2018-04-23

時代に馴染める人間になりたい

時代に馴染める人間になりたいと強く思う。

テレビをつけると、とても広告的な人間が持て囃されている。

街を歩いていても、やはり商業的で広告的な人間が好かれているとわかる。

まぁ、何が言いたいかというと容姿がいい人間はいい思いをしているということだろう。

簡単に消費主義社会で良いポジションを陣取っているようだ。

最近、某小売の採用説明会に行った。

平気で年間休日105日以下だと告げられる。

しかも、変形労働時間制でシフト勤務制だという。

給料も高いとは言えない。

小売業界は労働条件過酷と聞いていたが、想定を上回るものだった。

かにサービスを維持するには、このような状態になるのは当たり前なのかもしれない。

説明会に参加している人間は多いとは言えないが、少ないとも言えない。

ただ、今まで説明会に行ってきたネット銀行など憧れる人が多い企業などとは大きく違うところがあった。

参加者容姿が如実に良くないのだ。

男もイケメンと言われる類の人間がいないし、女は明らかに悪い。

性的ロマンとは無縁の類のも喪女的なものが大半を占めている。

可愛いと言われるような人間が一人もいなかった。

個人的に呆気にとられた。

やはり人気がなく、過酷もの容姿が悪いと追いやられるということなのだろうかと。

それとも偶然のものなのだろうか。

そして、自分容姿が醜い。

説明会を終えた後、街を歩くと大手内定取れそうという声が聞こえてくる。

彼氏と歩いている顔がそこそこいい女だった。

彼女時代要請にいつだって答えられて、いい思いをできる人間だろう。

セクハラ問題云々いうが、こんな説明会に参加すると大手マスコミに入れて顔が良ければずっといいじゃないかと思ってしまう。

恐らく、セクハラ問題について騒ぐのは容姿がいい人間を中心に人権を守ろうという流れなのかもしれない。

容姿がいい人間時代ファシズムだろうとネオリベだろうとリベラルだろうと求められるものだ。

そして、わりと簡単適応できる。

容姿が醜い自分は、時代に馴染めず孤独だ。

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