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2013年1月24日 (木)

アルジェリア人質事件での「実名報道問題」Part1 ‐「信義」なきメディアに「理」なし‐

Prof300
本白水智也氏 写真は同氏のブログより


アルジェリア人質事件で、安否不明となっていた日本人全員の死亡が確認され、日本人の犠牲者は10名となった(YOMIURI ONLINE)。

この事件については、早急に事件の真相を究明することが求められるが、その本質から外れ、メディアによる犠牲者の「実名報道」が大きな問題となっている。

ことの経緯はこうだ。政府側は当初、犠牲となった日本人の氏名については、遺族や日揮関係者らに配慮し(つまり犠牲者遺族の心情を考えて)、公表を控えるとしていた。ところが、1月22日、朝日新聞は朝刊に犠牲者の実名と写真を掲載。これを受けて他のメディアも追随、実名が広く報道されることになった。特に23日のテレビ朝日『報道ステーション』では、古館キャスターが実名報道に至った経緯を説明(以下の映像)したうえで、犠牲者の方々の名前を読み上げた。





こうしたメディアの動きを受けて、政府も方針を転換せざるを得なくなり、菅義偉官房長官は今日の記者会見で、「明日、政府専用機が羽田に到着し、ご遺体が帰国後、私の記者会見で政府の責任のもとに公表する」と表明した(朝日新聞デジタル)。

上述の『報道ステーション』による報道、及び被害者などの情報開示を首相官邸に申し入れた内閣記者会(毎日jp参照)に対しては、ネットを中心に、激しい批判が浴びせられた。

一部の声を紹介すると、まずは内閣記者会に対して。「遺族宅に押し寄せて人権侵害するつもりなのか」、「遺族を晒しものにしてお涙頂戴記事を書きたいだけだろ」、「遺族へのいたわりとか、節度というものはマスコミにないのか」、「国民の関心が高いとかは余計なお世話。実名が必要な意味が分からない」(1月13日付JACSTニュース)。

『報道ステーション』に対しては、「報ステがアルジェリアの事件の犠牲者の名前を公表してる……まるで名前の公表を控えたいとした会社や政府よりも自分たちの方に正義があるとでも言いたいかのように、えらそうな前口上を述べてるのがますますもって嫌な感じだ。本当に今の報道機関は低俗だな……」、「被害者のご家族の気持ちを踏みにじるほうが卑劣じゃん!」、「報ステの『遺族がどんな感情を持とうとも信ずる通り勝手に実名報道させてもらう』という姿勢は、受け入れられないなあ」(アルジェリア人質殺害事件、実名報道に対する報道ステーションの弁明に批判殺到)。

僕は、報道においては、原則、実名報道とすべきであると考える。というのも、報道の基本的な構成要素である「5W1H」を明らかにすることは、記事の真実性に関わる部分であり、それなくして読者、または視聴者が信頼に足ると思える報道を行うことはできないからである。つまり、よく週刊誌等で見かける真偽不明の情報を安易に報道しないため、特にメディアによる情報を安易に鵜呑みにする傾向のある日本においては、重要な原則である。

しかし、それはあくまで「原則」であって、例外もある。例えば、企業の不正や違法行為を内部告発する場合や、犯罪に関連した情報を提供する場合など。このようなケースでは、情報提供者が組織内で不利益を蒙ったり、身の危険が迫る可能性があるため、匿名での報道も許容されると考える。政治報道に関するインサイダー情報の場合も、それに準じるものがある。

ただ、日本の政治報道においては、やたら「政府高官」、「自民党幹部」、「閣僚経験者」などの「匿名」が踊っている感が否めない。欧米のメディアでそのようなインサイダーからのコメントを引用する場合には、ほとんどの場合、「匿名を条件に語ってくれた」と説明があり、「実名で報道したかったが、止むを得ず匿名にした」という、真実に迫ろうという気迫が感じられるが、日本のメディアにそれはない。政治家、官僚などの要望に唯々諾々と従っているということが明々白々である。

そうしたジャーナリズムの原則を踏まえてもなお、犯罪被害者、及びその関係者に関する実名報道は、全く次元の違う問題である。というのも、彼らは通常、不幸にして事件・事故に巻き込まれた、何の落ち度もない一般市民だ。そのような人々を実名で報道するからには、本人の了解を得ることはもちろん、実名で報道することが社会的に大きな意義がある場合に限られると考える。

そのような観点から論じれば、今回のメディアによる犠牲者の実名報道、またそのご遺族に対する取材、及び報道の正当性に関して、非常に疑問を感じる。もちろんご遺族が取材、そして実名報道に同意されている場合は全く問題ない。しかしそれとても、いわゆる「メディア・スクラム」で取材対象者を圧迫することなく、細心の注意を払って然るべきだ。

朝日新聞による報道に関しては、率直に言って報道機関失格と言い切っていい。何故かといえば、決定的なことは、取材対象者である、被害者のご遺族との約束を破って報道している点だ。

犠牲者の甥にあたる本白水智也氏は自身のブログ「モトシロブログ」の「叔父を誇りに思います」という記事で、「…今朝の朝日新聞を見てガッカリしました。実名を公表しないという約束で答えた取材の内容に実名を加え、さらにフェイスブックの写真を無断で掲載しておりました。ただでさえ昨夜の発表を受け入れるのが精一杯の私たち家族にとって、こんなひどい仕打ちはありません。記者としてのモラルを疑います」と明確に朝日新聞の「裏切り」を糾弾している。また、同氏は同じブログの記事「朝日新聞の実名報道及び無許可報道に対する抗議文」において、朝日新聞の社長宛に抗議文を掲載している(詳細は本日付カジェット通信での同氏へのインタビュー参照)。

同インタビューの中での本白水氏の発言の中に、今回の問題の「肝」と言える部分がある。「私は基本的に実名報道に関しては、情報提供した人が合意しているのであれば構わないと考えています。今回私が問題にしているのは、記者が約束を反故にして情報を出したことです」。

つまり同氏が(そして僕も)問題にしているのは、メディアによる実名報道の「あるべき論」も然ることながら、朝日新聞による、ジャーナリズムとしての最低限の「信義則違反」なのだ。僕のような企業広報を担当していた人間にとっては、朝日であろうがNHKであろうが、「記者は平気で嘘をつく」という現状を十分理解している。しかし、そうした経験のない多くの皆さんにとっては、「大手メディアがこれほど簡単に約束を破るのか」と衝撃を覚えられるだろう。

記者にとって取材対象者との約束、あるいは取材源の秘匿などは、本来「絶対的」なものである。信頼関係があればこそ、情報提供者は自身が不利益を被る可能性のある事実や、本来は誰にも語りたくない事柄を話してくれるわけである。

欧米では大手メディアの記者が取材源秘匿のため、裁判所から命令を受けても決して取材源を語らず投獄されることもある。それに比べて今回の朝日新聞の「愚行」、及びそれを機にメディア・スクラムへとなだれ込んだ大手メディアの行状を見ると、日本のジャーナリズム(もしそのようなものが存在すればの話だが)がいかに瀕死の状態にあるのか、よく理解していただけるだろう。

本件に関しては、まだまだ議論しなければならないことはたくさんあるのだが、「終わりなき闘い」になるので、本日はここまでとしたい。各メディアの動向も含め、改めて近日中にレポートさせていただきたいと考えている。

最後に、共同通信元編集主幹・原寿雄氏は、「およそ公共情報の分野では、事実の報道も論評も、現実に対する批判性がなければジャーナリズムとしての機能を果たしえない」(同氏著「ジャーナリズムの思想」)と述べている。本件に当てはめれば、「政府が犠牲者の氏名を公表しないのには何か裏があるのでは」と疑問を持つことも、健全なジャーナリズムにおいては当然のことだと考える。

同時に原氏は同書で、ジャーナリズムによる批判は、法律(例えば刑法第230条の2第1項)で具体的に保障されているがゆえ、「ジャーナリストの倫理が社会一般のモラルより一段と厳しく、最高の水準でなければならない…」としている。

今回の朝日新聞の行動、及びそれに乗っかった『報道ステーション』を始めとする他のメディアが「社会一般のモラルより一段と厳しく、最高の水準」にあるかどうかは…、自明だろう。

本白水智也氏のツイッターもご参照ください。また、現在「実名報道問題」に関する大手メディアの動向をウォッチしているが、全く議論されていない。『報道ステーション』も、今のところ「スルー」するようである。

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アルジェリア人質事件に思う ‐「ジハード」など存在しない テロリストは単なる殺人者!‐

追記(2013年1月25日):本白水智也氏にツイッターを通して、本ブログでコメント等を引用させていただいた旨、ご連絡したところ、「引用ありがとうございます。記事を読ませていただきました。このように様々な立場から様々な意見を出すことが大事だと思います」とコメントをいただいた。同氏が提起している、メディアの倫理に関する問題は、読者・視聴者のメディアへの信頼性に関わる重要な問題であるので、引き続き同氏の問題提起、それに対する朝日新聞の対応をフォローしていきたいと考えている。

P.S. 『報道ステーション』の映像は、YouTubeから削除されたようです。


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コメント

Ayakikkiさん、こんばんは。「アベノミクス」の効果が出始め、お忙しくされているのかと推察しますが、いかがでしょうか?

弱者目線で「人権」を振りかざすのがメディアですが、ご指摘の通り、こと自分たちの取材活動となると、それは「例外」であり、「人権なんてどうでもいい」と考えているのでしょうね。確かに異常です。

ジャーナリストが法を犯してでも、「国民益」のため報道しなければならないケースも存在すると僕は考えます。ただ、今回の朝日新聞による「卑劣」な行動、そしてそれに相乗りしている他のメディアは、ジャーナリズムの倫理について、もう少し真剣に考えないと、必ず国民に見放されると思っています。

◇マスコミの人権侵害…?

こんにちは。久しぶりにコメントします…。

話題性の高い事件の「容疑者」に対して、しつこくコメントを求めるマスコミ取材者の画…。
よくTVで見ますよね。
当人が露骨に「迷惑だ!」と、取材拒否しているのに取材者が食い下がる画。

「あれ」って、どうなんでしょうね?
「容疑者」を「犯罪者」と決めつけている…人権侵害にはならないのでしょうか?

マスコミ人の常識って、時々「異常」に感じる事がありますね…。

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