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第15話「一人の力、人間の力」
スマイルマーケット本部の代表取締役・渡辺務と、労働組合の裁判。
人命を盾に取られた広瀬涼は、文字通り自らの命を賭した決闘裁判に挑む。
だが、公開処刑と化してしまうのをよしとしない仲間たちは、それぞれのできることで、この卑劣な罠を打ち破らんと行動を開始した。
ポインセチアで起こった立てこもり事件から数日が経過した日のこと。
広瀬涼の傷は本当に微々たるものだった。
だが、親身になってくれた一人の少年が、目の前で送られていったことは、重く、重くのしかかっていた。
「……どうすれば」
「何? りょーちゃん」
「どうすれば、こんな理不尽変えられるのかな、って」
呟く涼が見ているのはテレビだった。
人が死んだというのに、現行犯逮捕されたというのに。世界は平常通り、何事もなく動いている。
「私、嫌なんだ。何かしようとしても、何もできなかった。もっと力があればって問題じゃない……」
現に、人より力があっても、朝輝の死を変えられるものではなかった。
不用意に飛び出した自分が、朝輝を殺したようなものだ。
今更のように思えるが、自らの手が血にまみれているような気がして……はっと見た自分の両手から、目を背ける。
「……りょーちゃんに出来ること、ゆっくりでいいから探そう?」
「うん」
葬式が終わるまで、あれほど泣いて、涙も枯れ果てたはずなのに。気を抜けば、出そうで出ない状態に陥ってしまう。
震えながら、後ろからきゅっと、柔らかく抱きしめてくれる由希子の暖かさに、ただ甘えてしまうのが怖くて。
悔しさと、怖さと、無力さを。それらすべてをないまぜにして、きゅ、と両手を強く握っていた。
どうすれば、後悔しないでいいの。
どうすれば、他人を守れるの。
―――どうすれば。
Flamberge逆転凱歌 第15話 「一人の力、人間の力」
「賃金を上げろー!」
『賃金を上げろー!!』
「残業代を出せー!」
『残業代を出せー!!』
「有給を使わせろー!」
『有給を使わせろー!!』
メガホンを持った、中心となる人物一人に合わせ、民衆が唱和。
テンプレートのような言葉を並べながら、そのデモ行進は続いていた。
構成されているのは従業員や有志が多い。皆スマイルマーケットへのやり方に憤った人々ばかりなのだ。
―――と、一目で見れば思うだろう。
実際は不満に思っていても、店側に圧力を埋めたり、そもそも集まるような仕事の空きがなかなかなかったりする。
仕事を外せない人間にとっては一大事。店単位で休んで参加しようものなら、何が起こるか想像もできない。
デモに参加する従業員は、思ったよりかなり少ない。
では、それ以上の人員をどうやって確保するか。
労働組合はなけなしの予算を使い、昼食代の弁当を無償で提供する条件で参加者を募り、先導者を用意した。
つまり、このデモは少なからず、理念に興味のない人員が参加している、ということである。
自由にできない圧力を掻い潜り、可能な限り意見を通そうとするならば、取れる手段は何でも取るのが、デモのやり方であった。
綺麗な手だけを取っていれば、絶対に通用しない。
「おう、お疲れ」
「お疲れ様です」
デモの警備をしていた警察官に後ろから声がかかり、頭を下げて挨拶。
買ってきたであろう缶コーヒーを一つ手渡し、声をかけた男も一つ開けて一口。
「大丈夫そうか?」
「今のところは。とりあえずデモだけで済んでいる、って感じですね。参加者はざっと二~三千人。
治安維持にはBMM持ってくれば一発なんですが、そうそうは使えませんしね」
「了解。なんか不審人物とかいなかったか?」
「特に。ただ、時折なんか同じ首輪してる人間が居ましたね。流行ってるファッションなんでしょうか?」
「首輪ね、了解」
ふんふん、とメモ書きを走らせる男に、警察官は首を傾げる。
「わざわざ話聞くってことは、何か追ってるんですか?」
「これ関係でちょっとな。だいぶ参考になった、助かった。じゃあ頑張れよ」
主要な情報は聞きだしたと踏み、男は自分の飲みかけのコーヒーを片手に……もう一本、ポケットにコーヒー缶をしまったまま、その場を離れた。
「……で、その首輪が怪しいと?」
「ああ。外部から人を呼べる土壌なら、仕込むことくらい簡単だろうってな」
その男―――俊暁からコーヒーを受け取りながら、答えるのはひなただった。
実際に爆弾が仕掛けられているとすれば、それを解除できるのは、機械を自身の感覚として認識し、その意思で機械を操作できる神代ひなたがこれ以上ない適役だった。
「外部の信号待ちの爆弾だったら、どうにか弄って無力化できる。モノ次第だけどな。
ただその場合一発勝負になるし、万一のことを考えて首輪だけ飛ばしたい」
「了解。そうなると飯時が勝負だな。今日の決闘審判は13時からか……ギリギリ間に合うかってトコだな。
それまでは、あらかじめ周辺に仕掛けられてるのがないか探して、爆弾切っとくか」
「はいよ」
作戦会議もそこそこに、ひなたが後部に乗っていたライズバスターに自身も乗り込み、エンジンを吹かす。
チート能力ならば、こちらの陣営にはもう一つある。むしろ、それこそが状況を打開する決定打になりうる。
(俺自身にはそんなもんないが)
この場に居ても怪しまれない警察官という立場。それがどこまで生きるかはわからないが、やれることはやる。
それは、この職業に就いている一人の人間として、譲れないことだった。
人々の命がかかっている状況、見過ごすことはできない。
「お疲れ様でーす」
「はい並んで並んでー」
群がる列の整理。レイフォンと由希子の行動は、デモの参加者に弁当を配ることだった。
当然、ただ雑務を引き受けたわけではない。
やることは参加者の観察。デモ参加者が狙われている以上、彼らの動向を把握することは非常に大事なことである。
(……やっぱり情報通りですねぇ)
参加者の中に、知ってか知らずか例の首輪をつけている人間がちらほらいた。
それが当人のみならず、周囲にどういう結果をもたらすか。当然その可能性を排除しなければ、彼らも、そして広瀬涼も救われない。
「あ、髪に何かついてますよ」
「え、どこどこ?」
参加者の一人に、ちょうどよく長髪の人がいたため、アドリブ開始。
もっともらしい言葉をつけ、糸くずをとるような動きで、指が首元まで滑る。
「あ、取れました。ほら」
「本当。ありがとうわざわざ」
付着物の糸くずは、正直にネタをばらすと、先に仕込んでいたもの。
本来の目的は、糸くずを取る動きで首輪に自然に触れること。
小指で押して首輪につけたシール状のタグ。それはセンサーの類であり、ライズバスターにも装備している、こちら側の陣営の『もう一つのチート能力』―――転送装置が物体を判別するためのもの。
一個一個を転送することはできないが、生物と非生物の識別程度なら可能。そこで金属類を絞り込めば、大出力の機材による転送が可能となる。
『物体の登録』の最初のプロセスとして対象の識別があるが、それを離れた位置で行うための流れで、常に動き回る人間の所持品を識別するためには、どうしても感知用のタグが必要だった。
(とりあえず大丈夫そうですね)
動き出すのは13時。実際に転送するのは、機を見て民衆の注意が逸れた瞬間となる。
「どうぞ。頑張ってくださいね!」
丁寧に仕事をするレイフォンの裏に隠れ、由希子が起動したコンピュータは、識別データを目的の機材に送信するための、『首輪』のデータ取得を行っていた。
各々が、デモの背景に紛れながら、仕掛けられた罠に、一つ一つ手を加えていく。
その果てに待つ、ある一点を目指して。
―――――
―――
――
倒していいなら、やりようはある。
困難が降りかかるのが個人であれば、決断は早かった。
しかし今の広瀬涼には、『決断は許されなかった』。
「く……ッ、はぁ、はぁ……!」
フランベルジュは倒れない。破壊されることはない。
だが、広瀬涼自身はどうだ。
操るのは所詮人間。いくら強靭だろうと、機体越しに傷めつけられ続ければ限界はある。
接近戦を仕掛ければ、敵の巨腕とまともに殴りあっている最中、小さな腕のハードポイントのショックカノンで直接衝撃が浸透する。
通常は機体に衝撃を通して損壊させる近接用の武器だが、一つ隠れた利点がある。
普段はパイロットへの攻撃は禁止されている決闘審判だが、このショックカノンによる間接的な攻撃は許可されている。あくまで飛ぶのは衝撃であり、それで普段のコクピットを揺らされても一時的なもの。
つまり人命にかかわる攻撃とはみなされないのだが、フランベルジュの操作方法はパイロットの動きをトレースする形であるのが問題となる。
衝撃が加われば否応なしにそれに耐える必要があり、耐える姿勢を取らざるを得なくなる。即ち、パイロットをひるませると同時にパイロット自身にダメージを蓄積させることができる。
同様の理屈で、電撃もある程度の範囲なら許容されており、採用範囲内ならば電装の復旧は容易だが、パイロット自体へのダメージ蓄積はどうしようもない。
通常の敵を相手にするならば『普通に倒した方が早い』武器だが、『普通に倒せない』相手ならば有効な手段となる。
現在の時刻、13時7分。
戦闘開始から7分経過、予想以上に体力を奪われた涼の動きは、流石に精彩を欠いている。
しかし決着自体は未だにつかない。つけることができないのは、ひとえにフランベルジュの強固な装甲故に。
だが、もう一つ要因がある。
『いつまで遊んでいる?』
ふいにゴードンが口を開く。戦闘前同様、無機質な、だからこそ威圧感の感じられる言葉。
「やってますよって!」
実際、どうにかミサイルで合わせてくれるパーシィと違い、得意なセッティングを崩さずに臨んだトーマスも必死。
下手にスタイルを変えては怪しまれる。せめて威力より連射力を重視したパルスキャノンを腰アーマーに装備し、レーザーガンとともに撃ちながら削りあいは演じているが、それがどう目に映るか。
本音を言えば、撃ちあっているツヴァイドリルに数発当てられているだけでも彼の実力は推して量れるものである。
現在、ツヴァイドリルには腰部ハードポイントにマウント可能なショットガンが存在する。
撃ちあいの合間に急速変形しながら自在に移動し、ショットガンと背部砲塔で距離を選ばない射撃を浴びせ、またも変形。
装甲にそこそこボロを出しながらも、まだ両者健在。傍から見て自然はないように見えた。
変形を織り交ぜると、必ず緩急の緩が攻撃の際に来る。そこに的確に打ち込めるだけ、彼の動きは機敏だった。
そこに強襲。ドリルでは危険なためか、競技用に装備されたツヴァイのレーザーソードが迫る。
そのスピードに反応しきることはできず、やむなくトーマスのBMM『マズルカ』も同様にソードという手段を行使。
固定した力場同士の干渉による鍔迫り合い。物体への干渉力に干渉を重ねることで、力場同士がまるで剣同士がぶつかるような状態になる。
攻撃性能としてはありがたみは薄れるが、防御性能としてはこちらの方がありがたい場面が多く、見栄えもいいので採用されやすい。
「おいおい、なんて出鱈目―――」
一瞬その推力に吹き飛ばされそうになり、感嘆しつつも受け止める体勢で。
だが、その軽口は背部から突き刺さる光条に掻き消された。
『遅い』
その言葉は何に向けてか。復帰の隙をついたゴードンは、背部にマウントしていたレーザー砲を細身の腕で支え展開、トーマスごと撃ち抜いた。
一撃はトーマスのマズルカの肩から先を消しとばし、その向こうに居たツヴァイは大きく後退。消し飛ぶには至らないが、装甲が明らかなダメージ痕を残し、剥がれた部分からバチバチと火花が散る。
故意的なフレンドリーファイアか、それとも味方を犠牲にしてか。一つだけ言えることは、明らかに常識を逸した行為であった。
「―――何ッだこれ……!? 違法出力じゃねェの……!?」
SLGが傷ついた。公の場でも初めてのことだ。
観客席にどよめきが走る中、その中で真っ先に驚き、毒づいたのは総一だった。
「いほーしゅつりょく?」
「レーザーっつーのは簡単に言えば、溜めるエネルギーで攻撃力が決まってる。
公式戦では決まりがあって、高すぎる威力は人が死ぬから規制されてる。あの威力は……それをぶっちぎってるとしか思えねェ」
子供に分かるようなざっくりとした説明。アルエットに抱えられるナルミに、総一が現状起こっていることを解説する。
実際、決闘審判という公の戦いで人が死ぬのを避けるために、それが起こりうる出力の武器は使用を禁じられている。
『不幸な事故』ならばともかく、実際の『試合』で故意に人が死ぬケースを避けるためである。
無論両者合意の末、この枷を外すことも可能であり、最悪生死のかかる死闘を演出することも可能。
が、今回それについては全くアナウンスがなかった。通常ならばそのケース、当人たちは知っていなければ意味がない。
「なにそれ。ずるい!」
ナルミが膨れるのも無理はない。実際その通りだ。ズルというのは子供の表現であり、実際は立派な違反行為。
だが。
『おーっとゴードン選手、味方を犠牲にツヴァイに大きなダメージを与えた!
SLGに初めて傷がつきました! 難攻不落の鋼の城塞たる広瀬涼の所持機が何ということに!』
実況は完全に、その要素に触れることなく、変わらず進行。違反の違の字も出す気配がない。
観客の反応は様々。
「いいぞー! やっちまえー!」
「俺はお前に賭けてるんだよ! 負けんじゃねーぞ!」
その無敵さを快く思っていない人間からの声援。
「審判見てんのかよ! やり直せ!」
競技という方針を無視したやり口に挙げられる怒りの声。
「嘘だろ……」
目の前の状況を受け入れられない呆然とした声。
いずれにしても、混沌としているのには変わらない。
だが一つ分かることがあった。
SLGに、生体金属ODENに、ダメージは通る。決して無敵ではない。
「……涼。どうするの?」
膨れるナルミを抱えながら、アルエットの視線はただ、彼女の持つ携帯端末に注がれていた。
―――――
―――
――
「いいですね。こうでなくては」
VIPルーム。場内を見下ろす渡邉務は、満足げに呟いた。
絶対的な価値観が打ち崩される瞬間。SLGという絶対が叩きのめされる瞬間。
機動力の要であるツヴァイが胴体にダメージを受けた以上、最早通常戦闘でフランベルジュを合体まで恐れる必要はない、そう踏んで。
人の手で作られた以上、対抗する手段はある。
あとはもう、蹂躙するだけ。
淡い希望を抱いた人間が、破滅し、絶望し、より深い地獄に堕ちていく。
それこそが至高。それこそが娯楽。それこそが、権力を持って初めて得られる特権。
這い上がろうとする人間が落ちる様を見るのは、安全圏という高みに居るからこそ見られる景色。
VIPルームという高みから、民衆を見下ろす。これもまた、決闘審判の真の姿の一つである。
「まあ、彼女も不当に成り上がっただけの存在。その身に相応しいところまで、落ちてもらいましょうか」
安心と希望に満ちた、張り付いたような笑み。絶対に、自分のところまでは上がってこれない。その確信があって。
ふいに、持ちうる端末から連絡の知らせが届く。
実動部隊の隊長機。
万一デモ参加者に対する介入に邪魔が入った時に掃討できるように、各所に計12機配備していた。
おそらく邪魔者を駆逐した連絡だろう。安心しきった様子で、渡邉務はその連絡を取る。
「私だ。何かあったかね?」
『アタシだ。あっけなかったねェ、12機』
その言葉は、全く聞き覚えのない、この上なく挑発的な言葉だった。
連絡を取った務の表情が、一瞬少しばかりこわばるが、すぐに平静を取り戻す。
「一体何を。というか君は誰なのかね?」
少なくとも、部隊員が全員男なのは知っている。こんな女性の声など、聴いたこともない。
『ンなことはどーでも。各所に仕掛けられた爆弾、デモ参加者に仕掛けられた首輪、ぜーんぶテメェんとこに返礼してやった。
早いとこ起爆放棄しないと、たァいへんなことになるかもなァ?』
「安い挑発を。第一、あなた方はどうしてそんな言いがかりを?」
証拠はない。その言葉を務は全く信用していなかった。
返答は映像通信要求という形で現れた。音声のみと映像ありの通信は、スイッチで切り替わる仕様であり、務は映像通信に切り替えた。
『警察だ。自爆テロ未遂容疑でイルソン他数名の容疑者を現行犯逮捕させてもらった。
実動部隊の方も鎮圧済み。容疑者はとっくにてめえから雇われたってゲロってるぜ』
「……は?」
突き出された警察手帳に、務はただ間抜けな声を出すしかなかった。
―――――
―――
――
時は数分前に遡る。
デモが進行して数分、唐突にデモの最後尾からもう少し後ろで爆発音が響いた。
「何があった!?」
即座に俊暁は、その爆発音のあった場所―――先程までデモの参加者が食事をしていた公園で何かがあったと察知し、連絡をとる。
『やっぱダメでしたね。転送直後大爆発ですよ』
やれやれといった様子で、連絡に出たのは由希子。
万一のため人払いをし、積載車に積み込んだ機材を利用し、爆発から周囲を保護した状態で『首輪』を転送したのだ。
結果、転送直後に全ての首輪が同時起爆。故に外に音が漏れるほどの大事になったのである。
『人的被害はありませんでしたケド。とりあえず全員分、首輪は消えたと思います』
「了解だ。デモの列でまずいことがあったら取り押さえる。幸い今は警備に人割いてる場所を通過中の筈だ」
連絡をとりながら公道を走る銀色の武装バイク。簡易的なパトランプを上部につけ、警察車両ということを周囲に喧伝するようにして。
「……ちょっと、後任す」
「お?」
ふいに後ろから聞こえた言葉に、バックミラーを確認すると、大きく息を吸って集中するひなたの姿があった。
数秒後、ぷぁ、と息を吐くとともに、頭を抱えた。
「駄目だ。全部起動してやがる。前方地下に左右3ずつ2か所」
「了解」
それだけ聞けば十分。レーダーには既に、騒ぎを聞きつけて起動したロボットの信号が記されている。ひなたがマーキングしたものだ。
ひなたの操作はあくまで外部からのもの。機械の起動中に操作に介入するには、アクセス許可を受けていなければならない。同時にハッキングされていれば話は別だが。
それが不可能だったものを、既に許可を受けたライズバスターのレーダーを外部から弄り、対象を記録したのだ。
ひなたの口悪い毒づきに、短く返答しつつ、ライズブレイザーに変形させ、空中に飛び上がった俊暁は、既に対象をロックしていた。
この場所で騒ぎに乗じて動かす。それ自体が、『機動兵器を許可なく乗り回してはいけない』という『特区法』に違反している行為であり、警察はそれを鎮圧する権限を得ている。
宣言より早く、問答無用で、地下から這い出ようとする機動兵器を狙い澄まし、ミスディレクション・ボム―――粘着式マイクロリモコン爆弾が放たれた。
―――――
―――
――
『は? じゃあねえよ。ネタは上がってんだ、渡辺務まらないさんよ。
何でもかんでもてめえの思い通りに動くと思ったら大間違いだ』
「つ、務まら……!?」
流石に絶句した。
悪態をつきながら、警察手帳を画面に突き出す癖っ毛の男。表情こそ違うが、明らかにそれは同一人物。
そしてカメラが切り替われば、鎮圧されている現場、奥で沈黙している機体は確かに用意した機動兵器。
既に渡邉務の練ったプランが崩壊していることを一目で分からせるには十分だった。
「……何をハッタリを。なぜ他の媒体からそんな映像を送れるのです?」
『普通に連絡したら取らないと思ってな。隊長機に串通させてもらったぜ』
串を通す。要は、隊長機のコントロールを使い、それを介して外部から連絡を繋げたということ。
逆に言えば、隊長機のコントロールは既に向こうに握られている。
『これ以上の話は、署で詳しく訊かせてもらうぜ』
「君は一つ勘違いをしているようだ」
既に勝ったような気でいる。俊暁のその様子に、大きく息を吐いた後、気を落ち着け、張り付くような笑みを取り戻した務は続ける。
「私は今、決闘審判の場にいる。その状態で何をするつもりかね? 私を連行できると?」
あくまで上に立つ姿勢を崩さない渡邉務。確かに、決闘審判に勝ちさえすれば後から条件を加えることも可能。それを織り込み済みで、権力による力技を行使したと。
『……テメェに広瀬涼が倒せると?』
その言葉に食ってかかるのはひなただった。彼女はあらゆる意味で、広瀬涼という人間を知っていた。
「そうだ」
だが、迷いなく渡邉務が取り出すのは、何らかのスイッチ。
通信越しに見せつけるようにしながら、そのスイッチを、思いきり押す。
『既に彼女の命は、握られているということだよ』
―――今、躊躇なしに渡邉務は、そのスイッチを押した。
―――――
―――
――
『トーマァァス!!』
響くパーシィの言葉。相棒の甚大な被害に動揺した瞬間、自身も回避に甘さを招き、ドライのミサイルを受け転倒する。
『……生きてるよ。ただ、判定出ちゃってますけど』
いつも通りの軽口が返ってくる。命に何ら別状はないが、機体のほうはダメージが限界に達した。しかしそれは、直撃を受けたツヴァイにも同じことが言える。
2対2。しかし、決定打が残っているゴードン側に加え、広瀬涼は今下手な抵抗ができない。
訪れた、広瀬涼抹殺のチャンス。ゴードンはもう片側にチャージしていた非合法レーザー砲を構える。
背部からアームで脇腹あたりに移動し、腕で保持する極太のキャノン砲。
自身が勝ってしまえば、人々の命が……。
攻めに転じられず、精彩を欠いた動きであれば、狙うのは容易。
放たれる、悪しき灼熱の咆哮。
回避運動虚しく、そのあまりにも大きな焦熱は機体を焼き。
「ぐ……ッ、―――!?」
渡邉務は狙っていた。会話をしながら、このタイミングを。
意識がビームに逸れ、何が爆発してもおかしくない状態で、『起爆』させる。
彼がスイッチを押したのと同時に、広瀬涼の首元から一瞬、灼熱の衝撃と熱量が、無慈悲な暴威となって、その脆弱な首を刈り取らんと襲い来る。
倒れた。
その場に居たほとんどの人間が、崩れ落ちたフランベルジュを見て、そう思った。
スイッチを押した渡邉務は猶更のこと。
予定通りに勝った、そう誇り、崩していなかった表情を、より深く……嗜虐的ともとれる笑みに歪めた。
この場で、広瀬涼の敗北を疑った人間は数えるほどしかいない。
多くの人物は、あの不敗の新人の敗北、折れない希望の柱が折れた、という感情を喚起させたであろう。それほどの光景。
ボロボロに崩れた装甲。沈黙し、膝をついたまま動かないフランベルジュ。
だが、ゴードンはそれでも、完全に息の根を止めたと思っていない。
ここからさらにダメ押しをして、確かな結果を手に入れる。
無慈悲に、再チャージを始めたレーザー砲が、蓄えるエネルギーを光という形で外部にも示す。発射口に光が溜まっている。
もう駄目なのか。あの時見せた奇跡は、この程度で終わってしまうのだろうか。
観客の多くは、不敗神話とまで持ち上げたものが、ここまで容易に崩れてしまう、そう思っていた。
「おね―――ちゃ――――――んっっ!!」
それをかき消すように、子供の甲高い声が、静まり返る場内に大きく響いた。
瞬間。喪った光を再び取り戻す、フランベルジュのツインアイ。
ゼロ距離射撃を見舞おうとしたゴードン機の懐に一瞬で潜り込み、そのまま脚を振り上げ……空高く、サマーソルトの体勢で蹴り上げた。
「……何故だ?」
確かに起爆スイッチを押した。爆破はしたはずだ。
それがどうして、まだフランベルジュは動ける? あれはパイロットの動きをトレースするのではなかったのか?
渡邉務には、何故目の前の現状が起こっているのか理解できなかった。
フランベルジュは動いている。即ち、広瀬涼は生きている。
「何故だ……!?」
デモ阻害が上手くいかなかったのはまだ何とかなる。最悪失敗してもいいと考えていた。
だが、それは広瀬涼という不確定存在を排除できてのもの。
広瀬涼が生きていれば、何もかもが破綻してしまうのだ。
『わからないなら、それがテメェとアイツの差だよ』
目を見開き、困惑している渡邉務を見て、画面越しにひなたが嘆息する。
『アイツは、お前程度でどうにかできる強さをしてない。アタシが実感したんだ、保証するよ。
それをテメェは一人で何とかしようとした。その差だ』
「一人?」
ひなたの言葉意図が分からず困惑が加速する渡邉務。
この男は、何も理解していない。理解しているようで、一番大事なところから目を背けてきた。
そう理解した俊暁が、ひなたの言葉をさらに上乗せする。
『今のお前は権力という力を着た一人きりの人間だ。けどな、あいつはそうじゃない。一人じゃどうしようもない時、頼れる「仲間」がいる。
あそこで戦ってるのが一人でも、一人きりで立ち向かってるわけじゃない。それを理解して筋書書くんだな、ヘボ監督』
会話はそこで途切れた。
これ以上ないくらいに表情を歪めた渡邉務は、前面のガラスに思いきり携帯端末を投げつけたからだ。
『……生きていたか』
あくまで冷静に、ゴードンは体制を立て直そうとしながら、言葉を零す。
そうでなくては。そうだろうと思った。奇跡が相手ならば、念入りに殺さなくては。
「死んだかと思った」
帰ってきた言葉は、安全だと確信しきった言葉。広瀬涼は健在だった。
しかしその言葉には、多少なりとも動揺が隠しきれておらず。
『何故だ?』
何故生きている。何故死んだかと思った。
ゴードンの問いに、やれやれといったように、呆れながら涼は応えた。
「みんながいてくれたから。それだけ」
事実、首輪の爆弾は爆発した。
しかしその衝撃と熱量は、殆どがコクピット外に吸われ、消失したのだった。
実のところ、動かしている広瀬涼でさえ『反物質』という概念は知らなかった。
違法出力レーザーを受けている最中、防御力を固めるためにフランベルジュはその流体金属を爆発的に消費した。
その中で溜まる反物質は、機体の中でエネルギーと釣り合いをとり消化される……そのはずだった。
コクピットへの信号をキャッチした瞬間、その反物質とコクピットを一瞬つなげたのだ。
サイドが機体内とつながったコクピット、流体から生み出される反物質。より高いエネルギーを奪う性質を持った反物質は、その『爆発』の高い熱・衝撃のエネルギーを奪ったのだ。
それでも勢いは殺し切れず、皮膚を火傷する羽目にはなったが、逆に言えばそれで済んだ。
普通の機動兵器ではまず起こりえない。これこそ、フランベルジュが己の意思で広瀬涼を助けたという事実に他ならない。
そして、ナルミの叫びは同時に、フランベルジュに届いた。
普通、外部との通信は戦闘中は取れないようになっている。
だがナルミの意思疎通はその仕様に引っかからない、先天的技能による感応であるため、防ぎようがない。
フランベルジュに表示されたのは二つの文面。
『爆弾処理完了』という由希子からのメッセージ、『デモ妨害戦力鎮圧完了』という俊暁からのメッセージ。
これは、それぞれアルエットと総一の端末に届いたメッセージである。
二人をナルミの傍に置いたのは、迅速にこのメッセージをナルミに伝え、状況がクリアされたことを涼に伝えるため。
全てはその瞬間、つながった。
そしてフランベルジュが、どうにもならない時に奇跡を繋いでくれた。
否、これは奇跡ではない。
機体も含め、仲間たちに助けられ、守られ、遂に掴んだ逆転の兆し。
一人では絶対届かなかった。どんなに力が強くても、一人では何も守れない。
だが、それでも手を貸してくれた仲間がいる。一人ではない。誰が欠けても、このチャンスを作れなかった。
幼い頃から一緒に生きてきた由希子が首輪の爆弾を処理し。
事件をきっかけに、縁深く繋がった俊暁が事態を鎮圧した。
ここまで時間を作ってくれたのは、共闘の機会が多かったトーマスとパーシィ。
対峙する関係から、絆を結ぶことができたひなたが、デモ妨害の手段を暴き。
そのひなたを助けてくれたレイフォンが、由希子が動けるようにサポートを尽くし。
孤児院の仲間のアルエットと、後輩の総一に届いたメッセージが、力を託してくれたナルミを通して伝わった。
そして何より、今こうして戦ってくれるSLGが。
フランベルジュが自ら、広瀬涼という一人の命を助けてくれた。
みんながいてくれたから。
だから、絶対に負けない。
フランベルジュは此処に居る。
皆の想いを背負い、奇跡と映るその身は、ボロボロになってなお威圧感を生じさせる。
それはまるで、絶対に折れない希望の象徴、願いの証明であるかのようだった。
―――広瀬涼は、人々の希望を背負い、確かに立っていた。
Flamberge逆転凱歌 第15話 「一人の力、人間の力」
つづく。
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