ストックホルムに見た「キャッシュレス社会」の先にあるもの|高城剛「ストリートの社会学」Vol.25
高城剛 Tsuyoshi Takashiro
1964年東京都生まれ。2008 年より欧州へ拠点を移し、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に創造産業全般で活躍。新刊『不老超寿』や『21世紀の「裏」ハローワーク:人には言えないもうひとつの職業図鑑』ほか、著書多数。
ふと訪れた旅先の路上に潜む「なにか」に心の眼を凝らし、写真撮影から原稿執筆までのすべてを、自身のiPhoneで完結させる好評連載コラム第25回。急速に進むキャッシュレス化の先には、まったく想像もしなかった社会が現れる。その萌芽を、ストックホルムに見た──。
近年、スウェーデンは完全なキャッシュレス社会に向かっている。
首都ストックホルムでは堂々と「現金払いお断り」の看板を掲げている店舗も多く、現金の流通高は日本がGDP比の20%ほどなのに対し、もはやスウェーデンは、たった1.4%しかない。
街中のATMは続々と撤去され、仮に現金で支払おうと思っても、釣り銭を持ち合わせていない店舗もある。住人に聞けば、最後に現金を引き出したのは5年以上前だという人が大半だ。
クレジットカード以外にも、国内複数の銀行が共同開発した「スウィッシュ」と呼ばれるスマートフォンの現金決済システムが定着しており、子供のお小遣いから路上のホームレス支援まで、このサービスを使って送金されている。
金融機関からすれば、現金を扱うコストを抑えことができるため、物理的な空間や人材の必要がないのが、大きなメリットだろう。また、ユーザーからすれば、第一のメリットは安全性にある。個人であれば財布を持たなくてよく、店舗であればレジを置く必要がないので、強盗に遭うことがなく、犯罪率も驚くほどに低下している。
しかし、スウェーデンのキャッシュレス社会は、表層にすぎない。
日本でも電子通貨の話題が取り上げられるたびに、スウェーデンのキャッシュレス社会に注目が集まるが、この背景には、超透明化社会がある。
たとえば、スウェーデンでは個人情報をインターネットで調べると、住所や電話番号、生年月日、仕事や住んでいる不動産の価値、結婚や事実婚の有無、おおよその収入予測など、あらゆる情報が一覧で表示される。偶然、カフェで知り合った女性の名前を検索し、住所がわかると「花束を送れる広告」までが表示されるのだ。
つまり、スウェーデンのキャッシュレス社会の大前提に、「プライバシーレス」社会がある。その一環として、マネーの透明性を高めるキャッシュレスがあるのである。他の国からすれば、スウェーデンの「プライバシーレス」社会は異様に思えるが、この国の人からすれば、これが当たり前の様子で、違和感を感じている人は滅多にいない。
この「あたらしいモラル」ともいうべき超透明化社会が、キャッシュレス社会を構築しているのだ。
すべてとは言わないまでも、いままで隠していた大半を、誰もが同時にオープンにする。それによって、ネットワーク化された社会レベルを、一段階アップグレードする。
僕らは、まだネットワーク社会の入り口に立ったにすぎないと、スウェーデンで実感する。
(本コラムは毎月25日前後に更新予定です)