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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外684 拠点からの出立

 諸々の情報収集も一段落し、地上拠点の屋敷とシリウス号に分かれて宿泊する。これで……この遺跡で行うべき事は一通り済ませた、というところだろうか。

 ディアボロス族は地上拠点側の客室に宿泊中だ。
 これまでの事で大分疲れていたのか、オレリエッタは食事後にしばらくするとうつらうつらと船を漕ぎ始めた。なので早々に客室に案内させてもらった。
 アルディベラとエルナータも食事を終えて、今は城の前で親子水入らずで寄り添っている。
 アルディベラとしてもエルナータの怪我は気がかりだったのだろう。今はアルディベラの表情からして最初に見た時の荒々しい印象が薄れている。落ち着いた優しい眼差しをエルナータに向けたりしていて、当のエルナータも安心しきってアルディベラに寄り添って眠っている様子であった。

 俺達も使用感を確かめるのを兼ねて地上拠点でのんびりとさせてもらいながら、会議室にて今後についての相談をする。

「――遺跡の、というか後方の安全はこれで確保できたような気がするわね」
「ん。治療法や食材も問題なさそうで、今後も安心」

 イルムヒルトが笑顔になるとシーラもうんうんと頷く。

「明日は魔界を空から観察しながら、ディアボロス族を送っていく事になるかな。近場に船を隠して人里の様子を見て……それからヴェリト達の恩人という人物に関しても、きちんと見届けておきたいと思う」

 そう言うとみんなも同意してくれる。

「魔法薬の事は見てみないと何とも言えないけれど、その辺も可能なら調べておきたいわね」

 ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら思案を巡らせる。

「値段からして貴重な魔法薬みたいだから、容器に残滓が残ったりしていれば、かな。魔界でも問題になるような病気なら、その辺の事を調べておくのは自衛にも繋がるだろうし」

 と、明日の予定について話し合ったところで、気になっている事についてもパルテニアラに尋ねる。

「そう言えば、エルベルーレの王はこの都では結局倒せなかった、という事でしたか」
「そうさな。あの者は魔界嵐の収束を待ちながら、王の側近達と地上に出られるようになった後の事を考えていた」

 エルベルーレ王の話になると、パルテニアラの返答と共にみんなの表情も真剣なものになる。

「そなた達も……空に浮かぶ島を見たであろう? エルベルーレ王は利便性の薄れた都には早々に見切りをつけ、浮遊島に離宮を建造し、そこを拠点とする為の計画を進めていたのだな」

 浮遊島に離宮。しかもそれはパルテニアラがみんなを生かすために魔界で悪戦苦闘している間に計画されたものという事になる。

「そのお話は……やはりベリオンドーラを連想してしまいますね」
「あれは……敵に回すと厄介なものでしたが」

 グレイスが目を閉じ、アシュレイが眉根を寄せると、マルレーンも神妙な面持ちでこくこくと相槌を打つ。そうだな。確かに俺達としてはどうしてもベリオンドーラを思い出してしまうところがある。

「確かに、な。だがあれは妾が呪法の護りを突破し、メイナードが浮遊島を砕いて離宮ごと溶岩の流れる渓谷に落ちた。あれがそのままの形で今になって活用される心配はないだろう。浮遊島はそれ自体が浮力を持つ鉱物を有している。だからああして宙に浮いているのだが……砕いてしまえば結局乗っている物の重量を支えられないからな」

 重量に応じて出力を上げられる月の船とは違う。防御面での対策は施してあったようだが、そこはパルテニアラの呪法の腕と、真祖であるメイナードの力が上回ったというわけだ。
 エルベルーレ王が目をつけた浮遊島と、そこに建造された離宮も……もうそのままの形では残っていない。王とその側近達も……その時に倒されている。

「年月が経って地形が変わっている可能性もあるわね」
「溶岩に埋もれて地の底という事になれば……人の目にはつきにくくはあるわ。その点は運が良かったというべきかしら」

 ステファニアが言うと、クラウディアが目を閉じてそんな風に分析する。今となっては溶岩の底か、それともそれが冷えて固まった地の底か。今回の探索ではその場所の調査も進める予定ではあるが、いずれにしても危険物が残っていない事を願うばかりだ。魔界の力を利用しようと画策して計画を進めていたのはエルベルーレ王だ。

 遺跡はパルテニアラ達が占拠したからいいが、浮遊島の離宮は落ちた場所が場所だから、物品の回収も難しかっただろうし、パルテニアラが敵対していたのなら知らない計画も持ち上がっていたかも知れないからな。



 そして……一夜が明ける。食料面での問題はなさそうなので朝は普通に料理を作って皆で食べる事もできるだろうと、米と味噌汁、焼き鮭に卵焼きといった割とオーソドックスな朝食メニューを用意してみた。

「見た事のない食材ばかりだな」

 食堂に配膳された料理を見てヴェリトが感想を言う。

「地元から持ってきたんだ。前回に引き続いて……体調不良を感じたらすぐに言ってくれれば対応するよ」

 俺がそう伝えると、ディアボロス族の面々は馳走になる、と笑って丁寧に頭を下げてくれた。

「ん。これはこうして食べるのが良い」

 鮭の身を白米に乗せて一緒に口に運び、満足げなシーラである。ディアボロス族の面々もそのやり方を真似て「これは……」と声を漏らし、表情が明るいものになる。確かに白米と鮭は合うというか定番の組み合わせだからな。ふっくらと炊けた白米に、鮭の程良い塩加減が食欲をそそるというか。まあ、和食も中々に好評なようで何よりだ。

 そうして食事も終わって、出発の準備を整えていると、ベヒモス親子も朝食を終えたのか、こちらに向かって喉を鳴らす。

「その者達と出かけるのだったな」
「戻ってくるんだよね?」

 と、アルディベラとエルナータである。

「そうだね。それほど間を開けずに戻ってくる予定ではあるけれど」

 定められた期間で一旦報告を入れるという事になっているからな。少なくともディアボロス族の面々を送り届けて人里の様子を確認し、魔法薬関係の顛末を見届けるぐらいの事はできるだろう。

「まあ、お前達に興味がないわけではないが。我らが同行するのは騒ぎになってしまうから今の所は遠慮しておこう。まずは教わった人化の術とやらを極めさせてもらう」

 アルディベラがそんな風に喉を鳴らし、エルナータもこくこくと頷いていた。そうだな。人化の術を使えば力こそ下がってしまうが、食糧消費もある程度節約する事が可能だったりする。まあ……元の姿に応じて常人より大食いだったり、根本的な食性を変えられなかったりという面はあるのだが……それでも興味が湧く内容ではあるのだろう。

 人化の術に関する話をすると興味を持っていたようなので、術式を教えてみたのだ。まあ、魔道具だとアルディベラのサイズに合う持ち合わせがなく、エルナータも成長するから調整が難しいという事で術式から伝えるという事になったわけだが。「頑張って練習する」と、エルナータは笑っていた。

「まあ、我らは当分の間の食糧もあるからな。暫くはここから動かんし、狩りをしてきてもここを中心に活動する、と伝えておこう」

 そうしてアルディベラの今後の話を確認し、ベヒモス親子に見送られる形で俺達は一旦遺跡を後にしたのであった。

 目指す先は東の平原を通り過ぎ、その向こうにあるという街だ。隠蔽フィールドを展開しつつ、魔界の観察もしたいので程々の速度で進んで行く。
 空から見る魔界は――相変わらずというか何というか。紫色の空に走る稲光に、不可思議な植物。自然に作られたというには奇異な形の岩やら何やら。

「あの空の向こうは何があるんでしょうか」

 と、エレナが首を傾げる。

「かつてそれを疑問に思った者がいてな。もしかするとどこかへ脱出できるかも知れないと対策を万端にして高空へと飛び立ったが、ある地点から大地側に向かって押さえ込もうとする力が増していくという実験結果が得られた。或いは外から押す力、かも知れぬが……あるのは魔界の大地だけ。この地に『虚無の海は無い』のかも知れぬな」

 パルテニアラが言う。なるほどな……。ルーンガルド側の大地を飲み込んで一つの世界を作り出したが、魔界のみで完結していると。
 性質からすればもしかすると何らかの手段で干渉すれば拡張はできるのかも知れないが……まあ、そういった実験は無闇に行うべきではあるまい。魔界がどうやって構成されているのかという根本的なところも気になるが……まずはディアボロス族達との事に集中するとしよう。

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