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第9話「失われた起源」
広瀬涼vsフォーティン。決闘審判による再戦は、『定められた奇跡』エールフランベルジュによって広瀬涼が勝利をもぎ取った。
勝者にも敗者にも、等しく「その後」は訪れる。
生きていた。
他人の糧を奪い、他人の命を奪い、ひたすらに。
生きるという目的に沿った、機械的な行動。
それに対して抱く感情など、何もなかった。
弱ければ奪われ、強ければ生きられる。
何でもした。要人の殺害、敵部隊の殲滅、拠点の襲撃。
それを行っていた己の瞳は、おそらく光の一つもなかっただろう。
ふいにその瞳が映したもの。
それは、かつて自分たちと共に過ごしていた『何者か』。
「今の君を作った女。僕はその所在を知っている。どうだい? 君は君になってみたいか?」
今の己を作った女。
思い出す。深紅の紅蓮の中、己を打ち砕いた紅髪の少女の姿を。
今でも、機械となったはずの腕にあの時の痛みが蘇る。
その銀髪の人間の誘いを聞いた時。
「キヒッ―――!」
瞳は、ギラついた光を取り戻していた。
己に目標が生まれた。奪うことで、己を押し殺していた巨大な感情に、決着をつけられると。
打ち倒すことで、己は初めて、『己と成る』。
―――だのに。
Flamberge逆転凱歌 第9話 「失われた起源」
エルヴィンの象徴たる異端、決闘審判。
人々の訴訟をロボットバトルで白黒つけるこの制度は、華々しくも無慈悲な制度である。
勝者は注目され、自らの意見を押し通すこともできる。だが、敗者はどうだ。
「……ックソ」
不毛の荒れ地を歩く影一人。
敗北したフォーティンは、あれから報酬も受け取れず、自分を扇動していたカストロの姿も見えず、ただただ荒れた道を進むしかなかった。
どのみち、既にエルヴィンには居られない。自らが害となる行為を働いた広瀬涼の存在が認められているからだ。
フォーティンがその場に居ることなど、到底叶わない。
フォーティンには、本当に、何もなかった。
「あ」
ふいにバランスを崩し、荒野に倒れ込む。
意識的なものではない。不意に意識が途切れかけ、体勢を維持できなくなっただけだ。
フォーティンの持ちうる能力、機械への無線アクセスによる機械並列操作。それは脳に莫大な負担をかけ、その分エネルギー消費も高くなる。
要するに、今のフォーティンは体力を維持できるだけのエネルギーがなかったのだ。
「ぁ……ハハ……キヒャヒャ……」
何もかもが馬鹿らしく思えてきた。かろうじて身体を仰向けに直すと、先ほどまでつぶれていた形よき双乳が天を仰ぐ。
こうなれば、機械の身体を持とうが関係なく、此処に居るのは単なる一人の女だった。
「ヒャヒャ……はは……ぁ、えぅ゛……っ」
頭が回らない。駄目だ。もうどうしようもない。
空元気も維持できない。こみ上げるものを感じ、えづくが、何も出るものはない。
声にならない声ばかりが、理性とは裏腹に口を突いて、もう己にできることはなかった。
朽ち果てる。
どうせ、『組織』が壊滅した時、生き残りは大なり小なりその可能性を考えていた。
それがアタシにとって、今だっただけだ。
そう考えていようと、納得できないものはできない。
何で自分はこうして存在を否定される。何もないんだ。
カストロの話に食いついたのも、広瀬涼を名乗ってのうのうと暮らしている『イレヴン』が許せなかったからだ。
だが結果は、全力を挙げて戦ってなお、その『イレヴン』に敗れ、自身は。
もう、どうしようもなくなった。悔しい。
「アタシだって……生きたい―――ッ」
彼女の意識が霧散するまで、声らしい声を放てたのは、それが最後だった。
同じ夜、騒ぎの喧騒から離れて同じ空を見上げる涼の姿があった。
手摺に寄りかかる形で、目の前で静まり返っているフランベルジュと対面し、それごと見上げるように。
その表情はどこか浮かない、どこか落ち着かない表情だった。
「……こんなところに居たのか」
「うぇ!?」
決闘審判の時あれほど張っていた気がまるで感じられない。背後からの声に虚を突かれた涼は、思わずその背筋から肉付きの乗った尻たぶまでをびくんと跳ねさせる。
「きゅ、急に声かけるのやめなさいよぉ!?」
「これ以上どーしろっていう」
このまま冗談めかして喋ってもよかったが、今話すとスラックスを大きく盛り上げているお尻が目に入ってセクハラトークになりえそうなのでストップした。
角川俊暁にも空気くらい読める。
「で、だ」
「分かってる。朝輝さんのことでしょ」
沈黙が肯定になる。
こじれるかもしれない話を、皆と一緒の場でぶちまけられる気はしなかった。
「……ごめんなさい。私、あの時どうやって向き合えばいいか」
「俺も同じ。現にお前と話できなかった」
何を言えばいいか。互いに、大事な人間の死を、予想だにしない形で掘り起こされた結果、上手く己の気持ちを把握することすらできずにいた。
涼の隣に、手摺を背にするように寄りかかって。
「広瀬」
先に口火を切ったのは、俊暁だった。
「色々何言うか考えたが、やめにした。俺はお前を信じようと思う」
「……俊暁?」
「今更、兄貴がどう死んだって事実は変えられない。それに関してウダウダ言う気もない。だけどな。兄貴が命張って守ったお前が、大事な人を守ったんだ。
俺はそれを信じる。兄貴の意思は、きっと『お前の中で生きている』」
「―――」
その言葉で、つながった気がした。
『君が守る未来に、俺は「居る」よ』
角川朝輝の最期の言葉。彼は最後まで、広瀬涼を信じてくれたのだ、と。
そして、己が誰かを守ることこそ、角川朝輝の生の証明でもある、と。
「けどな。それに縛られちゃいけねえ。他人がどう言ったって、決めて、頑張って、後悔するのはお前自身だ。
お前は『お前自身』を生きろ。『角川朝輝が示した道を生きる』んじゃない。『お前が生きる道を角川朝輝が信じている』んだよ」
過去に縛られてはいけない。今を生きるのは、未来の人間である。
過去の人間が、その人間の未来を縛ってはいけない。
「わかってる」
頷き、空を見上げる、あの時守られた少女。
「ずっと、考えていた。私がしていることの責任。私がやっていることの結果。
きっとこのまま戦っても、根本的な解決にはならない。競争の激化、弱肉強食の世界―――弱さは罪。そういう時代が来る可能性だってある」
自分を潰そうと、より開発競争は激化する。開発競争以外の手だって打ってくる筈だ。
そんな状況で広瀬涼が敗北することがあれば、権力はより強い力を持つ勝者の手に渡り、元の木阿弥に戻ってしまう。
広瀬涼は政治家ではない。戦うだけで、己にできることだけで全てを善き方向に変えられると思えるほど傲慢ではなかった。
「賽が投げられた以上、私はもう止まれない。止まる気もない。守れる人がいたら全力で守る。
もし、負けたら世界が変わってしまうような戦いになったとしても、私ができることはひとつだ」
その言葉とともに、今日初めて、角川俊暁という男の顔をはっきりと、逃げずに見て。
「私が負けなければいい」
その瞳には、確かな決意があった。
「……流れが出来るまでは、大変だぞ」
「それでも」
絶対に負けない。
信じてくれた人たちに恥じないように、『己を生きる』。それが広瀬涼の結論だった。
「広瀬らしい」
「どうも」
今日初めて、互いの顔を見合わせ、笑った。
それを見計らったかのように、ぷしゅ、と格納庫内に音が木霊する。
「……今のは?」
「広瀬、見ろ」
俊暁の指示した先には、開いたドライフォートのコクピットブロックが見える。
覗き込むと、シートの中に仕掛けられていた収納スペースが空いていて。
そこには、月夜に照らされて銀色に輝くロケットがあった。
「おーおふたりさーんおかえりー」
「ひゅーひゅー」
戻ってきたら地獄絵図だった。
いつも通りファルコーポの一室を借りて行っていた祝勝会。今回はポインセチアの面々と一緒に行われていたのだが。
「ばーんばーん! しゅーてぃーん!」
「ナルミちゃんうるさいー!」
ナルミは他の元気な子供たちと一緒にゲームに興じていて。
「ほーらほら注げ注げーい! りょーちゃんのもめっぱい注いどけー!」
「うりうり早く座りなさいよ涼ー!」
すっかり熱の入った由希子とアルエットが上機嫌で、中学生くらいの少年を挟んで盛り上がって、ついでにその少年に酌をさせていた。
「……」
訂正。ついでというにはその少年はあまりにグロッキーだった。
「……広瀬。俺達、どのくらい話してた?」
「10分くらいじゃ……」
盛り上がる時に少しでも離れていると、外れているハメの度合いがわからないものである。
「おー? それってもしかしプレゼント?」
「気ィ効きますねえ警察の人も」
涼の握っていたロケットを目ざとく見つけた由希子は早速それを会話の種にしようとし、アルエットもそれに乗っかる。
「ばッ、そんなんじゃねえって!?」
「えーだって男女が抜け出してやることって一つじゃない?」
「由希子ー……そろそろ本題いい?」
照れる俊暁に未だ畳みかける由希子を見かねて、ストップをかける涼。
呆れたような様子に、ぶー垂れている様子ながらもとりあえず押し黙る。
「これ、ドライフォートの中にあったんだけど。急にコクピットが開いて、その中に……」
銀色の、たまご型のロケット。卵そのものを模しているというより、地球に落下し、今なおエルヴィンの中で存在感を示している、生体金属で出来た巨大な物質を模したものだろう。
巨大物質を中心にエルヴィンは形成され、今でも街のシンボルとして徹底管理されている。市街地の中央区画にロボットが立ち入れないのは、これの管理を徹底するためでもある。
「あ、これ知ってる。こうしてずらすタイプでしょ」
表面を押せば、スライド式になっていたそれはカバーが外れて。
その中には、銀のふわっとした長髪をアップに纏めていた、とある女性がいた。
「……誰かな。ドライの中にあったってことは、開発者?」
「元のパイロットって線もあるぜ」
珍しいものを見て、顔を見合わせ、誰か知っているかを探ろうとするも、涼も、俊暁も、由希子も、当然アルエットも、知る者はいなかった。
「―――多分、開発者だ」
しかし、この場でたった一人、その女性の写真を見た瞬間に血相を変えた人物が居た。
由希子とアルエットに挟まれていた少年。
「間違いない。この人、俺の、天城総一の母さんで……天城悠奈って人です」
顔を上げた少年の、驚いたような表情に、間違いはないと察する。
「あなたのお母さん?」
「ええ。俺の母さんは、昔研究者やってました。ガキの頃、母さんが何をしているかまでは知らなかったんスけど。
関わりがあるってンなら、その筋かもです」
驚きながら、それでも複雑な表情でロケットを握りしめている中。
『離しなさい』
唐突に声が響く。
「ヴェアアア!?」
「ちょ、落とすな落とすな!?」
危うく取り落としそうだったロケットは、何とか無事に保たれた。
同時に、ロケットの写真の面を通して浮かび上がる立体映像。
『……このメッセージを見ているということは、私の身に何かが起きているのでしょうね。
再びSLGを起動させたどなたかに、私の意思を伝えます。
私は天城悠奈。試作機を基に、いくつかのSLG開発に関わった者です』
その言葉は、少年の話が真実だと証明するものであり。
SLGの事情に触れられる、初めての手がかりがそこにあった。
『私たちが発見したのは、この地球に飛来した物体に対して、かつて行われていた計画に関わる機体。
飛来物体の素材である生体金属ODENそのものを用いて、新たな「生命」を生み出し、その物体に干渉することを目的としたもの』
「……やっぱり。わざわざODENを使うだけではなく、深い意味はありますよね」
ひとりごちる由希子。
その表情は、おそらく技術屋としての観点なのか、いつになく真剣で。
『計画は途中で中断され、機体は封印されていました。ですが、生体金属の性能をフルに反映したこの機体を見た瞬間、思いました。
これが解放されれば、間違いなく世界のバランスを一変させうるものである、と。
そして、私たちがそれを発見したということは、解放の日は遠くない未来であると。
いくら意志があるとはいえ、その意思がどの程度なのかも私達には想像しかねるものでした。
これがもし、下手な人間の手に渡れば……間違いなく、世界は大きくねじ曲がる、と』
立体映像の中で、一呼吸置く悠奈。
それほどまでに懸念は強く、実現してしまえば現れるのは悪夢でしかない。
『悩んだ末に、私達が行ったのはODENの再研究。
その果てに生み出した4機のSLGには、それぞれ自己判断できる意思を与え、来るべき時のために封印を施しました。
自らの意思で、「失われた起源」を守るため、或いは破壊するため。正しき選択を自身で行えるように』
Saver of Lost Genesis。失われた起源を、手段を問わず『救う』ための機体。
機体と共に残された3文字の略称、残っていなかったその意味を、彼女はそう定義していた。
『これを手にしたということは、少なくともドライフォートを手にした者は「救う」意志を見せた、ということ。
あなたは認められた。この子たちは、あなたの振う剣として力になるでしょう』
しかしその表情に安堵は認められない。それは今この時、彼女の願う人物の手に渡ることを知らない過去から伝える言葉だったから。
『SLGは……生体金属ODENから生まれた子は、あなたの意思に何処までも答えてくれる。それがどこまでも限界を超える力となる。
もしも「起源」が正しき意志により動くならば、その剣となり、盾となり、翼となるでしょう。
……どうかこの力が、邪な力に染められないことを願います』
何か思い当たりでもあるのだろうか、悲しげな表情をしながら、改めてカメラの向こうにいるであろう人物に向き合って。
映像は、そこで終わった。
「……正しき意志」
本当に、そうなのだろうか。
その言葉の意味を、重く受け止めようとする涼に、肩をポンと置いたのは、俊暁だった。
「正しいんじゃねえの? お墨付きもらった、ってことだよ。『過去だから』って自信がないんだったら、俺と兄貴が保証してやる」
意志を通じ合わせ、証明した。心を動かしたのが確かであれば、最早角川俊暁に疑う理由はなかった。
周囲を見回す。近くに居た誰もが、広瀬涼の起こした『定められた奇跡』を目撃し、そして今、力強く頷く。
「やってみる。私に出来ること、戦うこと」
それは、誰かに強いられたことではない。願いを背負ったものを託されて、自分が願った望み。
漸く、皆の前で笑えた気がする。
「……今、母さんとは会えねっスけど。母さんが今の広瀬さん見たら、きっと笑顔になるんじゃねェかなって」
言葉を選びながらも、願いを託した女性の息子は、そう結論付けた。
その様子から、今悠奈と会うことは難しいだろう。事情自体には深く関わる気はなかった。
聞けたとしても、それは今やるべきことではない。
言葉を零しながら、先程戻ってきた涼と俊暁の前に、飲み物を注いで渡して。
「これから忙しくなるね、りょーちゃん?」
「覚悟してる」
隣の由希子に微笑みながら、杯を掲げる。それ以上の言葉は要らなかった。
『乾杯!!』
杯を合わせ、もう一度飲み直しに入る。明日を己のまま生きるために。
ふいに、子供たちと遊んでいたナルミが、ぴくんと何かに気づいたようなそぶりを見せて。
「ナルミ?」
子供たちが不思議そうに覗き込むと、いつも通り、にひ、と屈託ない笑みを見せて。
「みんな、よろこんでる」
―――彼女の意思を受け取ったと言わんばかりに、格納庫に収められていた三機のカメラアイは、ひとりでに、人知れず、同時に光っていた。
「……ぅえ?」
ふいに、陽光が感じられた。
体力も消え失せ、ただ力尽きるだけだと思っていた。
ここは地獄か? 冥府か? しかし、機械を宿した女の目の前に広がっていたのは、至って普通の病室だった。
「チィ……どこかに回収された?」
舌打ちひとつ。
機械の義肢を持った人間など、ありふれたものではない。行き倒れた後に待っていたのは、必ず取引や研究材料扱いだった。
すぐにでも動きたい。動きたいが、未だに消耗しきった体力が回復しきっていないのが恨めしい。身体はまともに動きそうにない。
ここはどこだ。また機械のようになるのは御免だ。
思考を巡らせていると、唐突に響く、コン、コン、というノック音。
「―――ッ」
誰か来る。もう機械的に生きるなんてしたくない。何もかもうんざりだった。いっそ思いきり暴れて死ぬか。それだけの地力が今はない。
押し黙っていると、言葉を待たずにドアが開き―――。
「お、よかった。目が覚めたんだね!」
フォーティンを迎えたのは、悪意ある眼差しでも、機械的な何かでもない。
彼女の様子を見て、屈託ない笑みを零した、茶髪の少年だった。
Flamberge逆転凱歌 第9話 「失われた起源」
つづく。
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