メキシコ湾の深海で、奇妙な姿をしたイカが発見された。新種の可能性がある。
4月17日、米海洋大気局(NOAA)の調査船オケアノス・エクスプローラーの無人探査機が、メキシコ湾西部で動画を撮影した。きわめて珍しいこのイカは、体は深い赤色で腕は短く、オウムガイそっくりの泳ぎ方をする。
「海底に暮らすかわいらしいタコは、たくさんいます」と語るのは、米コネチカット大学のイカ専門家サラ・マカナルティ氏。「でもこのイカは、色はコウモリダコみたいで、体勢がびっくりするほど奇妙。それに泳ぎ方もオウムガイそっくりです」(参考記事:「コウモリダコの穏やかなスローライフ」)
「なんじゃこりゃ、とまず思いました」と言うのは、NOAAの生物学者でイカの専門家マイク・ベッキオーネ氏。「こんなイカは今まで見たことがありません。近づこうとすると、イカは体を回し始めました」
この謎めいたイカの正体はまだわからない、とベッキオーネ氏とマカナルティ氏は語る。新種の可能性はあるものの、ベッキオーネ氏はウチワイカ(学名Discoteuthis discus)である可能性を調査中だ。
ウチワイカは、大西洋の熱帯海域で、体の一部が底引き網にかかることがある。「ウチワイカを採取するたびに、種の特定に手を焼きます。まるまる1匹を見たことも、状態の良いものも、私は見たことがありません。もしこれがウチワイカなら、生きている姿が撮影されたのは今回が初めてになります」と、同氏は話す。(参考記事:「目玉がかわいすぎる生き物、深海で見つかる」)
なぜこんな格好をしているのか?
今回はイカを採集していないため、さらなる生態は推測するしかない。なぜこんなヘンな格好をしているのか?(参考記事:「浮遊生物サルパに乗り込んだタコ、34年ぶり撮影」)
見慣れぬ探査機に驚いて、体をすくめた可能性がある。研究者の話によれば、イカがこれと似た防御姿勢をとる前例がないわけではない。だがこのイカの体勢は、群を抜いて奇妙だ。「2本の腕は折り曲げて背にぴったりと沿わせ、もう2本は下部に折り曲げ、もう2本は横に突き出しているんです」とベッキオーネ氏。
身を守ることに加え、「マリンスノー」を集めるためにこんな格好をしているのかもしれないと、マカナルティ氏は推測する。マリンスノーとは海底に降ってくるプランクトンなどの生物の死骸で、多くの深海生物はもっぱらこれを餌にしている。
腕を広げてベタベタした皮膚にマリンスノーを付着させるイカもいる。もしかするとこのイカも、腕を使ってマリンスノーを集めているのかもしれないし、泳いでいる間に体からマリンスノーがはがれ落ちるのを防いでいるのかもしれない。(参考記事:「【動画】ヤドカリを真似るイカ、魚が油断か」)
いずれにしろ、今回のイカだけでなく、今後も数多くの驚異が海洋生物学者を待ち受けているだろうと、二人の研究者は口をそろえる。「深海は生命の広大な生息スペースですが、そこに何がすんでいるのか、私たちはほとんど知りません」と、ベッキオーネ氏。「深海を調査するたびに、新発見があるのです」