 ラストシーンで2人は物語冒頭同様仲良く帰路につきます。少し関係性が変化した2人でも、互いにとって特別な存在であることに変わりません。最後に希美が見せた表情はおそらく彼女なりの「ハッピーエンド」、つまりとびきりの笑顔だったと思います。

おわりに

 書き続けたらとんでもない文量になってしまいました。内容を完璧に覚えているわけではないのでもしかしたら若干の齟齬があるかもしれません。許してください。ここまで書こうと思った理由として本作の魅力の一つである「分かりやすさ」が挙げられます。もっと婉曲的に分かりづらい内容にすることも可能だったと思うのですが、出来る限り無駄な要素を削り絵本のような優しい雰囲気を作り上げた京都アニメーションは本当にすごいと思います。「響け!ユーフォニアム」は完全新作をまた映画として公開するらしいですね。とても楽しみです。

リズと青い鳥

パンフ買いました。脚本家や声優陣のインタビューなど読み応えありましたよ。