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Flamberge逆転凱歌 作者:高菜 葉
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第10話「ひとりと、ひとり」

戦いを終えた広瀬涼は、SLGの、フランベルジュの真実の一端に触れ、決意を固める。
一方で、敵対していたフォーティンは行き倒れになる。
次に目を覚ました時、そこは見知らぬベッド、そして見知らぬ少年がそばにいて……。

 八方を金属の扉で囲まれた檻のような場所で、打ち合う二人の少女が居た。
 片方は紅、片方は金。互いに髪が舞い、腕と、脚が交差する。
 言葉を交わすわけでもない、ただただ機械的に戦う。どちらが上かを証明するように。

「そこまで。11、14、今日の訓練は終わりだ。10分の休息後、次のプログラムに移る」
『了解しました』
 機械的な言葉。感情なく、二人は応え、その場で休息に入る。

 イレヴン。己より体術の成績がよく、訓練で目立っていた。
 この閉鎖された空間、否、閉鎖された世界で、彼女に後れをとるわけにはいかない。
 もし『使えない』と判断された時、他の自分たちと同様の子供のように、見せしめにされる。中には、それで死んだ子供もいるらしい。

 一見、機械的に休息を取る、二人の少女。
 しかし、相手をじっと見つめる金髪の少女の瞳の奥底には、昏い、昏い感情が確かにあった。

 こいつより、こいつより強くなければならない。弱さは罪だ。許されない。
 こいつを超えなければ、アタシは存在を許されないのだ―――。

 Flamberge逆転凱歌 第10話 「ひとりと、ひとり」

 状況を纏めよう。
 広瀬涼(イレヴン)に敗れたアタシは、依頼主とも、仲介したカストロとも会うことなく、エルヴィンの外を彷徨っていた。
 力を使ったアタシは、凄まじいエネルギー欠乏に襲われ、遂に行き倒れになった。
 ところが、何か分からない目の前の男に助けられて、なぜか生きてる。

 そして、アタシの前には保存食を調理した簡易的な食事の乗っていた皿があった。
 何故過去形か。
 エネルギー欠乏に耐えきれなかったアタシは、無我夢中でそれを掻き込み、既に完食した後だったからだ。

「どうだった?」
 屈託ない笑顔で、食事を掻き込んだアタシを見つめてくるその男。
 わけがわからない。アタシに何を求めているんだ。その笑顔が本当に気味悪い。
「……保存食出して、どう、って」
「好みに合うかなって」
 正直、味なんて覚えていなかった。
 無我夢中で掻き込んで、食事ができただけで満たされて。
「……合わないこたァなかった」
 不愛想にそう返すことしかできなかった。こいつと話すと調子狂う。

 ―――今、フォーティンの頭の中ではめまぐるしく思考が回っていた。
 今までの、敵を殺すための猟奇的な思考や、自分が生き残るための機械的な思考のそれではない。
 エネルギー欠乏のため動けない。
 動けないからと言って、こいつ好き勝手しすぎではないか。
 呆れ、呆け。経験しえない事態に流されていくことだけしか、今のフォーティンに出来ることはなかった。

「キナ臭えな」
 決闘審判の翌日、いつもの4人で食事処で昼食をとっていた最中、俊暁はひとりごちた。
「おっさんなんかあったー?」
 ナルミがおっさんと呼ぶたび、俊暁の表情がげんなりするのが通例になっているが、最早突っ込む気力もなかったようで、そのままスルーした。
「昨日の決闘審判だよ。そもそも、何で孤児院が立ち退きをするという話になったのか。単純に広瀬を釣る餌だけで、急に話を打ち出すのもおかしい話だ」
「そうね。考えられるのは、元々そういう話があったところに、フォーティンが何らかのツテで引き合わされたか」
 話を合わせる涼は頭を抱えながら。昨日の呑んだ食ったの馬鹿騒ぎがやたらと堪えたらしい。
「確か内容ってアレですよね。外への道路敷設」
 対して、全く堪えていない様子の由希子は食後のチョコサンデーをパクつきながら。涼より飲んで食ってをしていたにも関わらず、このタフネスである。
「それっていいことなの?」
「それなんだよ」
 首をかしげながらナルミの放った言葉に、ラーメンの残りのスープで半ライスを掻き込む俊暁が、ずびし、と答える。
 事実ナルミの疑問は最もである。今回、建築業者は半ば強行に、決闘審判まで使って道路敷設を試みた。そこまでするメリットは何か。

「俺はこの一件、近隣国の思惑が強いと思っている。陸路ができると、それだけ人員や物資の流入がやりやすいからな。
 大方エルヴィンに入り込んで、恩恵にあずかりたいと思っている連中が、フォーティンとは関係なしに既に取引を進めていたんだろう」
 俊暁の推論は最もな話。現在のエルヴィンの主だった交易は空路で行われる。
 エルヴィンの調査に深く関わっていたのは、その時期先進国と言われていた国々。それらは宇宙からの飛来物の落下点から遠く離れた国々が多い。
 現在のエルヴィンは多国籍都市とはいえ、エルヴィンに合法的に入国が許されている国籍は、全体から見ればさほど多くない。
 これは不穏な国家に超技術を握らせてはならないと多くの国が判断した上での、政治的な判断による強行であり、結果的にそれは第三次世界大戦を巻き起こす惨事となった。
 いくつかの国は独立・分裂・消滅などそれぞれの道を辿ることになったが……それからすっかり情勢が落ち着いた今でも、技術を盗み成り上がろうとする勢力がいくつも存在し、それらはエルヴィンに群がるように機会を狙っている。
 それらの勢力圏に関わることを避けるため、空路が選ばれることが多く、次点で海路、という形になっている。

 ―――今回の話は、わざわざそうやって避けていた陸路をわざわざ復活させよう、という動きである。
 陸路が復活して旨味があるのは誰か。それを考えれば、自ずと答えは出てくる。
「だとしたら、まずいですね。エルヴィン内部の企業と取引していたとすれば―――。仮にそうなると、何かしらの『軍事力』を持っていますよ」
 由希子の懸念。エルヴィンの超技術は、既存の兵器を大きく逸脱する能力を持っており、エルヴィンに関係が強い国家ほどその技術を反映できる。
 故に、何かしらエルヴィンと関係を持てない国が蜂起したとして、鎮圧されるのが関の山。それが仮に、エルヴィンとつながりを持っているとすれば。
 エルヴィンとの関係を断ち切られている国が、技術力だけを反映させているとすれば。
「何て事なの。それじゃあ、電撃戦の危険すらあるじゃあないですか」
「そうなるな」
 防衛のため、最低限の戦力は配備されている。
 しかし、虚を突いて街を制圧することさえできれば、エルヴィンの技術や戦力をまるごと己のものにできる。そのために、機を伺って雌伏の時を過ごしていたのならば、この状況も納得である。
 結論から言えば、今回の決闘審判の流れの真意はエルヴィンやその技術にあり、技術盗用から本格的な技術入手や街の制圧を目的とする中で行われた、『手段』が一である。
 決闘審判が失敗した以上、何が起きるかわからない。それこそ、ガサ入れが起こる前に強襲をかけ、最低でも事実をうやむやにする可能性すらある。
「裏の手引きがあれば、制圧も全く不可能とも言い難い。お上さんもどこまで動くかわからんが、俺は速攻対策で張ってみようかと思う」
「多勢に無勢だ」
「そうだな。誰かしらに協力を仰ぐ必要がある……お上がどれだけ経費出してくれるにもよるが、だけどな」
 単独で協力を仰ぐにも限界がある。人型ロボットを動かすにも維持や修理費、ドライバーの人件費など、個人で解決しえない問題が山積みであり。
「ぶっちゃけ俺、今月ピンチ」
「身もふたもない」
 今までの仕事、つまり3人に振り回されっぱなしの激務を考えれば、時間が取れず出費が増えるのも当然なことではあるが。

「広瀬」
「分かってる」
 広瀬涼という存在が動けば、その監視という名目で俊暁も動ける。
 SLGのメンテナンスフリーという長所も、孤児院も巻き込まれかねないという事態もあり、参加しない理由はなかった。
「ご飯のお礼くらいはしっかりと働かなきゃね」
「さりげに俺が奢る流れを作らないでいただきたい」
「ぇー」
 俊暁の抗議を流しながら、コップに入った冷水をくいっと一気に飲み干す。
 そんな彼女の背後、正確には座席の背後から。
「何だよ。そんな面白そうなコト、俺達に黙ってやっちゃうっての?」
 聞き覚えのある声に驚き。あと一瞬でも早かったら、飲むのに失敗していてむせていただろう。
 振り向くとそこには。
「よ。みんなお揃いで」
 見覚えのある金髪と茶髪のコンビがそこにいた。
 トーマス、パーシィ。二人ともに、最初の決闘審判で世話になったプロドライバーだ。
「あ、あんた達、どうして……?」
「そりゃあ飯屋だし? 食事目的なら偶然もあるでしょ」
「あんだけ喋ってりゃ聞こえるでしょ。それにおたくらに有名人が居ること、忘れてません?」
 その言葉で、驚いた俊暁もはっとして納得。
 決闘審判で一躍名を挙げた広瀬涼が居る。好奇の視線がないわけがなかった。
「でも、どうして即決で助力を?」
「そりゃあ。おたくらにつけば、面白くなりそうだしね?」
「そうそう。こんな短期間にバトル起こしてちゃ、俺達も目つけちゃうからね?
 俺達だってこの前ろくに参加できなかったわけだし」
 涼の疑問に即決で答えるトーマスに、豪快に笑い飛ばすパーシィ。
「と、いうわけで。何かあったら出来高貰って、終わり次第ちゃっちゃかパーティでもしますか」
「おーう!」
「げ」
 そして二人のノリという提案で始まるパーティの相談。
 思わず顔が真っ青になった涼を見て、首を傾げるナルミ。
「おねーちゃんだいじょうぶ?」
「……うん。がんばる」
 正直、己の性格曲げてまで、よよよと泣きたいくらいだった。


 フォーティンが拾われた翌日。
 食べて、寝て、起きて。意識を取り戻したフォーティンは、自身の身体が楽に動けることに気づいた。
「……っと。こいつでオサラバかな」
 ここまで動けるならば、最早長居する必要はない。
 あとは退散して、さっさと次に行くだけだ。

 ―――どこに?
 負けたアタシを誰かが認めてくれるのか?
 食いつないだとして、アタシはまた『生きる』ことができるのか?

「―――ックソ!!」
 フォーティンにとって、広瀬涼との戦いとは、積もった私怨を除けば『自分が自分であるための戦い』だった。
 それに敗れ、拠り所を失った己は、どれほど弱いのか。
 また今までのような、ただ生きた屍のような己になり、感情を棄てるのか。
「あァあああ……ッ!!」
 恐怖。重圧。苦しみ。孤独。
 既に彼女に、それに耐えられるだけの『無感情』の余地は存在しなかった。
 たまらず、そのあたりにあった適当な物を振りかぶり―――。

 ふいに気づけば、それは空の食器だったことに気づく。
 ありあわせとはいえ、見ず知らずの己に食事を作り、それを嬉しそうに眺めていた少年の姿が脳裏をよぎって。

「……まァ、挨拶くらいいいだろ」
 食器を戻し、ため息ひとつ。とりあえず、その部屋を出ることにした。

 部屋を出れば、そこはどこかの研究所の跡地だったらしく、一部何らかの戦闘被害を受けたのか、壁が大きく抉れ、ボロボロになっているところがあった。
 露出した壁から見える三日月は、照り返すように輝き、苛烈ではなく優しく夜闇を包み込む。
 こんなところで何をしているのか。あいつは、どこにいるのか。
「アタシ、弱くなったのかなァ」
 ただ助けられて、飯を食べさせてもらって、それだけだ。
 だのに、わざわざ挨拶しようと出向くのは、己の心が一人で居たくない弱さを抱えていたのか。
 自嘲気味に笑いながら、しらみつぶしに一度会っただけの人影を探そうとした時。

 野ざらしにされていた、塗装の半端な四脚の機体が目に入った。
 施設の敷地内に配置されていたそれは、まるで本物の、神話の伝承に出るケンタウロスのような。
 獣の背部が輸送用スペースになっている、夜闇の中に未塗装の銀色が映っているそれは、自らの駆っていたアーセナル・タウルスを思い出すが、流線状のサポートメカと変形合体するあれより、よっぽど人馬形態をしていた。
 露出した壁から飛び降りる。三階からだったが、元々純然たる人間でもない。やすやす着地する。

「あ、起きたんだ。もう身体大丈夫?」
 近寄ってみると、先ほどの少年が中身のコンソールを弄っているところだったようで、コクピットが開くと自分に向けて手を振っていた。
「で。何これ?」
「これ? ……って、え!?」
 少年が気づいた時には、装甲を蹴りフォーティンは少年のところまで登っていた。
 元気どころか、それは人間の出来る所業ではない。驚いた彼を見て、やってしまったか、と少し己の行動を後悔する。
「すげえ!? どうやってやったの!?」
「どうやって、って、普通に登って……」
「登って? 装甲!? すっげーな、俺も登るの時間かかるのに……」
 が、帰ってきた反応は、純粋に目をキラキラと輝かせながら称賛する声だった。
 馬鹿なのか。そう思ったはずなのに、それが口から出ることはなかった。

「……で、こいつ何なの?」
 改めて本題に戻る。このロボットが一体何なのか、それすら知らず。
「ああ、こいつ? 俺がここ来た時にはもうあって。ただ、どうやっても俺には動かせなくてさ」
「へえ」
 恥ずかしながら、と少年。どうやら施設に放棄されていたものらしい。
 試しにフォーティンは集中する。肩慣らしにはちょうどいいか。

 フォーティンの人知を超えた能力、それは機械とのリンク。自身の身体のように、離れた機械と知覚を共有、手足のように動かすものである。
 他人の操作状態ではないという縛りこそあるが、消耗を無視すれば一人で複数の機体を扱うことすらでき、相応の処理能力を得られる。
 試しに今搭乗している機体とリンクしてみる。OS表示とともにコクピットが閉まり、軽く右腕が動く。
 放置されていたのは2~3年と、比較的新しい。新品には及ばないが、十分動かせる範囲である。
「―――イクシオンか」
 イクシオン。それがこの機体の名であると、つながったフォーティンには理解できる。
 ギリシア神話に登場するケンタウロス族の親。なるほど、と自嘲する。神罰を受けたイクシオン、放逐されたこの機体、何もかも失った自分……どこか噛み合っている、そんな気がした。

「す……すっげー! やっぱ動いてる! どうやって動かしたんだ!?」
 その自嘲的な思いを破ったのは、無邪気な少年の言葉だった。
「え、これは普通に……」
「いやすげーよ! 俺全然知らなかったしわからなかったもん!」
 フォーティンの困惑をよそに、目を輝かせ称賛する少年。
 面倒だと頭を掻くフォーティンだったが……ふと思い直した。

 エルヴィンはその成り立ちから、学業には特に力を入れており、語学や計算、そして機械操作に関しては一通り教育されているはずだ。
 しかしこの少年は、これを動かせないといった。わからないとも。

「……そういやお前、誰だ?」
「あ、名乗ってなかった? 俺、レイフォン。近くから来たんだけど……」
 その言葉で納得した。
 少年はエルヴィンではなく、その『外』の出身だった。見たところ17~18あたりの歳、着ているジャケットも随分とボロボロ。
「近くから来た……」
「そう。俺、ずっと一人でさ」
 この少年も、一人で生きてきた。両親がどうなっているかもわからないのだろう。
「ここに来て、こいつに会った時、すっげーって思った。その時もう俺は一人だったけど、こいつと出会ったのはきっと運命だと思った。
 一人になって初めて会ったのがこいつで……どうにか動かしてやりたいって思ってさ」
「それで、こんなトコに?」
「ああ。ここは寝床もあるし、シャワーも風呂もあるし、こいつにも出会えたし。最高だよ」
 ……羨ましい。
 死んだように生きていたアタシとは違い、こいつは希望を見つけてどこまでも前に進んでいった。
 だのに。

 どこまでも惨めに思える自分、次に口を開こうとした瞬間―――。

「でも、一番最高なのは君と出会えたことだよ!」

 開いた口はそのまま、塞がらなかった。

「他人と会うのどれくらい振りか、もうわからないケド。コイツが突然動いたから何かと思ったら、外に君が倒れてて。
 君がどんな状況かはわからなかったけど……久々に話ができて、コイツが動く場面も見られて。俺、夢みたいだ!」
 面向かって、己を肯定し、真っ直ぐな気持ちをぶつけてくるレイフォン。
 どこまでも世界を知らない。ただ、己の見えている範囲だけを全力で生きようとする。

 眩しかった。
 眩しすぎて、己を何といっていいか、わからなかった。
 そんな男に、アタシは肯定されている?

 ……わからない。どうしてそんな気持ちをぶつけてくるのか。
 だってアタシは、この男に評価されるような人間でもないし、会って一日だ。そんな薄い交わりで何で人間を信じられる。とんだお人好しか、馬鹿なのか?

「ああもう……ッ!?」

 答えに迷っていた、そんな彼女が唐突に知覚したのは―――『レーダーが捉えた反応』だった。
 一、二、三……複数機が周囲を探っている。

「ところで、君の名前は? ……おーい?」
 呑気してフォーティンの前で手を振ってくるレイフォン。しかし、事態は深刻だ。起動中、しかも2~3年は放置されていたこの機体がレーダーに捉えられたということは。
 エルヴィン近辺でアクションを起こしたその機体群は、確実にこちらの存在を把握している。

「……何か、来る」
「え?」
 呑気に声を上げるレイフォン。その続きの言葉が発せられる前に。

 ―――周囲の静寂を切り裂くのは、爆音だった。

 

 Flamberge逆転凱歌 第10話 「ひとりと、ひとり」
                         つづく。
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