勇気について

 こういったことは普段は連載に書くのだが今春からちょうど原稿の連載がなくなったのでここに置いておこうと思う。著者若林さんから帯のコメントを頼まれた「さよなら未来」という書籍について。

 余談ですが本書にtofubeatsは怖い読者であると書かれているが、そっくりそのまま若林さんにも「読者」を「リスナー」と変えてお返ししたい・・・とゲラのpdfを読みながら強く思った。近所のロイホにて書籍でも再読了し、ここに感想を置いておく。ちなみに5月には大阪で本書について若林さんとトークイベントもあるのでよろしければ。 http://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/86722


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 WIRED誌面に初めて寄せさせていただいた文章で書いたのだが若林さんには出会って最初の方「世知辛いね〜」と何度も言われていた。それは沖縄の喫煙スペースだったり、代官山の薄暗いフレンチだったり(だっけ)した。メジャーデビュー直後の様々なシステムへの戸惑いがあった時期でもあったし、そもそもこちらが愚痴りがちな性格であることに起因していたのだとは思うが、それにしたって今にして思うと正面きって世知辛いねなんて言ってくれる人はあまりいない。 


 明らかにシュリンクしている業界を横目に、気づかない様に振る舞っている人の多いこと。自分たちにとって重要な問題について寄り添って考えてくれる人は多くない。何故この様になっているんだということだらけだし、自分たちの思っていることのほうが異端なのだろうか?と立ち返ることは今もしばしばある。時には大阪の川で膝を抱えて意気消沈することもあったな〜(我ながらベタにナーバスになりすぎだが笑)、なんつって。 


 若手はまだ何も知らないし知識も知恵も少ない。とはいえ将来割を食いがちなのは我々である。自分は会社員に1度もなったことはないが、何かあった時に面倒を見てくれるような上司はあなたにはいる? 


 以前あるお方に「君たちはインディーのふりをしたメジャーアーティストだ!」と諭されたことがあった。今の様な音楽性に甘んじず有名人とコラボしたり、大会場でやってデカい金を獲りに行けという主旨の話だったのだが、次に流行するアーティストや音楽が今メインストリームに居るはずがない(そうだとしてもそれには既存のものでない新しい仕掛けや掛け合わせが必要だ)という自分の思いと裏腹なその意見に戸惑った。その時作っていたアルバムがFANTASY CLUBだったし。 


 音楽の中にいる人たちに自分たちと真逆の意見をもらったりする中、ある意味(音楽のことは通常の業界人よりはるかに好きであろうけど)若林さんは門外漢でありながら我々に共感を示してくださった。「世知辛いね〜」と言ってくれるということはその世知辛さをそれなりに理解してくれているということでもある。 


 きっと若林さんはいろいろなところに取材に出向いては様々な世知辛さと向き合ってきたに違いない。そしてその後の栄光と挫折の噂も伝え聞くことになるだろう。若林さんが嫌になるほど「未来」という言葉を扱っていたという雑誌WIREDはその体裁から、将来形になるかわからないアイデアの萌芽を多数扱っていたと思う。それらは音楽で言えば「まだ流行るのかわからないけどおもしろそう」レベルのもので、そういった事柄にまつわる世知辛さというものは案外どのジャンルでも似てるのかもしれない。 


 本書はWIRED編集長が書いたいわゆるテック系やらの本ではなく、そういった時代背景をテコにした世知辛さの話、というのはいくらなんでも馬鹿げたまとめかたかもしれないが、副編集長T氏が「最初っからずっと同じことしか言ってないっすね」と評した若林さんの姿はそうやって我々の話を聞いて理解してくださっていた時の姿と何ら変わりない。それだけでも大きな助けなのだが、そんな世知辛さを突破するヒントをいくつも与えてくれることも書いておきたい。その一つである「勇気」を若林さんは偉大なミュージシャンや音楽にまつわる物事の中からいくつも見出す(それなのに我々ときたら笑)。とくに若林さんと椎野さんとの出会いは間接的に自分の人生にも多大な影響を今も与えている。Vestaxにまつわる記事は本書未掲載のものも全ておすすめする。 


 っていうかそもそもtofubeatsで唯一、座りのライブをブッキングしてくれたのも商業で一切出していなかったアンビエント的な楽曲をオファーしてくださったのも若林さんであり、最初の大特集からそうだが(当時の)WIREDチームのほうが全然音楽的にも勇気があり、センスがあり(本書のCDレビューの奥行きたるや)、逆に我々はそこから多くを学んだ。 


 最終的には「世知辛いね〜」とあの日自分に向けていた目線を若林さんは自分自身に向けている。カッコつきの「未来」という言葉にさよならした後の若林さんがどうなるのか、最終的には若林さん自身がジャングルに飛び込むところで本書は終わる。「歩き出すその勇気持って居るだけできっと大丈夫」と歌ってはみたけど、何かを切り拓くための勇気を持つには十分すぎる本だと思う。

若林恵 - さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017
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